第百六話 査定官デュラン
扉を開けると──そこには、白い空間が広がっていた。
無機質。
そして、静寂。
俺たちは、中に足を進める。
恐らく──アーカーシャがいるのは最上階だ。
デュランは──中にいるのだろうか。
「おい、あれ……」
ラウルが指さした方向を見る。
一室から──黒い霧が漏れ出ている。
──まさか。
俺はその部屋へ走り、扉を開ける。
広い。
とてつもなく広い空間。
建物の大きさと──合っていない。
一体どうなってるんだ。
部屋を進んでいくと──椅子に座った男がいた。
探し求めた男。
「──デュラン」
奥に──複雑な機械が壁中にびっしり詰められている。
そこに──椅子に座った少女が見える。
体中から複数の管が伸び──見たこともない機械に繋がっている。
「……アイネ!」
──反応はない。
意識がないようだ。
デュランは振り返る。
「アイネに──何をした」
俺は声を荒げた。
「なんだ貴様らは──どうやって入り込んだ」
動揺を見せない──冷たい声。
サーラと同じく──俺たちのことなんて覚えていないようだ。
「アイネを──返せ」
俺はデュランを睨みつけながら言った。
「返せ……?ああ、ガリアにいた者どもか」
デュランは、思い出したようだ。
「返すも何も──この女は帝国の所有物だろう。お前らのものではない」
不思議そうな顔をしている。
──エイナの言った通りだ。
常識が──違う。
「アイネは俺たちのものでも──帝国のものでもない。俺たちの──仲間だ。」
「だからどうした。この女は希少な黒の器だ。数十年に一人しか世界に現れない。俺にはこの女を育成する義務がある」
「義務──?それが、〝アーカーシャの意志〟か」
「そうだ。帝国民はそれに従って生きるのが義務だ」
「──すべての帝国民が同じわけでないですよ」
エイナが言った。
「はじめまして。科学の六賢──エイナ=ウィザロッドです」
「……六賢はギラン失脚の後、空位だったはずだが。どうやってその枠に入り込んだ」
デュランは眉を動かした。
「つまり、そういうことです。六帝や六賢も、みんなが帝国の意志だけで動いているわけじゃないということです」
エイナが答える。
「……それは、帝国に盾突くということか?」
「そうは言っていません。ただ、すべて従うわけではないということです。
というわけで──アイネさんを返してください」
エイナは言った。
「──無理な相談だ。それに、その女はもうすぐ覚醒が終わる。
俺の後継者──黒の式者が誕生する。時間短縮のために、科学の力を借りたがな」
あの機械は──覚醒を促進させるものだったのか。
「ふざけるな──今すぐ止めろ」
俺は叫んだ。
「なぜだ?この国に生まれて──黒の式者になれるということは、最高の名誉なことだ。帝国の最高位職──査定官になれるのだぞ」
デュランは、立ち上がって言った。
「それは──アイネが望んだのか?お前が勝手に決めるんじゃない」
俺は言った。
デュランは冷たく口元を歪ませた。
そして——言い放った。
「本人の意思など必要ない。黒の器として生まれた以上、それがこの女の存在理由だ」
——アイネのことを、器としてしか見ていない。
「お前は——間違ってる」
俺は言葉を漏らした。
「さっきから聞いていれば──貴様、私を誰だと思っている。アーカーシャの意志の実行者──デュラン=アーカーシャだぞ」
「アーカーシャ……?」
「査定官のみ──アーカーシャの姓を賜れる。そんなことも知らない帝国民がいるとはな」
「──僕たちは帝国民じゃない。ロッドの民だ」
キセキが言った。
「なに……ロッド……?失われた大陸じゃないか」
デュランが呟く。
査定官でさえ——ロッド大陸のことを知らなかったということか。
「ならば、貴様らは不法侵入だな。——殺されても文句は言えまい」
デュランが剣を抜いた。
瞬間、メイとラウルが飛びかかる。
即座にデュランがこれを剣で捌く。
「ほう……多少腕が立つようだな」
デュランが髪をかきあげる。
「アラタ!今のうちにアイネを!」
メイが叫ぶ。
「——今その機械から外せば、その女は死ぬぞ」
デュランが言った。
「大人しく覚醒を見届けろ」
アイネの元に駆け出した俺は、足を止める。
くそっ……どっちだ?
