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第34話 【見えない事が罪みたいなので推しから二時間の罰を受けます】


 ジープのエンジン音が、夕方の静けさを引き裂いた。ブロロロロロロ……!!市役所前の道路に、三台の軍用ジープが白煙を巻き上げながら滑り込んでくる。豪鉄が血の滲む肩を押さえながら目を細めた。

 バンッ!!バンッ!!バンッ!!勢いよく扉が開く。そこから飛び出してきたのは、迷彩服に身を包み、無駄にムキムキで無駄に声がでかい男たちだった。「展開!!展開ぃぃぃ!!」「右見て左見て右を見ろぉぉ!!」「隊員の靴紐を踏むなぁぁ!!」「靴紐は踏まれてこその一流でありまぁすっ!チッチッ!!」「言ってる意味が分かりません!!」全員マシンガン装備。無駄に統率だけは取れていた。それを見た大野がぽつりと呟く。「……うるさっ」


 その後ろ。最後尾のジープから、大柄な男がゆっくり降りる。身長二メートル近い巨体。肩幅も広く、顔も濃い。いかにも背中に「隊長」と書いてありそうな男だった。さらにその後ろから、白衣姿の若い女が降りる。長い黒髪。眼鏡。整った顔立ち。そして異様に目立つ抜群のスタイル。それを見た大野が思わず漏らした。「……すげぇスタイルだな……」サヤカが小声で言う。「見るとこそこなの?」


 そして隊長が豪快に笑った。「ふはははは!!」その視線が地面に転がる大和に向く。「痛みに耐えてよく頑張った!!ご苦労!!」だが次の瞬間、大和がぐるぐる巻きに縛られていることに気づく。口もガムテープで塞がれていた。「……む?」隊長が首を傾げる。「無線をくれたのは君じゃないのか?」大和が必死に頷く。「んんん!!んんーーー!!」「なぜ縛られている?」「んんんんん!!」説明できない。隊長が腕を上げた。その瞬間、、カチャカチャカチャ!!兵士たちが一斉にマシンガンを構える。サヤカたちが身構える。すると白衣の女が冷静に言った。

「巻島隊長。それでは研究対象まで殺してしまいます」隊長が目を見開いた。「おおっ!!アンナ。そうだった!!」頭をかく。「少しムカついたんで危うく皆殺しにするところだった!!」アンナが小さくため息を吐く。隊長が豪鉄たちを見る。「さて…お前たちの中に、“見えない男”はいるか?」ニヤリと笑った。豪鉄が前に出る。「グハハハッ!可笑しな事言う奴じゃのう?この世界にそんな男おるわけなかろう」鼻を鳴らし、大和を親指で指す。「こやつの妄想じゃ。無駄足じゃったな…はよ帰って一人でして寝ろ!」隊長を睨む。隊長が豪鉄の前まで歩み寄る。空気が張り詰める。サヤカが拳を握る。アンナが目を細める。


 そして、、ガシッ。隊長が豪鉄の股間を掴んだ。

「ほぉう」真顔。「でかいな」場が凍った。「……は?」大野が声を漏らす。豪鉄も負けじと、ガシッ、隊長の股間を掴み返す。「ほぉおぅ!」豪鉄も真顔だった。「生意気なサイズしとるのぉ」隊長の額に汗が浮く。豪鉄のこめかみに青筋が浮く。ギリギリギリ……無言の我慢比べが始まった。サヤカが呟く。「……何これ…何やってんの?」アンナが眼鏡を押し上げる。「はぁ、理解不能です」


 その時だった。パンパンパンパンッ!!突然、隊員たちが発砲を始めた。隊長が振り向いて絶叫する。「貴様らっ!!誰が撃っていいと言ったぁぁぁぁ!!」隊員が叫ぶ。「隊長!!ゾンビです!!ゾンビが我々を包囲し始めています!!」周囲を見れば、市役所周辺に黒い影がわらわらと集まり始めていた。隊長が豪鉄を睨む。股間を離す。「ちっ!……少し待ってろ」豪鉄も離す。「ふん!ふにゃちん野郎」隊長が吐き捨てる。豪鉄が即返す。「はよ帰れ、包○皮余り野郎」隊長の眉がピクリと動いた。「見たんか?見たんか!?クソが!……後で見せてやる。覚えていろ」


