第十五話 名前を隠す少年と、それを知る騎士
「金はいらないと言ったのに、どうしてこれは受け取ったんだ?」
店へ向かう途中、少年が俺の持つ小袋を指さした。
中身は、ギルドから渡されたスライムの討伐報酬だ。
前回ゴブリンを倒した時の報酬を、俺はもらい忘れてしまったため、ギルドの人がわざわざ持ってきてくれた。
また迷惑はかけられないので、今回はすぐに自分で申告して受け取る。
「冒険者のおじさんからのお礼は、治療に使うお金だから断った。でも、これは仕事として決められた報酬だから」
「同じスライムを倒した金だろ?」
「意味が違うんだよ」
ギルドの受付では、受け取らなければ困るとまで言われた。
無償で魔物を倒す者が増えれば、依頼人は正規の討伐料まで高いと言い始めるだろう。
命を懸けている冒険者の収入を、善意で奪い取ることになりかねない。
さらに報酬を受け取るには、魔物の種類や数、現れた場所を報告しなければならない。
その記録をもとに、次の巡回や討伐依頼が出される。
「目の前で困っている人は、お金がなくても助ける。でも、誰かの仕事まで無料にしてはいけないんだ」
「お前、俺と同じ年なのに、時々じじいみたいなことを言うな」
「祖父ちゃんに育てられたからね」
そういうことにした。
「ここがアテナ屋だよ」
店先には、金物屋ガノの古い看板も並んでいる。
「看板が二つあるぞ。どっちの店なんだ?」
そう言われて確かにそうだな、とは思った。
今はうちとガノさんの店だけだが、今後増えた場合、何かまとまった屋号みたいなものがあった方が、お客さんは分かりやすいかもしれない。
「どっちもだよ。前は別々の店だったけど、今はガノさんたちも合流して皆で作業してる」
「商売敵を、自分の店へ入れたのか?」
「うちは人手が足りなかったし、ガノさんには技術があった。別々に困るより、一緒に稼いだ方がいいからね」
少年は二つの看板を見比べ、首をかしげた。
「やっぱり変な店だな。じゃあ、あの刀もここで作ったのか?」
「祖父ちゃんに教わりながらね。でも今日のは不合格だから売れないよ」
「スライムまで斬ったのに?」
「スライムは斬れたけどこの素材じゃ持たなかった。もう一度素材を見直すよ。残りの一振りは、巨大コウモリを一撃で切れなかったから不合格」
問題を改めて考えなければならない。
完璧な素材でできた武器などないだろう。
が、なるべく多くの人が安全に使え、生存確率を上げられるような武具を作りたい。
今は中古武具がメインだが、今後は素材や加工に詳しい職人も集め、魔物ごとに適した武具の研究をしたい。
「変なところで細かい奴だな」
「名前も教えない人に言われたくないよ。約束どおり、そろそろ――」
「おう、ヒサミツ。お帰り」
祖父の声がしたので視線を向けると、奥のカウンターには彼のほかにもう一人いた。
青いマントと磨き上げられた鎧を身につけた男だった。
マントには町の門や公文書で見かける、領主家の紋章が銀糸で縫われている。
少年が男の顔を見た瞬間、足を止めた。
「げっ」
鎧の男も、少年を見て固まる。
「なぜここにいる」
「それはこっちの台詞だ! 俺を探してたのか?」
「何のことでしょう」
急に丁寧な口調になった。
どう見ても知り合いである。
「どうしたんじゃ?」
「いえ、師匠には関係のない――」
男が慌てて口を閉じた。
「師匠?」
「……失礼。ジーク殿、今日のところはこれで」
男が祖父へ頭を下げた瞬間、少年が店の外へ飛び出した。
「待って! まだ名前を聞いてない!」
「また今度な!」
「ジーク殿すみません! お、お待ちください!」
鎧の男も少年を追い、二人は人混みへ消えていった。
「祖父ちゃん。あの騎士は誰なの?」
「昔、短い間じゃが道場へ通っていた男じゃ。今は領主様に仕えておる」
「あの少年は?」
「知らん。じゃが、ただの知り合いには見えんかったのう」
名前を一つ知るはずが、代わりに領主家とのつながりだけが残った。
どうやら俺は思っていた以上に、訳ありの少年と出会ってしまったらしい。
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