第百十四話 エアバス内にて。
「エイナ、本当にやる気か」
俺はエアバスの中で呟いた。
「はい」
エイナは曇りのない目で答えた。
「蛇足ですから」
恐ろしい。
俺はこの女が本当に恐ろしいと感じた。
ウィザルを出発する時に、俺はこう言った。
「次は、コラルだな。ガゼリアとの約束を、守らないと」
それに対する、エイナの回答はこうだ。
「え?さっさとアイネさんの故郷に行きましょうよ」
つまり。
ガゼリアとの約束——やるべきことが終わったら、コラルに戻ってガゼリアと戦う、を一度ならず二度までも反故にしようとしているのだ。
「いや、蛇足って……なんやかんや世話になっただろ」
結果的に悲劇にはなってしまったが——
シードラでの戦い。
ボイド、タガロ、フューたちとの戦いは、きっとガゼリアがいなければ勝てなかった。
俺はその時、ふと気づき——タガロを見る。
少し、複雑な表情をしている。
なるほど、エイナは——タガロへの配慮をしているのか。
戦いの中とはいえ——フューを殺したのは、ガゼリアだ。
まだ会える精神状態ではないと判断したのだろう。
俺は、小声でエイナに耳打ちした。
「……お前もそういう配慮できるんだな」
俺の言葉に、エイナは不思議そうな顔をする。
「?なんのことです?ガゼリアとの約束はいつまでに、とは言ってないので、後回しでもいいと思ってるだけです」
……やっぱり怖い女だった。
かくして、エアバスはコラルとドラール、さらにはパルファムを突っ切って、ユグラシア大陸の最東端——ユルガン族の暮らす草原へ向かった。
アトル市長や、ファング、ガンダルにも会いたかった。
ダゴスとその取り巻きは——どっちでもいいや。
だけど——早くアイネを家族の元へ連れ帰るのも、大事だ。
不意に、アーカーシャから通信が入る。
『アラタ、今大丈夫ですか』
「おおっ、いいぞ。その配慮が人間関係では大事だ。
大丈夫だぞ。どうした」
『現在の有効通信範囲は、ドラールまでです。位置情報から、まもなく圏外になると見込まれます』
「え?アーカーシャと通信ができなくなるってこと?」
技術のことは全く分からないが——電波というものがあるのか。
『そういうことです。私と通信できないと、アラタは寂しいですか?』
「……そうだな。友達と連絡取れなくなると、寂しいな」
『その言葉が聞けてよかったです。では、マテウスに指示して、通信を衛星回線に切り替えます。そうすればロッドでも通じるはずです』
「……全然分かんないけど、ロッドでも話せるようにしといてくれると助かる。向こうでの問題は——端末の充電か」
ロッド大陸はまだ電気社会ではない。
いくら電波があっても、この端末そのものの充電が切れてしまえば使えない。
『大丈夫です。その端末は太陽光でも充電可能です。晴れた日であれば、半永久的に使えます』
……太陽光で充電?
太陽の光が電気になるってことか?
全然ついていけない。
「分かった。ついでだから聞くけど、ガゼリアの状況って分かるか?」
『コラルで豪雪地帯の雪を溶かしていますね。彼があの国の国王をやっているのも、式術を活かした社会貢献ができるからです。コラルは人が住むには厳しい世界ですから。特に今の季節は』
今の季節。
そう。
気がつけば——冬だ。
俺たちがテオロッドを旅立ったのは、春だった。
気がつけば、半年以上。
この旅を続けていることになる。
「なんか、お前話し方上手くなってきたな。ちょっとエイナっぽいけど」
俺はそう言って笑った。
「誰がAIですか。アーカーシャ、ガゼリアに『約束は忘れてない。しばらく待て』と伝えておいてください」
エイナが言った。
『分かりました。伝えておきます。ちなみに、私はエイナより人間らしいと自覚しています』
アーカーシャはそう言って通信を切った。
——なんか今、妙なライバル関係が誕生したか?
エイナもエイナで、仮にも帝国のトップを伝書鳩みたいに使っている。
まぁ、俺も人のことは言えないけど。
しかし確実にアーカーシャの態度や理解は変わり始めている気がする。
……本当に大丈夫か?
俺のせいで帝国がおかしくなって、世界の崩壊につながったりしないか?
少し不安になる。
でも、まぁ大丈夫だろう。
エイナをはじめ——ユグラシアには自分の足で立っている六賢、六帝がいる。
マテウスがアーカーシャにいいように使われてるのが少し気の毒だが——それだけ頼られているということだろう。
俺は知っている。
この大陸にも、自分で考え——自分の意志で歩いている大人たちがいることを。




