第百十一話 再会
バドールに着くと、再びアーカーシャから着信が入った。
俺は画面を触って通話を開始する。
『アラタ、エルデネの記憶が戻りました』
第一声。
——良かった。
安堵も束の間。
『一方、問題が発生しています。デュランからアイネを取り戻すと暴れているようです』
……そうか。エルデネの記憶はそこで止まってるのか。
「お前、融通効かないなぁ。その件はもう終わったから大丈夫って、マテウスさんに伝えてくれよ」
『分かりました。すぐに指示を出します』
「その辺うまくできないと、友達なくすぞ」
『私の友達は、アラタしかいません。アラタが友達ではなくなるということですか?』
「だぁーっ!冗談だよ。色々ありがとな。エルデネと話したら、また連絡する」
俺はそう言うと通話を切った。
さっきまで世界の中枢——帝国のボスだと思っていたやつと、普通に話をしている。
なんだか不思議な感じだ。
俺たちは駅を出るとダビデタワーに急いだ。
マテウスの部屋に入ると、アバロンとマテウスがエルデネを押さえていた。
俺はエルデネと目が合う。
「へ?アラタいるじゃん。……え?アイネ?みんなも」
——間に合わなかったか。
でもいい。
その適当な話し方。
俺たちの知っている、エルデネだ。
「……結局私は足引っ張っただけってことか」
エルデネは、マテウスからもらった煙草を吸い込んだ。
「ま、いいか。みんな無事だったし。親どもに殺されなくて済むー」
……懐かしさと同時に、あまりの緊張感のなさに笑えてくる。
俺たちはレストランでこれまでの旅について話していた。
「私のために——みんなそんな危険な旅を続けてくれたんだね」
アイネが呟く。
「そうそう。アラタのやつが、俺がアイネを救い出す!って必死になっちゃってさ」
メイが笑いながら言う。
……もはや否定はすまい。
「で、私はアーカーシャに作られたってこと?それが一番びっくりだね。私の親、アーカーシャってことじゃん」
エルデネが言った。
デザインヒューマン。
——ジェネシスのことも、エルデネに話した。
エルデネのルーツを探る。
この旅の目的の一つは——結果として果たされた。
それがエルデネの望んだ結果かは分からないけれど。
「でもさぁ。じゃあなんで私はロッドにいたわけ?さっきの話だと、分断されてて行けなかったんじゃないの」
エルデネの疑問は——もっともだ。
本来なら、サーラのように査定官——あるいは高官としてユグラシアにいるはずだ。
俺は、最近できた友人に端末で連絡をした。
『アラタからの連絡は初めてです。これは、関係性の進歩という理解でよろしいでしょうか?』
アーカーシャが相変わらず堅い話し方をする。
「……おう。それでいいよ。お前、できればもっと砕けた話し方してくれよ。なんか疲れる」
『オッケー。じゃあ、こんな感じで話すよ。一人称は?俺?私?どれがいい?』
「……やっぱり今まで通りでいいや。あのさ、エルデネは、なんでロッドにいたんだ?」
『エルダーン、アラタが呼ぶエルデネは、私がロッドの観測要員として送り込んだジェネシスです。プルークに一時的に海流操作を止めさせました。十歳で送り込んですぐ、連絡が途絶えました』
十歳。十分、記憶のある年齢だろう。
しかし、エルデネは思い当たらないようだ。
「全然ピンとこないねぇ。一番古い記憶は、アークネイヴァーで浮浪児やってたとこだから」
エルデネが言った。
『エルダーンの記憶の再構築、そして再び戻す過程で判明しているのは、記憶障害が発生していることです。仮説ですが、ロッド派遣後、何らかの衝撃で記憶が一度失われている可能性があります』
なるほど。
それなら、エルデネがルーツを失っている理由も分かる。
「へぇー。それで、私、寿命長いんでしょ?だから年齢と見た目が合ってないってこと?」
エルデネが、普通にアーカーシャと会話をし始める。
相変わらず、この辺りの図々しさは健在だ。