脅しか、真実が——。
「アラタ、多分その機械はギランの手が入っています。対策をレイサス叔父様に確認します。その間——二人の援護を」
エイナが小声で言った。
式術が効かないとしても——やるしかない。
「キセキ!やるぞ」
俺が言うなり、キセキはソラリスを作り出した。
「一発で決めよう。だったら——これだ」
キセキが言った。
俺たちの——必殺技。
これまで何度も、俺たちはこの技に救われてきた。
キセキの力を、俺が増幅する。
今の俺たちが出せる——最大火力。
キセキの作った火球に、ブースターを込める。
「メイ、ラウル、避けろ!」
俺の叫び声と共に、デュラン目掛けてソラリスが放たれる。
いけ——!
決めちまえ!
火球はデュランに直撃する——と思った瞬間。
デュランの体から黒い霧が生まれ——消滅した。
「……消えた……いや、飲み込んだ……?」
キセキが呟く。
デュランは——何もしていない。
黒い霧が、ソラリスを文字通り飲み込んで消えた。
本当に——式術が効かないのか。
「今だっ!」
直後、ラウルが声を上げ、デュランに斬りかかる。
だが——素早い切り返しでラウルの剣は弾かれた。
次の瞬間、デュランの剣がラウルの胸を切り裂く。
血飛沫を上げながら、ラウルの体が後方へ吹き飛んだ。
「——ラウルッ!!」
メイが追撃する。
ラウルの傷がエイナの自動回復で治っていく。
しかし——傷が深い。
「エイナ!ラウルを!」
俺が叫ぶより早く、エイナは緑の式術をかけた。
「——叔父様がギランに確認しています!もう少し、時間を作ってください!」
エイナが言った。
メイとデュランが交戦を続ける。
「——貴様。太刀筋が独特だな。だが——少し似ているな」
デュランが言った。
剣のぶつかり合う音が響く。
「似てるって——誰によ!」
メイが叫ぶ。
「オラディグ——私の弟子だ」
デュランが言った。
メイがデュランの剣に弾かれ、後ろへ飛ぶ。
「——弟子?まさか——あんた、剣王の師匠ってこと?」
メイとラウルに式術斬りを教えたオラディグ。
その師匠が——デュランだということか?
黒の式だけでなく——剣術までも。
「やはり知っているのか……あの小僧が剣王とはな。笑える」
デュランは低い姿勢から一閃を放つ。
メイはそれを防御するが——脇腹を切られる。
——強い。
「キセキ、何か——援護をするぞ」
俺はキセキに言った。
剣が使えない俺たちは——式術を使うしかない。
例え、効かないと分かっていても。
キセキは、紫の幻惑を放つ。
しかし、それも黒い霧に即座に飲み込まれる。
エイナがメイの回復をしている。
ラウルはまだうずくまっている。
デュランが——目線をエイナに向けた。
「——無駄だというのに。そんなに死にたいのか?
まずは邪魔な回復役から消してやる」
マズい。エイナがやられたら——。
俺はエイナの元に走った。
デュランの剣がエイナに振り下ろされる。
間に合え——。
剣とエイナの間に体を滑り込ませる。
ギイィィィィン!!
激しい音が鳴る。
ガーディアンが発動し、剣を弾いた。
「——なんだそれは。見たことない式術だな」
デュランが呟いた。
何とか間に合った。
だが——。
「式術なら——無効にできる」
デュランが黒い霧を手から出した。
無効化されてしまえば——防御手段はない。
額を、冷たい汗が流れる。
この旅で——俺はガーディアンに救われてきた。
ガーディアンさえあれば——みんなを守れる。
いつの間にか俺は、そう思っていた。
そのガーディアンすら——通じないのか。
迫り来る——死の予感。
その時。
奥の方から、音がした。
そちらを見る。
機械に繋がれていたアイネが——宙に浮いていた。
周りには——黒い霧が漂っている。
「アイネ!……何だあれは」
俺がそういうとデュランが振り向いた。
「ほう。——思ったより早かったな。
——覚醒が完了したようだ」
間に合わなかった——。
俺は身体中が冷えていくのを感じた。




