第百十八話 小さな恋のメロディ
ブルドアの上空を通り過ぎると──懐かしい草原が広がっていた。
俺たちがユグラシアに降り立った──最初の地。
テムルさんとアイネに出会い──ガンダルたちと戦ったこと。
ユグラシア大陸での冒険は、あそこから始まった。
アーカーシャの言う科学技術の各国保全に従い、
ウィザルの時と同じくエアバスは森の中に着陸した。
ここからは、徒歩でユルガン族を探す。
アイネが先導し、歩き出す。
──本当だったら、アイネの隣に立って、色んな話をしながら歩きたかった。
だけどなぜか俺は、一番後ろから、皆についていくように歩いていた。
メイが何かを言いかけていたが、俺の様子を察して声をかけるのをやめたみたいだ。
……いっそのこと、俺をぶん殴ってくれたらいいのに。
キセキは、何も言わずに俺の横を歩いていた。
何も分かっていないふりをして、きっと全部分かっている。
昔から、こいつはそういうやつなんだ。
数十分歩くと──向こうに懐かしい白い移動式のゲルが見えた。
複数並んでいる。
それを見つけると、アイネが走り出した。
数か月ぶりの──故郷。
きっと、懐かしくて──嬉しいだろう。
俺だって、ロッドに帰って両親や兄弟と会ったら──
そうなるに決まっている。
だけどなぜだろう。
寂しい気持ちが胸にこみ上げてくるのは。
ゲルから出てきた人が、声を上げる。
それを聞いて、続々と人が出てくる。
その中に──テムルの顔が見えた。
「お父さん!」
アイネはその胸にめがけて、飛び込んでいった。
抱き合う二人。
テムルは──アイネの頭を撫でる。
「アイネ。ずいぶん──大冒険だったな」
顔を上げた先に、俺と目が合う。
俺は、そこに向かって歩いて行く。
アイネを連れて行ったのは──俺たちの責任だ。
「テムルさん。すいません、その……」
「アラタ君。──君たちのおかげで、パルファムとは再び交易を始めたよ。ガンダルさんが中心になってね。土地の話も、もうなくなった。ありがとう」
「いえ。そんなことより、長いことアイネを……」
俺が口ごもっていると、テムルは笑った。
「こうして無事に帰って来たんだ。──何の問題もない。今日はゆっくり話を聞かせてくれないか」
そういうと、俺たちをゲルの中に案内した。
──アイネがさらわれたこと。
黒の器の話。
……どこまでを話せばいいんだろう。
俺が困惑していると、大人たちがはしゃぎ始めた。
「なにこれ、すごい素敵じゃない」
ザラミ。
「これだけの草原があれば……戦闘するにはもってこいだな」
ガゼリア。
「ねえー、この前飲んだお酒まだある?あれ美味しかったんだよねえ」
エルデネ。
……大人たちののんきさに、ある意味救われる。
俺は久しぶりにゲルに入った。
「積もる話もあるだろうが、長旅で疲れただろう。皆さん、ゆっくりしてください」
テムルがそう言って、家族に指示を出していた。
料理や酒でもてなしてくれるようだ。
往路は確かに厳しい旅だったけど……
戻ってくるのは、科学の力であっさりだったので、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「アイネ、旅はどうだったんだ」
テムルは腰掛けてアイネに聞いた。
「……うん。怖いこともあったけど……色んなことを知れた。世界は広いね。私、アーカーシャにも会ったんだよ」
アイネが答える。
あれは……会ったと言えるのだろうか。
なんなら、今すぐ電話できるが。
「アーカーシャ?帝国の主……ということか。それはすごいな。ユルガン族のことは……認識してるのか?」
「認識はしてたみたい。どう思ってるのかは分からないけど。ねぇ、アラタ。聞いてみてよ」
アイネが俺を見る。
俺は、アーカーシャを呼び出した。
「アーカーシャ、アイネの故郷——ユルガン族のところに着いた。お前、ユルガン族をどう見てるんだ?」
『やぁ。アラタ。調子良さそうだね。ユルガンは、希少な民族として認識しているよ』
「……なんかお前また変な口調になってるな。元に戻せよ」
『失礼。ファイスに接続して友達との会話例を学習していたところでした。気に触るなら戻します』
……アーカーシャなりに努力をしているのだろうか。
「希少な、ってどういう意味?」
『アイネがそうであるように、黒の器は自然に近い民族からしか生まれません。その解明はまだできていませんが。帝国配下に属していない少数民族をそのままにしているのはそういう背景です』
「……ダゴスはその希少な民族を制圧しようとしてたけどな」
『ダゴスは優秀な成果を残しますが、視野狭窄のためガリアからパルファムに配置転換をしました。ユルガンの制圧は私の指示ではありません』
「領土の拡大がランクアップにつながるって言ってたぞ」