『ジェネシスはこちらの人類の寿命と同様で、平均寿命は二百二十一年です。現在四十歳のエルダーンは、短命種で年齢換算すると十代後半に相当します』
「なるほどねー。だからこいつらの親より、アラタたちの方が気が合うんだ」
エルデネは勝手に納得している。
……いや、精神年齢は別に関係ないだろ。
俺は、アーカーシャとの通話を切った。
それをマテウスとアバロンが不思議そうに見ている。
「……まさか、アーカーシャがAIとはな」
マテウスが呟く。
情報工学の六賢。ある意味、アーカーシャの中枢に近いこの男でさえ、気が付かなかったということか。
「マテウス様でも気づかなかったんですか?……ザラミ様や長官なら分かりますけど」
エイナが、しれっと失礼なことを言った。
「おい!どういう意味だ!」
ザラミとアバロンがユニゾンする。
——意外と気が合うんじゃないか、この二人。
「そうだなぁ。俺は基本、コンピュータでのやり取りだったからな。とてつもなく頭の良いやつとは思っていたが——そりゃそうか。検算能力が桁違いだ」
マテウスは一人で納得しているようだが、俺は知っている。
アーカーシャがいくら計算ができても、人間のことを大して分かっていないことを。
「帝国は、今後どうするんですか?」
俺は聞いた。
この場には、エイナ、マテウスの六賢が二人。
ザラミ、アバロン、ステラの六帝が三人。
合わせて五人もこの国のトップがいる。
アーカーシャがAIと分かった先で、帝国の行末を決めるのはこのメンバーだろう。
「……当面は機能維持ね。いきなり変えると、バランスが崩れるわ」
ザラミが言った。
「同感だ。先々は考える必要があるが——事実は必要以上に広めない方がいい」
「みなさんは——機械に管理されていると分かっても平気なんですか?」
それまで黙っていたタガロが口を開いた。
「僕は……まだ納得できていません。機械によって自分たちの人生や生き方が変わってしまうなんて」
それを聞くと、アバロンが答えた。
「おい、坊主。俺は一度も人生変えられたなんて思ってねえぞ」
タガロがアバロンを見る。
「俺はな。自分の生き方は自分で決めてきた。バドールの開発も止めねえ。——それが人間だろ?」
「……そうね。私も別にアーカーシャに言われなくても、環境保護の仕事はやってると思うわ。たまたま、アーカーシャからの仕事になってるけど。結局、生き方は自分で選べばいいんじゃない?ね、エイナ」
ザラミがエイナに話を振る。
エイナは、小さく頷いた。
確かに——エイナほどこの帝国で自由に生きている人間はいないだろう。
式術国家の王家に生まれながら、生きる目的は知的探究心を満たすため。
緑の十八将にはなったが、本筋とは違う国土開発の仕事を選び、その仕事すら簡単に辞める。
あげくは、門外漢の科学の六賢に就任。
破天荒そのものだ。
「……エイナみたいなやつが、この帝国まとめりゃいいんじゃねえの」
ラウルが笑って言った。
が、六帝、六賢は笑っていない。
「ふむ……確かに」
アバロン。
「ありかもしれないわね」
ザラミ。
「やりやすくなりそうだな」
マテウス。
「私は賛成です」
ステラ。
「……え?ちょ、ちょっと待ってください」
エイナ。
「なんか——意見が揃ったみたいだな」
俺は言った。
「いやいやいや、無理です無理です。私はもっと世界のことを知りたいんです」
エイナが取り乱す。
「でも、帝国の人間代表になったらさ、アーカーシャやファイスとも喋り放題になるんじゃないの?僕ならやっちゃうかなぁ」
キセキが呟く。
その言葉に、エイナが指を顎に当てながら考え始める。
「確かに……その考えはありますね」
そう。
エイナの行動基準は全て〝知的探究心をくすぐるかどうか〟なのだ。
このままだと——査定官に変わる帝国代表は、エイナに決まりそうだな。
俺は、その様子を見ながら笑った。




