第二十話 ガンダルの答えと、パルファムの闇と。
「アラタやるじゃん。ユイトみたいだったよ」
エルデネが言った。
それは──喜ぶべきなんだろうか。
何だか複雑な気持ちになる。
そりゃ、父さんからの教えを意識したんだから、そうなるだろう。
だけど──交渉したのは俺だ。
もう少し俺自身を見てほしい、とは思う。
まあ、エルデネと言うより──アイネに見てほしくて頑張ったんだけど。
「父さんがいくら話しても話が進まなかったのに……アラタ、すごいね」
そのアイネが俺を見て喜んでくれている。
それだけで、無理をして頑張った甲斐がある。
だが。
「まだ、どうなるか分からないからね。交渉決裂、即戦闘という可能性だってある。
皆、準備しておこう」
俺は言った。
父さんは何がすごくて国の代表になったの?と聞いた俺に、父さんはこう言った。
「何もすごくないよ。ただ、色んな人に助けてもらってるだけだ。
その意味では、誰かに頼る力はあるのかもな。
あとは、常に油断はしないようにしてたかな。
最悪の事態を想定した上で、最高の結果を出す。それが一番気持ちいいからな」
父さんと長く話したの何てもう何年も前のことだけど──
なぜだかよく覚えている。
最悪の事態を想定しておこう。
俺は、気を引き締めてガンダルの回答を待った。
ガンダルは、それから三十分くらいして戻ってきた。
剣は──腰に刺さったままだ。
覚悟を決めたような表情をしている。
どうやら──
「待たせたな。騎兵団の合意は取れた。
──あとは、進め方について相談したい」
上手く行ったようだ。
俺は胸を撫でおろす。
後ろでメイが舌打ちをしたようが気がしたが……聞かなかったことにしよう。
「良かった、アラタ!」
アイネが、俺の腕に飛びついてくる。
──ちょっと、アイネさん、刺激が強すぎる。
俺は表情を取り繕いながら、ガンダルと対峙した。
右手を差し出す。
「ガンダルさん。ありがとうございます。」
ガンダルは、その手を見つめながら、兜を外した。
──意外と若い。二十代くらいか。
兜をしていると分からなかった。
「握手はまだだ。具体的な方向性が固まってからだ。
ついてこい。騎兵団の会議室がある。──馬車ごとでいい。前後は俺たちが囲む」
ガンダルはそう言うと踵を反した。
完全合意、とはならなかったが、大きな前進だ。
街の中に入ると、どこか田舎の街のような景色が広がる。
科学の気配はしない。
ただ、人の活気はあった。
大通りでは両脇に市場のようなものがあり、食糧品を販売している。
昔旅行で行った、マルカドールみたいな雰囲気だ。
──確かに、みんな灰色の髪をしているな。
俺たちは、ガンダルから渡された布を頭に巻き、
髪を隠していた。
それくらい、式術者というものは希少なのだろう。
路地を抜けると、騎兵団の拠点らしき大きな建物に着いた。
馬車を置き、ガンダルにつづいて中に入る。
会議室は、円卓になっていた。
──まるでテオロッドの王宮みたいだな。
「改めて自己紹介だ。ガンダル=ダライアス。パルファムの騎兵団長をやっている」
俺は、エルデネの方を見る。
普通、こういうのは代表者が名乗るものだろう。
しかし、エルデネは顎を上に振った。
──え?俺?
「あ、えーと、アルカディアのアラタ=カタギリ。仕事は──学生です」
改めて、自分が肩書も何もないただの学生だということを実感する。
「アルカディア……?聞いたことのない国だ。ランクはいくつだ?」
「ランクは分かりません。説明は難しいんですが……俺たちは、別の大陸から来たんです」
少し迷ったが、嘘をついても仕方がない。
「別の大陸?ユグラシア以外の大陸に──人が住んでいるのか?」
……どうやら、ガンダルもテムルたちと同じ認識のようだ。
「ロッド大陸というところからやってきました。こちらの大陸──ユグラシアでは、認識されていないようですが」
「……俺たちパルファムが最も辺境の国だと教わってきた。
辺境と呼ばれても──俺はこの国が好きだがな。
しかし、ランクのない大陸なんて存在するんだな」
ガンダルは指を組んだ。
こちらの大陸では、街や国にランクがついていることが当たり前ということだろう。
「ユグラシアでは、式術者は珍しいんですか?」
「ユグラシアというより──パルファムだな。Cランク以上の国にしか存在しないと聞いている。
俺は──本物の式術者に会ったのは初めてだ」
「Cランク以上の国には行ったことないんですか?」
「アーカーシャ帝国内では、上のランクの国には入れない。──入れば、見つかり次第殺される。
それが常識だ」
徹底された管理社会。
そんなイメージが湧いた。
「お前たちが式術者である理由は何となく理解はできた。だが──ダゴス市長の件は、どうやって進めるつもりだ」
「そもそも、ダゴス市長はいつからパルファムに?」
俺は聞いた。
ガンダルに話した内容は──ほとんどハッタリだ。
こっちが持っている情報なんてないに等しい。
まずは、情報を集めなければ。
「……半年ほど前だ。ガリアからやってきた。本人は街の立て直しのためと言っているが──左遷だろうな。あまりに能力が低すぎる」
恐らく上司にあたるダゴスのことを、ガンダルはそう言った。
──よほど愛想が尽きていたのだろうか。
「能力?」
「あれは──為政者ではない。ただのエゴイストだ」
「何があったんですか」
俺が聞くと、ガンダルはため息をついた。
「……バリアス草原の接収もそうだが、まず俺たちに領土の拡大を指示した。
強硬手段も辞さない、とのことだ。
この間、街への魔獣被害は増えているが──対処を禁じられている。
領土拡大を優先しろ、とな」
めちゃくちゃっぽいな。
民の安全より、領土拡大が大事と言うことか。
「表向き、街全体の地位向上のためを謳っているが──皆気が付いているさ。
ダゴスは、自分の保身と名誉のために動いていると」
「辞めてもらえばいいんじゃないの?」
キセキが言った。
その通りだ。
血統第一の王政でもない限り、人々の意向で市長くらい変えられるんじゃないのか。
「市長を決めるのは、帝国だ。それに逆らえば──アーカーシャ帝国から外される」
「外れたら、何か困るの?」
キセキが、素朴な疑問を次々とぶつけていく。
「……考えたこともなかったな。このユグラシアで、アーカーシャ帝国に逆らうものなどいないと思っていたからな」
「思っていた?」
俺は聞いた。
「いるだろう。そこに」
ガンダルは、アイネを指した。
アイネは、少し戸惑いながらも言った。
「──ユルガン族は、自分たちらしく生きているだけです。別に、アーカーシャに逆らっているつもりはありません」
ガンダルは、それを聞くとふっと笑った。
「……自分たちらしく生きる、か。そうだな、それが一番大切なのかもしれない」
何か──昔を思い出す表情をした。
「ダゴス市長が来る前は、パルファムは〝自分たちらしく〟生きていたんですか?」
「ああ。前の市長は、街のランクにも、科学の発展にも興味はない人だったからな」
「その人は今──何をしているんですか?」
「ダゴスによって、投獄されている。名前はファング=ダライアス。
──俺の兄だ」
……なんとなく、この後の道筋が見えてきた気がする。




