第五話 アテナ屋の正式な跡取り
道場が静まり返る。
俺自身も手の中の刀を信じられずにいた。
父の呼吸も、視線も、足の向きも、すべて見えていた。
そして刀は、見えたとおりに俺の身体を動かしてくれた。
(これが、俺の力なのか)
「認めん……」
父は肩を震わせながら、床に落ちた木剣へ手を伸ばす。
祖父が先に木剣を蹴り飛ばし、俺との間へ入った。
「勝負はついた。そこまでじゃ」
「認めん!」
父は突然、祖父に肩を思い切りぶつけた。
「ラグナ!」
よろめいた祖父の脇を抜け、父は壁に掛かっていた金属製の稽古剣をつかむ。
「今のは、まぐれだ!」
鞘から引き抜く勢いのまま、頭部への攻撃は禁じられていたのに、振り下ろしてきた。
今度は木剣ではなく金属製の稽古剣だ。
まともに受ければ腕を持っていかれる。
だが、怒りに任せた一撃は、肩も視線も狙いを隠していなかった。
父が振り下ろすより先に、どこへ入ればよいかが分かる。
俺は素早く父の懐へ飛び込み、振り下ろされる腕の内側へ刀を添えた。
そのまま身体をひねり、勢いを横へ逃がす。
――ガン!
稽古剣が俺の肩すれすれを通り、床を叩いた。
返す刀の峰で父の右肘を打つ。
「ぐっ!」
浮いた手元へ刀を振り上げた。
――カァン!
稽古剣が宙を舞い、今度は道場の隅まで飛んでいく。
父は何も握っていない右手を見つめ、その場に膝をついた。
「五歳の子供へ本気で稽古剣を向け、決着に不服を抱き不意打ちするとは……」
祖父の声は、低く震えていた。
「ラグナ。今日をもって、お前を勘当する。アテナ屋から出ていけ」
「黙れ!」
父が祖父をにらみ上げる。
「俺は、あんたと店のために剣で身を立てる道を諦めたんだぞ! 商売の修業までしてきたのに、孫ができた途端、俺を捨てるのか!」
「……確かにお前に店を継がせるため、剣で身を立てる道を諦めさせた」
祖父は言い訳をせず、父の視線を受け止めた。
「その負い目から、お前が店で不満をまき散らしても、いつか収まると目をそらしてきた。ヒサミツへその怒りが向くまで、わしは何もしなかった」
祖父の拳が震えている。
「それは、父親であるわしの過ちじゃ。じゃが、その償いにヒサミツを犠牲にすることはできん」
「俺より、そんな化け物じみた子供を選ぶのか」
「選ばせたのは、お前自身じゃ」
騒ぎを聞きつけた母が、道場の入り口に立っていた。
父を見つめ、何かを言おうとしている。
けれど、震える唇から声は出なかった。
「……許さんぞ。俺の剣を認める貴族に仕えて、必ず思い知らせてやる」
父は母の顔を見ることなく、その横を通り過ぎた。
父を慕っていた門下生たちも、俺たちと目を合わせずにあとを追っていく。
足音が遠ざかると、母は俺を抱き締めた。
「ごめんなさい、ヒサミツ。お母さんが、もっと早く……」
「母さんのせいじゃないよ」
そう答えると、俺の肩へ落ちた涙が服に染みた。
父に勝ったというのに、少しも嬉しくない。
「ヒサミツ」
祖父が俺と母の前で膝をついた。
「これからは、お前をアテナ屋の正式な跡継ぎとして育てる。剣も商売も、わしの知るすべてを教えよう」
俺は母の背へ腕を回したまま、祖父を見る。
父は目標を諦めてまで店を継ごうとした。
俺は誰か一人だけが犠牲になる、そういう状態の店にしないよう心掛けて運営していく。
傷んだ武具にも、それを必要とする人にも、もう一度明日を渡せる店にする。
「うん。僕に全部教えて」
手の中には、まだ刀の重みが残っていた。
この日から俺は、刀と商売の両方を学ぶ、アテナ屋の正式な跡取りになった。
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