第六話 万全で臨んだのに欠けた刀
父が出ていった翌朝。
出勤してきた従業員さんたちに、祖父は声をかけて集める。
「今日も出勤してくれてありがとう皆の衆。朝一番から突然の報告で驚くだろうが、昨日付でラグナから跡取りをこのヒサミツに変更することになった」
「ラ、ラグナさんは?」
「あれは自分から出て行った。夢を追いたいと言ってな」
父の俺に対する酷い行いに呆れた祖父が勘当したのだが、父の面目を保つために夢を追ったことにした。
「ラグナさんはラグナさんのお母さんと同じで、常に夢を追い求める方でしたから、きっと大きくなって帰ってきますよ! ヒサミツ坊ちゃまはお店の戦力ですし、きっとすぐに私たちの先頭に立ってくれます! ね? 皆!」
カヨさんの言葉に、従業員の皆は笑顔で頷いてくれる。
そういえばいないのが当たり前になっていたが、祖母はどうしたのだろうか。
いずれ機会があれば聞いてみよう。
祖父は従業員の皆を見て涙ぐみながらうなずく。
「ありがとう皆。さっそくだが従業員も一人減ってしまったことにより、今日より規模を縮小し買取を一旦停止。その間に我が跡取りであるヒサミツを、皆で一人でも店が切り盛りできるよう鍛えるぞ!」
「「おー!」」
声を上げる皆に対し、母が隣で深く頭を下げたのを見て、俺も一緒に頭を下げる。
「皆さん、いつも支えてくれてありがとうございます。今後も迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします!」
「「がんばれヒサミツ坊ちゃま!」」
「よし、営業開始じゃ!」
跡継ぎ変更宣言を終え、俺の修業はすぐに始まった。
会計の暗算、代々の帳簿の付け方、資産の管理など。
店に関するあらゆることを、五歳児に容赦なく教え込んでいく。
閉店後は道場へ行き、刀の稽古が始まる。
前世で乗り越えた経験がなければ、耐えられなかった。
そんな経験に感謝はしたくなかったが、それほどきつい。
夜ごはんもうとうとしながら食べ、気付いたら寝ていた。
半年後。
俺は六歳になった。
刀の修行も順調に進み、手加減している祖父となんとか渡り合えるようになる。
お店でも、皆のお陰でスムーズに動くことが出来ていた。
さらに祖父の監修のもと、六歳になって初めて自分で刀を二本打ち上げる。
たたら製鉄を使って刀を作る作業は、まさに職人の仕事だ。
まさか異世界に来て日本の伝統文化を学べるなんて、しかもそれが自分が唯一力を出せる得物なんて、いい形で転生したと感じる作業だった。
二本ともいい出来だが、熱した時間や打ち方を、祖父の提案で変えている。
というのもこの技術は祖父も昔教えてもらったもので、名刀になる打ち方かどうかはわからないらしい。
それを聞いてこれからは、自分たちで名刀になる打ち方を探すしかないと悟った。
打った刀を実戦で試し、調整しながら耐久性を高め、安全で信頼できる武器を目指して今後も製法を研究していこうと思った。
店の仕事をしながら祖父と共に森に入り、巨大リスやワイドウルフなどのモンスター相手に強度実験を繰り返し、一本が実戦可能なレベルにまで到達した。
いよいよ売り物になる日も近いと思いつつ、実戦可能な一振りと同じ製法で、新たに祖父と共に俺が二振り打って刀が完成した日。
「大変だ! 西の街道にゴブリンの群れだ! 馬車が襲われてる!」
店の前を一人の冒険者が叫びながら通り過ぎていく。
ゴブリンは災害モンスターとして指定されている。
母体を得れば無尽蔵に増殖し、放置すれば人間の国が亡ぶからだ。
急いで倒す必要があり、ギルドに申し出るのは後でも構わないともなっている。
「ジークさん、急いで武器を売ってくれ!」
「俺には防具だ! ゴブリンだから中古の安いので良いよ!」
お店はてんてこ舞いになり、俺も皆と共にお客さん対応に追われる。
「ヒサミツ! こっちは人が足りてる。それより冒険者はまだ準備が出来ていないようだから、襲われている人を誘導しに行って来てくれ! くれぐれも救援だけだぞ!? 間違ってもゴブリンの集団と戦おうと思うなよ!」
「わかった!」
祖父にそう言われ、俺は実戦レベルに到達した一本ではなく、それと同じ製法で作った新品の二振りの刀を佩き店を出た。
西門にはすでに人が集まり始めており、荷物検査もなく通れるようになっている。
そのまま門を通り過ぎ草原に出て、森に入って少ししたところで人の悲鳴を聞く。
「た、助けてくれ!」
声のする方へ向かうと馬車がゴブリンに囲まれていた。
なぜかまだ誰も来ていないことに驚き、急いで道を開くため、ゴブリンに近付いて抜刀術を放つ。
――ザクッ!
「ギャアアアア!」
がら空きだった背中を切られ、ゴブリンは手で押さえようとしながらのた打ち回る。
戦闘続行は不可能だろうから、放置しても良いのだろうけど、無意味に苦しませてしまうので止めを刺した。
「ギッ!」
短い悲鳴を上げてゴブリンは絶命する。
前世も含めて生まれて初めて、言葉をしゃべる者の命を奪った。
その事実に言い知れぬ恐怖を感じ、吐き気を催す。
「おい、危ない!」
声と同時に殺気を感じ、急いで横へ飛び退く。
元居た場所にはゴブリンのこん棒が振り下ろされており、地面がへこんでいた。
あんなものを受ければ間違いなく骨を砕かれるし、追撃を受ければ確実に死ぬ。
命を奪った恐怖と、今度は自分の命が奪われるかもしれない恐怖が、交互に襲ってくる。
(異世界に来て経験するなら、楽しいことだけにしてほしかったぜ。だが自分で決めたことだ。俺がやらなきゃ誰かが代わりにやることになる!)
自らを奮い立たせ、刀を構えて斬りかかった。
ゴブリンは動きが大きいが、不規則でしかも力が強い。
六歳児の俺が受けたらひとたまりもない。
(こん棒を避けた後に出来る、相手の大きな隙を狙うしかない!)
――ブン!
相手は不用意に分かりやすくこん棒を振りかぶり、振り下ろしたのを見て俺は横へ小さく跳び避ける。
――ザン!
「ギャアアア!」
がら空きの横腹を渾身の力を込めて薙ぐ。
ゴブリンを見ると腹を抱えてもがいていたので、駆け寄り止めを刺した。
刀を見るとすでに欠けており驚く。
なんでこんなことになったのか困惑する。
考えれば祖父と離れ一人で戦ったのも初めてだし、死に恐怖しこれまでに入れたことのない力を入れたせいで、少し手が疲れていた。
そしてゴブリンを二体連続で切りつけるというのは今回が初めてだ。
条件を厳しくしてテストしていたつもりだったが、足りなかった。
同じ製法だからいけると思ったが、ゴブリン二体で欠けるようでは、強度不足で命を預けられない。
想定外で済まされる問題ではない。
これがお客さんだったらと思うと、自分の甘さを許せなかった。
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