第百十九話 ロッドへの帰還。
翌朝。
草原の空は、晴れていた。
まるで──俺の心を表しているみたいに。
あれから。俺たちはなんだか恥ずかしくなって、すぐに帰った。
無言のまま歩いて——最後に少し。
どちらともなく、手を繋いだ。
アイネの小さな手は、柔らかくて——温かかった。
みんなにバレないようにこっそり戻ったけど、中はそんなこと気にしてないくらいの大盛り上がりだった。
ユルガン族全体を交えた大宴会。
それは——散々なものだった。
エルデネとガゼリアは途中でどっちが強いかの口論をしていた。
草原で決着をつけると外に出そうなところを、エイナに引っ張られ、強制ヒーリングでアルコールを抜かれていた。
そんな緑の式術の使い方もあるんだな、と感心した。
アイネは戻った後はずっと家族と話していた。
多分、さらわれた話を隠して——旅の話をしていたんだろう。
俺はキセキと一緒に、ユルガン族の子どもたちの遊び相手になっていた。
みんな、俺たちの知らない遊びを知っていた。
科学がないからこそ、生まれた玩具。
なんだか、知らないのに懐かしい気がした。
一番修羅場だったのが——ラウルの肩にザラミが手を回して酒を飲ませていた時だ。
ザラミは目が座っていたが、ラウルは酒が強いのか一向に酔う気配がない。
それを見ながら、酔っ払ったメイが剣をゆっくり抜いた時は、さすがに全力で止めた。
まさか再びこのゲルの中でガーディアンが発動するとは、思ってもみなかった。
キセキが紫の式術でメイを眠らせ、ことなきを得たが——戦闘力の高い仲間を持つとそれはそれで大変だ。
結局みんなで雑魚寝になった。
アイネは自分のゲルに帰っていったが、最後に少し目が合った。
その微笑みを見るだけで——俺は生きていてよかったと思えた。
俺が外で水を飲んでいると、エイナが出てきた。
「アラタ。全員叩き起こしました。出発します」
「え?もう?まだ朝早いんじゃ——」
「私の知的好奇心を舐めてるんですか?一秒でも早く私は行きたいのですよ。ロッド大陸に」
「……なんで倒置法なんだよ。でも、全員爆睡してたけど、本当に起きたのか?」
俺が起きた時、ほとんどみんな床で寝息を立てていた。エイナだけは優雅に紅茶を飲んでいたが。
「はい。黄の式で微弱な電流を流し、緑の式で回復する。それを繰り返せば、大体起きます」
……式術の無駄づかい。
ゲルから、皆がだるそうに出てくる。
無理やり起こされて、機嫌が悪そうだ。
エルデネに至っては——ラウルに背負われながら寝ていた。
そんだけされて、よく寝てられるな。
奥のゲルから、アイネが顔を出す。
隣に、テムルがいた。
昨日のうちに——話をしていたのだろうか。
「アイネさん。ロッドには行けるんですか」
エイナが聞いた。
いくらアイネがその気でも——テムルに反対されれば、連れて行くわけにはいかない。
俺は、緊張しながら返答を待った。
すると、テムルが俺の顔を真っ直ぐに見ながら歩いてくる。
顔は真剣だ。
——え?怒ってる?
まさか、昨日の件で——。
俺が構えると、テムルは俺の両肩に両手を置いた。
「娘を頼むぞ」
……ん?
どういう意味?
俺はアイネを見ると、アイネは顔を赤くして目を背けた。
え?一体——何を言ったんだ。
「ちょっと待て。察するに——まさか、アラタに先を越されたのか私は」
目が座ったザラミがこちらに近づいてくる。
先ってなんだよ。
——酒臭い。
全然抜けてねえじゃねえかよ。
「エイナ、なんとかしてくれ」
俺はエイナに言った。
「……起こし忘れてました。一撃で決めます」
エイナはそう呟くと、黄色の式を空に浮かべた。
……かなり出力を上げている気がする。
大丈夫なのか?
「待て待てい!ただの酔っ払いにガチな式術を放つな!」
ザラミはエイナに抱きつく。
エイナは鼻をつまみながら俺を振り向いた。
「……アラタ、ロッド大陸でこの方の相手は見つかりそうですか?早く身を固めさせた方がよいかと」
俺は首を振った。
酒乱は——ミサキ叔母さんだけにしといてくれよ。
それに、ザラミの条件に当てはまる独身男性なんて、思い当たらない。
エイナの言葉を借りるなら、〝砂漠で砂金探し〟だ。
なにはともあれ。
次は——いよいよ俺たちの故郷。ロッド大陸だ。
半年近く、帰ってない。
みんな元気かな。
特に母さんには散々怒られるんだろうけどな。
でも——なんだかそれさえも待ち遠しく思えた。




