第三話 五歳の営業マン誕生!
「この世界には、人間よりモンスターの方が多いのよ」
お客さんから買い取った盾に残っている爪痕を見ながら、母が教えてくれる。
「町と町の間を移動すれば、一度も出会わない方が珍しいくらい。私も旅の途中で襲われて、お義父様とあなたのお父さんに助けてもらったの」
(父さんが母さんを助けたのか)
俺を抱こうともしなかった父だが、人を助けるやさしさはあるらしい。
――カン、カン!
しばらく店の中を見ていると、店の奥から規則正しく金槌を打つ音が聞こえてきた。
「お義父様が修理を始めたみたいだわ。行ってみましょう」
母と一緒に会計台の奥へ入る。
鍛冶場には鉄と油の匂いが染みつき、炉の熱が母の背中越しにも伝わってきた。
祖父は今、先ほど買い取った盾を台へ置き、爪で裂かれた部分を調べている。
「おお、リンか。ヒサミツに店を見せておるのか?」
「ええ。この子は覚えていないでしょうけれど、見せてあげたくて」
「そうか。ヒサミツ、ここで傷んだ武具を直し、また店へ並べるんじゃぞ」
祖父が、黒く汚れた太い指を俺に見せる。
店に立つだけでなく鍛冶仕事までこなすから、これほどたくましい身体になったのだろう。
昼が近づくとお客さんが増え、祖父と母、従業員たちは店内を忙しく動き始めた。
「ラグナ! こっちの会計を頼む!」
祖父に呼ばれ、鍛冶場で別の剣を直していた父が、煤で汚れた手を布で拭きながら姿を現す。
「……分かった」
返事はしたものの、お客さんへ向ける顔は暗い。
会計を終えると、次のお客さんを待たずに離れようとする。
「待て。まだお客さんが並んでおる」
「店には、あんたと従業員がいるだろう」
「お前はこの店を継ぐ人間じゃろう?」
祖父の言葉に、父の足が止まった。
「俺は、この店を継ぐために剣で身を立てる道を諦めたんだ。好きにさせてくれ。道場へ行く」
店の空気が静まり返る。
祖父は何かを言おうとしたが、結局、口を閉じて父から目をそらした。
父はそのまま店を出て、向かいにある道場へ行く。
(祖父ちゃんが強く言えないのは、父の言う通りならその負い目があるからだろうか)
母も従業員たちも、黙って自分の仕事へ戻った。
きっと、これまでに何度も繰り返されてきたやり取りなのだろう。
父が店を継ぐために大切なものを諦めた。
今もその時の不満を、家族や従業員へ向けている気がする。
「いらっしゃいませー!」
店の会計台へ置いた踏み台の上から、入ってきたお客さんへ頭を下げる。
俺は五歳になっていた。
この五年間、母や祖父の仕事を見ながら、店の商品、お客さんの顔と名前、読み書きや計算を覚えてきた。
一人で店内を歩き、お客さんとも話せるようになった今、ようやく自分でもお客さんへ商品を勧められる。
(待ってたぜ、この時を! 四十七年分の営業経験を生かして、母さんと祖父ちゃんに恩返ししよう!)
小さな子供が店頭に立つ姿は珍しいようだ。
最初は面白半分で話しかけてきたお客さんも、商品について答えると驚きながら話を聞いてくれた。
そんな日が数日続いた頃だった。
「おい坊主。この剣、傷が残っているぞ」
銅の胸当てを着けた冒険者が、一本の剣を会計台へ置いた。
男が指で示した剣身には、研いでも消えなかった細い傷が走っている。
「こんな物を売って、戦っている最中に折れたらどうするんだ?」
声は大きいが、言っていることはもっともだ。
俺は剣を持ち上げ、傷の場所をもう一度確かめた後で、お客さんに見せながら説明する。
「傷が浅く内部までひび割れてはいません。祖父が修復しましたが、使い続ければ再び広がる可能性があります。ですから打ち直し品として、値段を下げています」
「それでも、新品と同じとはいかないだろう?」
「はい。ですから、札にも『打ち直し品』と書いて、値段を三十ゴールドまで下げています」
欠点を隠して売れば、一度は儲かっても信用を失う。
正直に伝えたうえで、そのお客さんに合う使い道を探すのが俺の営業だった。
「お客さんは、普段どんな剣を使っていますか?」
「こいつだ」
男が腰の剣へ手を置く。
「鉄の剣だ。百五十ゴールドもしたが、手入れをしながら大事に使っている」
「旅には、その一本だけを持っていくんですか?」
「そうだが……それがどうした?」
「でしたら、この剣を予備にしませんか?」
男が眉を寄せた。
「予備の剣なんて、金のある冒険者が持つ物だろう」
「この剣なら三十ゴールドです。愛剣が折れたり、落としたりした時も、丸腰で帰らずに済みます」
「だが、傷があるぞ」
「丈夫さは祖父と試し切りして確認してあります。訓練や弱いモンスターとの戦いではこちらを使えば、大切な剣の消耗も減らせます」
男は会計台の剣を持ち上げ、重さを確かめるように何度か握り直した。
「……確かに、百五十ゴールドの剣をもう一本買うのは無理だが、三十なら払える」
「命を守る予備が三十ゴールドなら、安いと思います」
「まいったな。買うつもりはなかったのに、欲しくなっちまった」
男は苦笑しながら財布を取り出した。
「これをもらう。おやっさん、あんたの孫は本当に五歳か?」
「間違いなく五歳じゃ! 凄いじゃろ? なにせわしの自慢の孫じゃからな!」
祖父は自分が売った時よりもうれしそうに笑い、俺の頭を何度も撫でた。
(売れた! 俺の営業は、この世界でも通用する!)
代金を受け取り、剣と手入れ用の布をお客さんに渡すと、彼は剣を腰へ差し満足そうに店を出ていった。
「チッ……」
背後から、小さな舌打ちが聞こえた。
振り返ると、父がこちらを見ている。
眉間にしわを寄せ、右手を固く握り締めていた。
「ラグナ。聞いたか? ヒサミツは大したものじゃろう」
祖父が声をかけても、父の表情は変わらない。
「……この店の跡取りは、まだ俺だ」
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