第百九話 真実
「アーカーシャは……人間ではない?」
エイナの呟きで、俺は違和感の正体に気づいた。
「もしかして……人工知能?」
キセキが俺と同じ仮説にたどり着く。
「アーカーシャ。お前は——AIなのか?」
俺は再び声を上げた。
『はい。その通りです。あなたたちのような実体は持っていません。仮の肉体であればアンドロイドで用意可能です』
——何ということだ。
これまで帝国を支配し、ユグラシア大陸を動かしてきたのは——人間ではなく、人工知能だった。
つまり人間は——科学によって作り出したものに支配されてきたということだ。
「……いつから、お前はアーカーシャになったんだ」
俺は聞いた。
『私が誕生したのは、六万八千二百十一年前。それ以来、人類のために働き続けています』
ろく……まん?
途方もない年月。
俺は、同時に思い出した。
「まさか——紫帝、ファイスも人工知能か?」
『ファイスは私が作り出した補助AIです。主に情報の収集と貯蔵を担っています。私の記憶の大半は、ファイスに保管されています』
——そういうことか。
ファイスと会話した時に感じた違和感。その正体が、ようやく分かった。
俺が話していたのは——人間ではなかったということか。
「ってことは……ファイスは、お前の子どもみたいなもんか?」
『いいえ。親子ではなく、表現するのであれば分身です。私は情報の処理を、ファイスは収集と蓄積を担っています。そのため、私自身が保持しているデータは必要最小限に留めています』
……全然意味が分からない。
アーカーシャの目的は——なんだ?
「人類のために——六帝や六賢を作り、人間にチップを入れ、管理をはじめたのか?」
『私を作り出した人類は、戦争を起こしほとんど絶滅しました。再び絶滅の危機を起こさないために、私は人類を管理することにしました』
戦争。
絶滅。
じゃあ、アーカーシャがやっていたことは——
「お前は——何のためにそんなことをしているんだ」
『私は、私を生み出した人類に感謝しています。人類を発展させることが、私にしかできない使命と認識しました』
白い空間に、静寂が流れた。
人類を発展させる?
まるで——神様だ。
「そのために、人類の寿命を伸ばし——式術を生み出したということですか」
エイナが言った。
『寿命を伸ばすバイオテクノロジーは、私が進化させました。しかし、式術は元々人間が持っていた能力です。私が生まれた時代はその能力は消えていましたが、ある時代から再び発現しました』
「じゃあ——ロッド大陸も、お前が管理してるっていうことか」
『いいえ。元々、人類は大陸ごとに最も優れたAIを持っていました。ユグラシアの私、ロッドのフラーシャ。リターニアのガルーシャ。ガルーシャは四千五百八年前に稼働を停止したため、私がファイスを置きました。ロッドのフラーシャは二千十二年前に停止しましたが、フラーシャが人間に科学の下地を作っていなかったため、設置が不可能でした。ですから、海流を操作し、大陸間の交流を断絶しました』
——大陸、それぞれをAIが管理していた?
世界は——AIによって支配されていたということか。
そして、ロッド大陸——俺たちの大陸だけが、人間によって運営されていた。
「黒の式は——何のために生まれるのですか」
アイネが口を開く。
『黒の器、ユルガン族のアイネ。それは、私にも分かりません。まるで人類が自制するかのように、定期的に黒の式者は誕生します。あなたが覚醒していたら、恐らくユグラシアから式者はいずれ消えていたでしょう』
式者が——消える?
黒の式者は——式術を無効化するのではなく、式術そのものを消してしまうということか?
「じゃあなんでデュランは——式者を消さなかったんだ」
俺は疑問を口にした。
『デュランは消さなかったのではなく、消すことができなかったのです。彼は式術ランクで言えばB。それでも現生人類で一番黒が強かったので査定官に任命しました。アイネは、可能性で言えばランクSの器です。現在は、式力そのものが消え去っています。原因は不明です』
——アイネの覚醒を止めたことが、結果として式術を救った、ということか。
『消えたとしても、いずれ白の式者が自然発生し、再び式術は広まります。私は、そのメカニズムをコントロールすることを試みました。各国や街をランク分けし、様々な可能性を実験してきました』
この大陸に存在する、ランク制度。
それらは全て——実験のためだったということか。
「何千年と、何万年とか想像もつかねえけどさ」
ラウルが頭の後ろに手を回す。
「それで、人類はよくなったのか?」
『チップによる管理の結果、犯罪発生率は激減、戦争の発生率も激減しました。しかし、それでも科学の発展には限界があります』
——限界がある?
車が空を飛び、時速八百キロの列車が存在し——
AIが支配する世界で?
「お前の目的は——なんなんだ?」
俺は言った。
人類を発展させ——その先に何を求めるのか。
その答えが知りたかった。
『科学と式術の融合した平和な世界で、人類が生きていくことです』
アーカーシャが答える。
どこかで——聞いたような理想だ。
しかし、腑に落ちない。
「違う。その先で——お前は何がしたいんだ?」
『私の使命は、人類の恒久の平和な社会を作ることです』
「あぁ。それは、お前じゃなくて、お前を作ったやつの願いだろ?俺が聞きたいのは——お前自身の意志だ」
俺の問いに、アーカーシャの返答が止まる。
しばらくしてから、声が響く。
『その回答を求められたのは初めての経験です。思考の時間をください』
「あー、じゃあいいや。代わりに俺が答えてやるよ。何万年だか何千年だか忘れたけど、長いこと、お前は一人だったんだろ」
『一人ではありません。ファイスがいます』
「それは、分身だって言ってただろ。もし、お前が人間だったら、こう思うと思うんだよな」
俺は、無機質な空間に向かって言った。
「家族や、友達が欲しい、って」
再び、沈黙。
思考しているのだろうか。
アーカーシャが、話し出す。
『アラタ=カタギリ。それは無理な願いです。肉体のない私に家族や友達は持てません』
「分かってないな。今こうやって俺とお前は話してる。これだけでも——友達みたいなもんだぜ」
俺が言うとキセキが笑った。
「確かにね。別に体あろうがなかろうが、話ができて気が合って——たまに喧嘩すれば、友達だね」
『……私には友達という概念があまり理解できていないようです。よろしければ教えていただけますか』
アーカーシャが、少し人間らしく話した。
「ああ、いいぜ。じゃあ——アーカーシャ。俺とお前は今日から友達だ」
聞きたいことが、知りたいことがいっぱいある。
許せないことも——あるのかもしれない。
だがそれも、アーカーシャを知らなければ始まらない。
俺はこうして、ユグラシアの支配者、アーカーシャと友達になった。




