第二十三話 違和感と、俺の危機と。
紫の霧が地下牢へ伸び、少し時間が経つと霧は消えた。
「……これで全員眠ったっていうのか?」
ガンダルは、目を丸くしながら言った。
「多分ね。効いていないやつがいたら、その時考えよう。さあ、いざしゅっぱーつ」
エルデネはそう言うと、地下へどんどん進んでいった。
実際、エルデネがいる限り、殆どの事態は対処できるような気がする。
いくらここが未知の大陸だとは言え──想像しているほどの懸念はないのかもしれない。
どちらかといえば、問題は……この冒険がいつまで続くのかということだ。
テオロッドを出発してから、もう十日くらいは過ぎている。
ちょっと冒険してくるね、という日数ではない。
さすがに母さんの作るメシが恋しくはなっているが──
この大陸を離れたくない理由も、ある。
そんなことを考えながら、薄暗い地下牢を進む。
道すがら、倒れている男がいた。
すやすやと熟睡している。
ばっちり、効いているようだ。
一つ目の扉を、ラウルが色々といじっている。
ほどなくして、ガチャリ、という音がする。
「空いたぜ。簡単なタイプだ」
──本当にできるんだな。
その多才さに驚くばかりだ。
「順調だねー。ガンダル、あとどれくらい?」
エルデネが聞いた。
「……俺も実際に入るのは初めてだ。
だが、恐らく最下層だろう。重罪人ほど下層にいると聞いたことがある」
ガンダルが答えた。
「重罪人、ですか。ファングさんは一体なんの罪で投獄されたんですか?」
俺は聞いた。
「横領、国家反逆罪などでっち上げられた罪、十数個だ。
懲役百十二年だと言われた」
「……死んじゃうじゃん」
キセキが言った。
──要するに、無期懲役ということだろう。
死ぬまでそこにいろ、と。
権力も使い方によっては、一人の人生を破壊することができるのか。
ふとその恐ろしさを感じる。
「死んでもらった方が、ダゴスにとっては都合がいいんだろう。
何しろファングは──市民の人気が高いからな」
ガンダルが、少し誇らしそうに言った。
実際、自慢の兄なんだろう。
ファングの話をするとき、ガンダルの目は子どもみたいに輝いている。
地下牢を進んでいくと、地下三階は真っ暗だった。
──水の匂いと、カビの匂い。
天井は低く、道は狭い。
まるで──下水道だ。
水の流れる音に交じって、人のうめき声が響いている。
「……上と比べても劣悪だな、こりゃ」
ラウルは呟いて、鼻をつまんだ。
──本当に、こんなところに街の英雄が閉じ込められているのだろうか。
俺たちは、エルデネの作った小さな火球を光源にし、少しずつ進んだ。
すると、一番奥。
ひときわ大きな扉の奥に、気配を感じた。
扉越しに見える、大きな体躯。
伸びきった髭と髪。
世捨て人に見える風貌だが──目の光は、死んでいない。
「よお。ガンダル。──その時が来たか?」
その男は、そういって白い歯を見せた。
「──兄貴!よかった──生きてた……」
ガンダルが、扉に駆け寄る。
「当たり前だろ。俺が死ぬかよ。
──飯もろくにでねえから、痩せちまったがな」
──痩せた?これで?
俺から見ると、まるで猛獣のような筋肉に見える。
「さて、ここにいるってことは──出してくれるんだろう?
そいつらは──仲間か?ありがとな。
ガンダル一人じゃ何もできないだろうからな」
ファングの言葉は荒いが──人柄のよさがにじみ出る。
「──仲間、というわけではないが、協力者だ
ダゴスについては、話した。──開けてやってくれないか?」
ガンダルはラウルに目配せをした。
ラウルは頷くと、手際よく開錠を始めた。
扉が開き、ファングとガンダルが抱き合う。
感動の再開、ってやつか。
「あのさ、アラタ」
キセキが俺の肩を叩いた。
「なんだよ。今いいシーンだろ」
俺は、少しいらっとして言った。
「違和感感じたら言えって言ってたじゃん」
キセキは、不満そうに口を膨らます。
──確かに、言った。
「……言ったな。なんか見つけたのか?」
俺が言うと、キセキは地下牢横を流れる排水溝を指した。
「そこ、水かさが上がっている気がする」
「え?」
──見てみると、確かに、先ほどまでより水が勢いよく流れている気がする。
「なんか、音が聞こえない?」
合わせて、メイが言った。
……嫌な予感がする。
俺たちは、後ろを振り向く。
──水が、ものすごい勢いで迫ってくる。
「やべえな、こりゃ。ダゴスの手下──バジャの式術だな」
牢屋から出たばかりのファングは腕を組んで言った。
「くそっ……陽動が失敗したか!」
ガンダルが叫ぶ。
「相変わらず詰めが甘いな、ガンダル」
──いや、会話している場合じゃないだろ。
水はあっという間に俺たちの眼前に迫っている。
この狭い通路、狭い天井じゃあ──すぐに水でいっぱいになる。
マズすぎる。
俺は──泳げない。




