第十四話 スライムに襲われた冒険者
少年はこちらの制止の言葉を無視し、洞窟の奥へ進んでいく。
「見つけたぞ! スライムにやられてる!」
やっと止まってくれた少年は、こちらに向かって叫んだ。
スライムはゴブリンと同じように、災害指定されているモンスターである。
ちゃんと知識を持っていて止まれたんだとほっとした。
急いで追いつき前に出ると、角を曲がった先で男が一人倒れていた。
「た、助けてくれ! 足が……!」
這ってこちらに来ようとするも、半透明の物体であるスライムが、彼の両脚を飲み込みさらに引きずり込もうとしている。
見れば革の長靴は形を失いかけており、露出した肌は皮膚がはがれ始めていた。
剣を持っていれば対処できるので、不意打ちを受けたのかもしれない。
「ここは俺が」
「危ない!」
両手を突き出した少年の襟をつかみ、引き戻す。
直後、スライムから伸びた触手が、少年のいた場所を打った。
飛び散った粘液が岩へ付着し、ゆっくりと音を立てて表面を溶かしていく。
少年の顔から余裕が消えた。
「斬撃用の武器がないなら控えてて。捕まったらあの人みたいになるよ?」
「……先に言えよ」
どうやら飛び掛かってはいけない、くらいの知識しかないらしい。
それでよくダンジョンに入ってきたなと呆れつつ、敵であるスライムを観察する。
スライムは分厚い皮膜で粘液を包み、その中央にある赤い核で動いている。
倒すには、皮膜ごと核を断つしかない。
刀なら届く。
だが斬り損ねれば、俺たちも粘液を浴びてしまう。
絶対に外せない。
見れば近くに男の物であろうマントが落ちていた。
斬った瞬間にマントを彼に投げてかぶせれば、粘液からの被害を最小限に防げる。
飛び散り終わってからマントの下の手を引っ張れば、少年も怪我をしないだろう。
「そこの布を拾って俺が倒したら、すぐにマントをあの人にかぶせて。粘液が飛び散り終わったら、マントの下の手を引っ張って欲しい」
「俺に命令するのか?」
「嫌なら危ないから入口まで戻って」
「……やればいいんだろ!」
少年はそう言ってマントを拾い構えた。
素直ではないが、男を助けたい気持ちはあるらしい。
彼の動きを見て俺は下段の構えを取り、スライムの正面に立つ。
狙う赤い核は粘液の中をゆっくり移動している。
タイミングを計りながら、こちらの間合いに入れるべく距離を詰める。
が、一歩近づくと二本の触手が同時に伸びてきた。
片方をかわし、もう片方を刀で切り落とす。
――ジュッ!
刃に付いた粘液から、白い煙が上がった。
(長くは使えない。一撃で決める)
もう一度伸びた触手をぎりぎりまで引きつけ、横へ跳ぶ。
攻撃のために皮膜が伸び、赤い核が表面近くへ浮かんだ。
そこへ踏み込み、刀を振り抜く。
――ザン!
赤い核が二つに割れた。
「今だ!」
少年がマントを投げて男へ被せたのを見て、急いで距離を取る。
スライムは形を失い、粘液が四方に飛び散った。
刀を見ると、粘液が付着した部分だけ黒く変色し、小さなくぼみができている。
(斬ることはできても、スライム相手では一度きりか)
切れ味だけでは、どんな魔物にも使える武器にはならない。
いずれその辺りを解決するため、別の素材を使って新しい刀を作りたい、そう思った。
粘液が飛び散り終わると、少年がマントの下の手を掴み、スライムの残骸から引き離した。
刀を収めた俺も反対の手を引っ張り、どうにか救い出す。
危険な作業だが迷わず行動できた少年を見直した。
「水はある?」
「少しならある。これを使ってくれ」
少年が腰の水筒を渡してくる。
布を退け、残った水を両脚へ少しずつかけて粘液を薄める。
完全には洗い流せないが、このまま付着させておくよりはましだった。
皮膚は赤くただれ、自力では歩けないが、幸い骨までは達していない。
「た、助かった……。お前たち、本当に子供なのか?」
「助かってよかったです。今兵士の人を呼んでくるので待っててください」
「なら俺が連れてきてやるよ。少なくともお前がいた方が安全だしな」
「良いの? 兵士に怒られない? 黙って入ってきたことを」
「余計な心配するな!」
そう言って少年は入口へ走る。
しばらくすると兵士たちが担架をもって現れた。
詳細を話すと内部の確認とスライム討伐のため、すぐに討伐隊を呼ぶという。
さらに兵士から、負傷した人と一緒に町まで戻ってほしいと言われ、従うことにした。
「礼をさせてくれ。ギルドへ行けば、いくらか用意できる」
「そのお金は治療に使ってください」
俺は店の名を彫った木札を一枚渡した。
「代わりに武器が必要になったら、アテナ屋を思い出してもらえれば十分です」
「助けた相手にまで店を売り込むのか」
少年があきれた顔をする。
「ただ助けて立ち去ったら、正義の味方みたいだからね。これでも商人の端くれだから、必要になった時に店を思い出してもらいたくて、渡したんだよ」
「そういうことにしておいてやる」
負傷者に付き添ってギルドまで移動し、事情を説明したあとで俺は店へ帰ることにした。
ところが、少年も当然のように隣を歩いている。
「君はどこへ行くの?」
「お前の家」
「どうして?」
「あの刀を作った店を見たい。本当に武器屋の子供なのかも確かめる」
「その前に、名前くらい教えてよ」
「店を見たら教えてやる」
断っても帰る顔ではなかった。
結局、俺は名前も知らない少年を連れ、アテナ屋へ向かうことになった。
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