第十六話 追跡魔法を使う少年と、隠れていた騎士
持ち帰った巨大コウモリの翼膜は、鍛冶には使えないと祖父に言われる。
他の皆にも見てもらったところ、弾力性があるので何かには使えそう、というところまではきたが、具体的な案は浮かばなかった。
それを見て俺は、これを手袋に加工できないかと考え、裁縫が得意な母に聞いてみると、作ってみると言ってくれる。
母は前に出るような人ではないが、働き者で器用な人だ。
転生してこんなすごい母を持てて誇らしかった。
母と共に開店準備を始めると、店先にはすでにお客さんがおり、皆で急いで準備を始める。
周辺で何かあったのだろうか、と疑問に思いながら準備をし開店した。
「なんでも、ここの子供がダンジョンで人を助けたらしい」
「命を助けた店なら、危ない品を平気で売ったりはしないだろう」
開店直後に買い取り待ちの列ができ、そこにいたお客さんの立ち話が耳に入る。
どうやら冒険者を助けた話が広まり、客が来ているようだ。
その後数日間は目が回るほど忙しく、ダンジョンで試しスライムの粘液で損傷した反りの強い刀を、一度溶かして素材を足し打ち直せたくらいだった。
ガノさんと祖父と共に金物の研究をしており、自分の年齢を忘れるほど多忙である。
混雑が解消され落ち着いた朝、サナとの散歩を終えると、午後の時間が空いた。
できればあの少年に会わずに素材を集めたい。
そう考え、南ではなく東にある初心者向けの採取ダンジョンへ行くことにした。
「第一層から出ないこと。帰りの鐘までには戻るんじゃぞ」
「分かってる。行ってきます」
祖父の許可をもらい、打ち直した反りの強い刀と直刀、それと籠を持って町を出た。
市場の人混みを抜け、何度か道を変えたので、誰にもつけられてはいないはずだ。
ところが、ダンジョンの入口が見えたところで、背後から声が飛んできた。
「おーい!」
振り返る前から、誰なのか分かった。
「まさか俺の追跡を振り切るとは思わなかったぞ。お前、本当に六歳か?」
「君こそ、どうやって見つけたの?」
「見せてやる」
少年が人差し指を立てる。
指先に手のひらサイズの光りの球が止まる。
彼が指先をこちらに向けると、光の玉はこちらの目の前にきて止まった。
「これが、お前の気配を追ってきた。俺もただの子供じゃないってことだ」
「魔法……」
教会で治癒魔法を見たことはある。
だが、人の気配を追跡する魔法は初めてだった。
魔法は、才能があるだけで使えるものではない。
教会や学校で学び資格を得なければ、人前で使うどころか安全に使うことすらできない。
見たところ少年の年齢は俺と変わらない。
もし六歳で魔法が使えるなら、幼い頃から専門の教師を付けられる家、ということになる。
そこへ領主付きの騎士との繋がりがあるとなれば、少年が普通の家の子供ではないことは明らかだった。
「ふふん。驚いたか!」
「なんということを……」
少し離れた木立から、大人の声が漏れた。
少年と顔を見合わせる。
姿は見えないが、こちらを見張っている者がいる。
「護衛の人がいるなら、一緒に帰ってもらってよ」
「あれは関係ない。今日はお前とダンジョンへ入る」
「どうして僕なの?」
「大人には断られた。年の近い奴で、一人でもダンジョンへ入ろうとしたのはお前だけだ」
「君くらい魔法を使えるなら、近くに同じくらい魔法を使える人がいそうだけど」
「そういうやつらはお行儀がいいからな。俺は自分の力が役に立つことを証明したいんだ」
少年はそれまでの高飛車な態度から一変し、決意のこもった表情をしていた。
身分が高そうなのに、それに甘んじず自分が強くなりたい、という思いは共感できるものがある。
だがそれだけで連れてはいけない。
「こないだ危険な目に遭ったばかりだろ」
「だから今度は、俺の強さも見せてやる」
少年はまるで懲りていない。
「申し訳ないけど、一緒には入れない」
「俺が弱いと思っているのか?」
「強いかどうかの問題じゃない。君が怪我をした時、君だけの問題じゃなくなるんだ」
「なんだと?」
こんなことは言いたくもないし考えたくもないが、転生しようとしまいと、人間の命の重さが平等なんてことはない。
親の職業や生まれ持った才能で、間違いなくその重さは変わる。
人間が高尚な存在ではないことなんて、正義を成そうとして失敗した俺が、身に染みて分かっていた。
だから自分のできる範囲で一人でも多く救いたい、そう思っている。
とても厳しいようだが、身分の高い者の子供は自分一人の責任では済まない、ということを今理解してもらった方が、彼のためになる。
「そ、そうだ! こないだ店にいた騎士から聞いた。お前の祖父さんは、昔すごい剣士だったんだろ? ならきっと大丈夫だ」
「何が大丈夫なのか分からないけど、やっぱりあの騎士と知り合いなんだね」
しまった、という顔をする少年を見て、疑いが確信に変わった。
先ほどからつけてきている人へ向け、手招きしてみる。
相手ももう隠しきれないと理解し、こちらに向かって歩いてきた。
やはり例の青いマントの騎士だった。
「……よく私だと分かりましたね」
「お前、本当についてきてたのか!」
「坊ちゃんが、また無断で町を出られたので」
領主付き騎士が少年を陰ながら見守っていることからして、少年が俺の想像以上に高い身分だと分かった。
「さあ、お戻りください」
「嫌だ。今日はヒサミツとダンジョンへ入る」
「僕はまだ承諾してないよ!」
騎士は深いため息をつき、少年は一歩も退かなかった。
だが少年が帰らない限り、俺もダンジョンへ入るわけにはいかない。
どうやら今日最初に対戦するのは、モンスターではなくこの頑なな少年らしい。