『ランク基準は公開していませんが、領土基準はありません。各国文明保全が前提なので』
……じゃあ、ダゴスの思い込みでユルガンは制圧されそうになったのかよ。
ふざけた話だ。
テムルは不思議そうに俺の持つ端末を見ている。
あ、そうだ。
すっかり科学に慣れて忘れていたが——ユルガンでは、ほとんど科学はないんだった。
「それは……なんだ?それがアーカーシャなのか?」
テムルは言った。
説明が難しいな。
「この機械で、アーカーシャとつながってるだけです。本物は——別の場所にいます。とりあえず、アーカーシャにはユルガンへの敵意はありません。パルファムの問題が解決した今、心配はないと思います」
俺は答えた。
その後──食事が次々と運ばれてきて、大宴会になった。
大人たちは食事に酒に大はしゃぎだった。
年長組──メイとラウルもそれに交じって酒を飲んでいる。
アイネも、さらわれたことはテムルに言わなかった。
──余計な心配をされたくなかったのか。
それとも、俺たちに気をつかったのか。
それは分からない。
宴が盛り上がるのと反比例するように、俺の心は少しずつ沈んでいった。
今日が終われば──アイネと離れ離れになる。
楽しそうに笑うアイネの顔が、余計俺を辛くさせる。
あの笑顔が──隣にいなくなってしまう。
俺は、気づかれないように席を立った。
これ以上ここにいると──泣いてしまうかもしれない。
最後に──あの場所を見ておきたかった。
アイネと一緒に行った、森の湖。
多分、エアバスを停めた場所の近くのはずだ。
俺は一人で外を歩き出した。
すると──ゲルからアイネが出てきた。
「アラタ!」
俺の名前を呼んで──笑顔で駆け寄ってくる。
俺は泣きそうな顔をごまかして、無理やり笑顔を作った。
「どこに行くの」
「──アイネに教えてもらった、あの場所。もう一回見てみたいなと思って」
「あ、あの湖。──私も一緒にいっていい?」
俺は、小さく頷く。
二人で、肩を並べて歩く。
なんでだろう。
二人になると、話す言葉が出てこない。
それから──無言のまま十分以上歩いた。
気が付くとアイネに先導されていた。
「着いたよ。多分──今の季節は夜光虫はいないけど」
そうか。
あの時はまだ初夏。
今は冬だ。
勝手に思い込んでいたが──あの景色は見られないのか。
「座ろうか」
アイネが、まるで指定席のように湖畔に腰掛ける。
俺はその横に座った。
「……さらわれてたこと、言わなかったんだな」
俺は気になってたことをアイネに聞いた。
「うん。言わない方がいいかなって」
「……俺たちが情けないせいだもんな。ごめんな、気をつかわせて」
俺が言うと、アイネは首を振った。
「違うよ。アラタたちは──助けてくれたでしょ。私が言わなかったのは、別の理由」
──別の理由?
なんだろう。
「もし旅が危険だって思ったら、お父さんに止められちゃうかもしれないでしょ。私、まだ旅を終わらせるつもりないから」
──え?
どういうことだ?
「だって、アイネはここが故郷なんだから……ここでお別れなんじゃ……」
俺が呟くと、アイネは口を膨らませた。
「あー!ひどい。これからアラタたちの故郷に行くんでしょ。みんなで。
私だけ置いてくつもりだったの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ」
「アラタは、私がいなくなったら寂しくないの?」
アイネは、急に真顔になって、俺の顔をじっとみる。
胸が高鳴る。
心臓が、激しく音を立てる。
その純粋な目線を、俺は見ていられなかった。
「……寂しいに決まってるだろ」
俺は、やっとのことで言葉をひねり出した。
アイネは微笑んだ。
「よかった。私も寂しい。みんなと──アラタと離れたくないよ。
だから、私は旅を続けたいの。明日、お父さんにいうつもり」
俺は──沈んでいた気持ちが一気に晴れるのを感じた。
アイネの笑顔は──まるで太陽みたいだ。
恥ずかしいから、そんなこと言えないけど。
「俺も……アイネに俺の国を知ってほしい。ロッドのことを」
アイネは頷いた。
「あと……俺のことも知ってほしい。アイネのことも……知りたい」
俺の本心は——上手く話せているのだろうか。
消え入るような声で俺は言った。
直後。
アイネが、俺に抱きついた。
突然の出来事に——俺は思わずその場に倒れてしまった。
アイネの顔が——目の前にある。
多分、俺の心臓の音はアイネにも聞こえている。
「私も同じこと思ってるよ」
アイネの顔も——少し赤い。
月明かりだけが、俺たちを照らしていた。
不意に、俺たちの横に、小さな光が近寄ってくる。
「あっ…!見て!夜光虫!」
それは——季節外れの、夜光虫だった。
たった一匹だけ。
だけど、その小さな光は——俺たちの未来を照らす星みたいに、ゆっくりと空へ昇っていった。