 そして振り返る。「全隊!!ゾンビ殲滅戦開始ぃぃぃ!!」「「「うおおおおおお!!!」」」兵士たちが一斉に散る。銃声が響く。怒号が飛ぶ。混乱が広がる。アンナだけが冷静にジープへ戻っていく。豪鉄たちはその様子を見ながら、小さく輪になる。サヤカが囁く。「どうするの?お爺ちゃん?」豪鉄が腕の止血をしながら笑う。「決まっとるじゃろ。湊が帰って来た時に、あいつらをどう誤魔化して逃げるか考えるぞ」その言葉に大野が眉をひそめる。「ここから逃げられるのか?」「グハハハッ!正面突破は若いもんの役目じゃ」豪鉄は笑った。

 銃声とゾンビの叫び声と豪鉄の笑い声が、オレンジ色の空へ響いていた。


◇◇◇


 市役所の裏口へ向かう細い通路を、湊たちは急ぎ足で進んでいた。さっきまで廊下を埋めていたゾンビたちは、いつの間にかほとんど消えている。代わりに、外から響いてくる。パンッ!!パンパンパンッ!!乾いた銃声。その音に釣られるように、所々残っていたゾンビたちが一斉にそちらへ向かっていく。

「うわぁ……」湊が足を止めた。「外で誰かめっちゃ撃ってるよ……」ルナが呆れた顔で言う。「あんたのこと捕まえに来た奴じゃないの?」湊がぽんっと手を叩いた。「あっ、そっか!大和さんが無線で呼んでくれた人たちか!あははっ!」「笑い事じゃない!!」ルナが即ツッコミ。「撃たれてるの豪鉄さんたちかもしれないだろ!」湊は腕を組む。「いやぁ、あの爺ちゃんは大丈夫でしょ」「……うん。そんな気がする」ルナも真顔で頷いた。「でしょ?逆に軍隊が可哀想まであるよ」「あははっ!なんかわかる」二人でケラケラ笑う。その後ろで健二郎が半泣きだった。「仲良いのはもうわかったから!!」湊の背中を押す。「早く外行こうよ!!銃声もゾンビも俺は怖ぇって!!」「あはは!けんちゃんビビりすぎ〜」「俺がこんな思いしてんのは誰のせいだと思ってんだ!!」そして三人は裏口へ辿り着いた。


 ギィ……そっと扉を開ける。そこには、、豪鉄たちがいた。だが様子がおかしい。湊に気付いたサヤカがものすごい勢いで手を振る。両手でバツ。そのあと全力で後ろを指差す。“喋るな!!戻れ!!”そんな必死のジェスチャーだった。湊がルナを降ろす。三人でじっと見る。すると豪鉄も気づいた。すごい勢いで手を振る。“戻れ!!戻れ!!”大野も加わる。戻れ!!チビまで前足で必死に地面をカリカリしている。戻れ!!その必死さに湊が吹き出した。「ぷっ!あははっ!」ルナも笑う。「あははっ!何やってんだろあの人たち」湊が肩を揺らす。「ノリノリだね♪ルナちゃん、こっちも踊っとく?」その場で小踊りを始めた。シャッシャッ。「あっ!それなら私も分かるから一緒に踊れるよ☆」ルナが爆笑しながら踊る。「必殺踊り返し!」健二郎が頭を抱えた。


「馬鹿か!!“雨になって何分か後に行ってる”場合かよっ!!」小声で怒鳴る。「違う!!戻れの合図だろ!!」二人が止まる。「「え?」」健二郎が湊の肩を掴む。「“え?”じゃねぇよ!あれ、あんたを捕まえに来た軍隊だぞ!!」湊がぽかんとする。「えっ?」銃声のする方を見る。軍服の集団。いかついジープ。武器。そして大量のゾンビの死体。

