第十七話 名乗った少年と、刀を弾く魔物
説得するにはどうすればいいか。
俺は祖父と何度もダンジョンへ入り、一人で採取する許可も得ている。
だが、この少年は兵士の目を盗んで入り、スライムの危険すら十分に知らなかった。
俺も初めて入る場所で、彼まで守りながら進む余裕はない。
一緒に入るなら、家族が危険を承知して許可したことと、少年を守る護衛の同行が必要だ。
この二つが揃うなら、同行してもよい。
こちらの言葉に対し、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
厳しい条件かもしれないが、少年の命を預かる以上、ここは譲れない。
「……いい、じゃなくて約束しろ」
「そんな大事な約束を、名前も知らない相手とはできないな」
「くっ……アレックスだ」
「え?」
「俺の名前はアレックスだ、と言ったんだ! 聞こえたか!? 次に会った時はちゃんと名前で呼べ」
「分かったよ、アレックス」
俺は、傍らに立つ青いマントの騎士へ視線を向けた。
「今言った二つの条件が揃ったら、アレックスと一緒に入ると約束します」
「本当だな!」
「もちろんだよ」
「私はエルシド。領主レオン・マクスウェル様に仕える騎士だ。この度は坊ちゃんがご迷惑をおかけした」
エルシドさんは一礼したあとで、アレックスの家に関しては言えないが、俺の条件は彼の家族に必ず伝えると約束してくれた。
彼の言葉を聞き、恐らく領主の息子か、少なくともそれに近い血筋の者だろうと思った。
だが本人もエルシドさんも言わないなら、こちらから聞くことではないだろう。
「では今日は許可が無いので帰りますよ、坊ちゃん」
「絶対に許可を取ってくるからな!」
エルシドさんはアレックスの肩を掴み、そのまま町へ連れ帰った。
なんとかエルシドさんに連れ帰ってもらえて良かった、と胸を撫で下ろしつつ、改めてダンジョンの中へ入ることにする。
少し降りたところにある広間に、「領主府管理・東採取ダンジョン詰め所」と書かれた看板を掲げた小屋があった。
冒険者の報告によって各国のダンジョンは見つかっている、と小さい頃に読んだ本に書いてあった。
現段階で俺の住むイグニス国には、ダンジョンが十五カ所ある。
最初のダンジョンで、騎士団は最下層まで探索してボスも倒し、敵がいないのを確認したうえで、入り口を板で塞ぎ封鎖した。
ところが数日後には、板が破壊され村にモンスターがおりてきたようだ。
以降、ダンジョンには兵士が配置され、異変があれば再調査する仕組みになっている。
国がダンジョンを独占せずに開放していた。
冒険者に探索させてモンスターを倒させ、その素材を売って生計を立てさせれば、国は安全に税金をとれる。
モンスターが再生されようとも、冒険者が生活のために倒す、という循環を生んでいた。
その結果として、モンスターは町や村まで降りてこなくなっていた。
採取できるアイテムもなぜか再生しており、今も首都では原因を探っているという。
この東の採取ダンジョンは、モンスターの強さも初心者向けとされており、領主府が管理している。
さっそく詰め所に挨拶し、帰還予定時刻を二時間後と告げる。
「一時間計の砂時計を渡しておく。砂が落ちきったら、そこで引き返してくるように。昨日まで採取制限がかかっていたから、薬草も再生している。だが採っていいのはその籠一杯までだ」
「分かりました、行ってきます!」
ダンジョンは本で読んだとおり、赤茶けた岩と乾いた土が広がり、空気も乾燥していた。
環境に適合した薬草や鉱石が採取でき、防御の高い魔物が生息しているという。
鉱石は採取できても、重くて持って帰れるのは一つか二つ。
なので図鑑で見て覚えた薬草だけを摘んで、籠に入れていく。
摘みながら奥へと進んでいくと、広い空洞にたどり着いた。
「コロコロコロコロ……」
中に入ってすぐ、どこからか何かの鳴き声が聞こえてくる。
侵入者に対する警告だろうか。
そういえばここまでモンスターと出会わなかった。
薬草が手付かずだったのも、採取制限だけが理由ではないとしたら。
「うおっ!?」
頭上から風を切る音がした。
見上げると黒い物体が落ちてくる。
素早く飛び退き、間一髪直撃を逃れた。
「これがダンジョンヤドムシか……でも図鑑の説明より小さいぞ?」
落下地点にいたのは、大きなカタツムリの殻を背負い、四本の足で立ち、左右に鎌状の爪を持った昆虫型のモンスターだった。
図鑑には殻は見た目より軽いが、金属製の武器を弾くほどの強度があると書いてあった。
脚は太く、爪だけでなく足の先も尖っており、岩でできた天井や壁なら足を突き刺し、難なく移動できるらしい。
そのため、巨体でありながら頭上からの奇襲を得意としているようだ。
本来は二メートル近い大きさのはずだが、特殊個体なのか一メートル強しかない。
急いで反りの強い刀を抜いて正眼に構えた瞬間、ヤドムシが飛び掛かってくる。
横へ跳んで押しつぶしを避け、殻から露出している頭を狙って刀を薙いだ。
――ガギッ
こちらの狙いを読んだのか、ヤドムシは小さく跳んで体を捻った。
刀を止めることはできず、頭の代わりに硬い殻に直撃してしまう。
「うわマジか。図鑑にない動きをしてきたぞ」
素早く距離を取り、刀を確かめる。
刃の中央が少し欠けていた。
少なくとも、目で見える範囲に新たなひびや歪みはなく、切っ先も無事である。
だが、内部までは無事とは限らない。
もう一度殻に当たれば、今度こそ折れてしまうかもしれない。
急いで反りの強い刀をしまい、直刀を引き抜いた。
次は殻ではない露出した部分へ、確実に切っ先を突き入れるしかない。
図鑑によれば、ダンジョンヤドムシは横へ走れず、横へ避ける時は跳ぶ癖があるという。
先ほどの防御行動は図鑑にはない動きだったが、少なくともこの点だけは図鑑通りであってくれ。
そう願いながら誘導するための動作に入る。
「行くぞ!」
顔へ斬り込むと見せかけるため、刀を振り上げながら一歩踏み込んだ。
するとヤドムシは図鑑通りに横へ飛ぶ。
やったと思いながら隙を見逃さないよう、素早く着地点へ間合いを詰める。
「くらえ!」
着地する間際の相手の顔めがけ、全力で突きを放つ。
「キキキキキ!」
ヤドムシは刀から逃れようと暴れた。
しかし、次第に動きは弱まり――
「キッ!」
最後にひときわ大きく鳴いて、動かなくなった。
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