「……あんな大勢で?」指差す。「俺のことを?」笑う。「あははっ!ないない」健二郎が叫ぶ。「あるんだって!!」湊が首を傾げる。「だって俺、ゾンビから見えないだけだよ?」「それが異常なんだって!!」健二郎がルナを見る。「ルナ!あんたからも言ってくれ!」その瞬間だった。ガシッ。ルナが健二郎の髪を掴んだ。「いっだ!?えっ?なにっ?」ルナの目が笑っていない。

「だからさぁ……」低い声。「呼び捨てすんなって言ったよね?」ぐいっと引っ張る。「しかも今回は湊の前で…湊そういうとこ…デリケートなんだよ」健二郎の顔が青ざめる。「いや違っ……!」ルナがちらっと湊を見る。湊の顔が明らかに曇っていた。

「……しちゃったんだね」ぼそり。「俺がいない間に……」遠い目。「男女が呼び捨てって……そういうことだよね……」乾いた笑い。「あはは……」「違う!!」ルナが即否定。「絶対してない!!」湊の肩を掴む。「大丈夫!!今日の夜すれば分かる!!」胸を張る。「ピッタリ湊サイズだから♡何の心配もない!」健二郎が固まる。「何その証明方法!?」湊がじとっと見る。

「……ほんとに〜?」「ほんと♡」「じゃあ信じる」「よしよし♡いい子だ♡」いちゃいちゃする二人。


 その頃、、少し離れたジープの影。アンナが双眼鏡を覗いていた。ぴたり、と止まる。

「巻島隊長」静かに告げる。「あれです」隊長が湊の方向に振り返る。「ほぉ」口元が歪む。「見つけたか」豪鉄たちは頭を抱えた。「終わった……」大野が呟く。


 隊長が隊員に手を振る。「確保しろ!」数人の隊員が湊たちへ向かう。カチャリ、と銃口が向けられる。「手を上げろっ!!」湊がすぐ手を上げた。「あっ、はい」ルナも手を上げる。「捕まるか〜」健二郎も諦めたように両手を上げる。その頃には、市役所周辺のゾンビたちはほとんど殲滅されていた。

 静かになった戦場に、次の空気が流れ始めていた。


◇◇◇


 市役所前の広場に湊たちは一か所に集められ、ぐるりと隊員たちに囲まれていた。銃口がずらりと並ぶ。逃げ道はない。隊長、巻島が腕を組みながら全員を睨み回す。「さて」低い声が響く。「誰が“見えない男”だ?」その隣でアンナも冷たい目で一人ずつ見ていく。湊が手を挙げようとした、その瞬間。「俺だ!!」健二郎が前に出た。全員が振り向く。「俺が見えない男だ!!」湊が目を見開く。「けんちゃん!?」巻島が眉をひそめる。「アンナ。こいつで間違いないか?」アンナがため息を吐いた。

「見た目で分かれば苦労しません」冷たい目で隊長を見る。「だから脳筋巻島って言われるんですよ」一瞬静寂。次の瞬間、隊員たちが吹き出した。

「ぶはっ」「言われてる!」「隊長また言われてる!」巻島が真っ赤になる。「うるせぇ!!黙らんと地獄の特訓行きだぞっ!!」怒鳴る。「じゃあどうするんだよ!!」アンナが静かに指を鳴らす。「さっき捕まえたゾンビを一体連れて来て」隊員たちが首輪付きのゾンビを連れてくる。ガチャガチャと鎖を鳴らしながら暴れていた。それを見た瞬間、湊の顔色が変わった。アンナが笑う。「簡単な事です」その顔は優しく、狂っていた。「噛まれない者が、“見えない男”です」その場の空気が凍る。健二郎が青ざめる。

「……え?」アンナがにっこり微笑む。「では、先ほど名乗り出たあなたから」健二郎が震える。「いやちょっ」その時、湊が手を挙げた。「あー、はい」前に出る。「俺です」ルナの顔が曇る。「ちょ、湊……」「見えない男は俺」ゆっくり歩き出す。ゾンビへ近づく。そのまま肩を組んだ。まるで親友みたいに。ゾンビは噛もうとするが噛めない。アンナの目が見開く。巻島も固まる。隊員たちもざわついた。


 湊が明るく笑う。「あははっ!ほらね?全然平気〜……親友だから…」その顔の奥に、覚悟があった。湊がぽつりと言う。「自衛隊さん…俺、抵抗しないから」ルナを見る、豪鉄を見る、サヤカを見る、健二郎を見る。全員見る。「みんなと……“親友”のこと、逃がしてよ」アンナが近づく。白衣と大きな胸が揺れる。湊の目の前まで来る。湊は暴れるゾンビを押さえ込む。アンナが柔らかい声で囁く。「安心して、悪いようにはしない。研究に付き合ってくれれば、貴方の望みは聞く」微笑んで一拍。その笑みが歪む。そして冷たい目に変わる。「でも、、知っている者は“消さなきゃいけないの”」全員ゾッとする。「ごめんね」


 その瞬間、巻島が手を挙げた。「全員、、」だが、湊がそれより先にため息を吐く。「はぁ……」肩を回す。「これで俺もダークサイド落ちかよ」次の瞬間、湊がゾンビを持ち上げた。「“釣りゾンビ”!!」アンナにぶん投げる。「噛んじゃいなさい!!」「えっ、、!?」ガブッ!!「ぎゃああああああ!!」アンナが絶叫する。巻島が怒鳴る。「撃てぇぇぇぇ!!」「撃てません!今撃ったら仲間にも当たります!」撃てない。味方が近すぎる。その隙だった。豪鉄が巻島に突っ込む。ガシッ。また股間。「あぁっん!?」豪鉄が笑う。「怖がっとるのか?」ぎゅううううううっ!!「さっきより小さいのぉ」巻島が泡を吹いた。「ぶくぶくぶく……」「隊長ぉぉぉ!?」


 大混乱、大野が全力疾走。「軽トラァァァ!!」藤堂親子は物陰へ避難。サヤカとチビが隊員へ突っ込む。ドゴッ!!バキッ!!ワォォォォン!!「邪魔ぁぁぁ!!」その時。ルナが一直線に湊へ走った。ぎゅっ。思い切り抱きつく。「バカ!!」泣きそうな声。「ばか!!馬鹿!!」胸を叩く。「みんなのために、“私を置いてこうとした”でしょ!!」湊が抱き返す。「みんなのため?」少し笑い、優しい顔でルナの目を見る。「違うよ、ルナちゃんのためだよ」周りを見る。豪鉄。サヤカ。チビ。健二郎。大野。藤堂親子。「ルナちゃん、今は一人じゃないだろ?」小さく笑う。「だから俺一人で済むなら、それでいいかなって」


 ルナが涙目で首を振る。「ダメ!!その考え絶対ダメ!!」強く抱きつく。「もう湊なしとか無理なんだって!!もう二度とさっきみたいなことしないで!!」指を突きつける。「約束だからね!!」湊が苦笑いする。「もし、、破ったら?」ルナがにやっと笑う。「二時間……なめなめの刑に処す♡」湊が目を見開く。「えっ、それご褒美じゃない?」「バカ♡ご褒美と感じるのはあんただけでしょ!あと、あんたさっきの白衣の女の胸ガン見したでしょ?絶対許さない!」「えぇぇ、み、見てないよ!でも疑われてるなら、、二時間舐めるから許して♡」「……なら、許してもいいけど…♡」「いいんかいっ!!」


 その時だった。ブロロロロロ!!軽トラが横付けされる。大野が叫ぶ。「早く乗れぇぇぇ!!」荷台の豪鉄が片手を伸ばす。「来い!!」サヤカも手を伸ばす。「早く掴まってください!!」豪鉄が湊とルナを掴む。サヤカが健二郎を引っ張り上げる。そのまま荷台へ全員飛び乗る。ブロロロロロロッ!!軽トラが急発進した。背後からジープが追う準備をしている。巻島が泡を吹きながら叫ぶ。「追えぇぇぇぇぇ!!」アンナは釣りゾンビに噛まれ痙攣してる。その目はもう血走り始めていた。


 湊がルナに寄りかかり空を見上げる。そして息を吐く。「あはは……まだ終わんないのね……」苦笑いする。軽トラは夜になろうとしている道を、全速力で駆け抜けた。



            続

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