第33話 【俺の知らない所で推しが呼び捨てにされて命救われてた話し】
市役所二階へ続く薄暗い通路を、湊たちは足音を殺しながら進んでいた。先頭を走るピエロの一人が、小声で振り返る。「悪いな……遠回りさせて…」鉄パイプを肩に担ぎながら顎で先を示す。「こっちの階段はバリケード組んで、ゾンビが登れないようにしてる」湊が目を丸くする。「へぇ……ちゃんと考えてたんだ」ルナが横でぽつり。「ピエロメイクのくせに」「その言い方やめろ!顔バレして追われないようにだよ!」即ツッコミだった。
バリケードの狭い廊下を抜ける。不思議なくらいゾンビと出くわさない。ルナが首を傾げた。「ねぇ、なんでゾンビ全然いないの?」先頭の男が答える。「所々こうやってバリケードで区切ってる。突破されてなければ、ここまでは安全なはずだ」湊が感心したように呟く。「すごいなぁ……俺、そういう発想なかったわ」「いや、あんたは一人で百体誘導する方が意味分かんねぇよ」「えっ、なんでルナちゃん知ってんの?」「薄目で見てたよ」「なんか恥ずっ」そんなやり取りをしながら階段を上がる。
だが、階段を登った曲がり角で、先頭の足が止まった。「……あ」先頭のピエロが息を呑み、小さく呟く。「……悪りぃ……間に合わなかった……」その先、匿っていた部屋の扉が壊れていた。中から、ぞろぞろと人影が出てくる。高校生、子供、老人。もう全員、血走った目をしていた。それを見たルナの顔が曇る。
「……っ」急いで引き返そうとしたその時、下の階からも聞こえる。「ぁぁぁ……」「うぅぅぅ……」下からもゾンビが登ってきていた。挟まれた。上も下も、死。ピエロの一人が震える。「くそっ……!」湊が折り畳んであるポンチョに手をかける。だがルナがその腕を掴んだ。「湊、まだ早い」真っ直ぐ見る。「二人だけで逃げるなら簡単」デンスパを握り直す。「でも、このピエロたちも逃がす」口元を上げる。「私も少しなら戦える」湊が一瞬だけ迷う。そして頷いた。「……分かった」その目は真剣だった。「絶対怪我しないでね」そして湊がピエロたちを見る。「少しルナちゃん頼む」指を突きつける。「もし怪我させたり、エッチなことしたら、、ゾンビ大量に連れてお前ん家行くからな!」その発言にピエロ全員が顔をしかめた。「あははっ!何で脅し方が悪役なんだよ!!」ルナが笑いながら即ツッコむ。
湊が防犯ブザーを取り出す。「じゃ、行ってくる!」次の瞬間。ピィィィィィィィィッ!!耳を裂く警報音。二階中のゾンビが一斉に反応した。「ぁぁぁぁぁ!!」湊が逆方向へ走り出す。ゾンビたちが雪崩のように追う。「ほらっ!こっちこっちー!!」「囮うますぎるだろあいつ!」その隙にピエロたちが下から来るゾンビを押し返す。鉄パイプが唸る。ゴッ!!
バキッ!!「おいっ!左っ!上がらせんな!!」「ルナちゃん守れ!!」ルナもデンスパを振るう。「あははっ!お構いなく〜!」
◇◇◇
その頃の湊は、、走る、走る、走る。後ろには大群。曲がる。飛ぶ。滑る。そして、、行き止まり。
「うわ、終わった…」湊が息を切らす。その時、目の端に映る。非常口。緑色の看板。湊の口元が上がる。
「あははっ!……勝ったな」ガチャリ。非常扉を開く。そこは二階外通路。湊は防犯ブザーを全力で外へ投げた。ピィィィィィィィィッ音に釣られたゾンビたちが、そのまま雪崩れ込む。ドドドドドドッ!!足を踏み外し、次々と下へ落ちていく。「あぁぁぁぁぁ!!」「ぅぅぅぅぅ!!」下の地面へ積み重なる。上からそれを見下ろしながら、湊がぽつり。「……乱暴にしてごめん」少し考える。「この苦情は市民課でお願いします」もちろん誰も返事しない。湊は踵を返した。「やばっ!浸ってる場合じゃないっ!」顔色が変わる。「ルナちゃん!!待っててぇぇぇ!!」全力で走り出す。
◇◇◇
湊が非常口からゾンビを雪崩のように落としていた頃、、二階廊下。ルナとピエロたちは、階段を這い上がってくるゾンビにじりじりと追い詰められていた。
「くそっ!数が多すぎる!」鉄パイプを振るう。ゴッ!!一体倒しても、また一体。終わりが見えない。「ルナ!こっちだ!」リーダー格の男が叫ぶ。ルナがぴくっと眉を上げた。「はぁ?おま、今、なんつった?」走りながら振り返る。「呼び捨てすんなし」「えっ?こわっ」「あのなぁ、湊だって“ルナちゃん”って呼ぶんだぞ」「いや、今そこ!?」「そもそもお前、初対面だし」「ごめんって!!」男が必死に手招きする。「いいから早く!!怪我させたら見えない君がゾンビ連れて家来るんだろ!?」ルナが頷く。「それは確実に来る」「怖ぇな彼氏!!」そんなズレた会話をしながら、一行はゾンビの少ない廊下へ走った。ピエロたちは自然とルナを囲むように走る。守るように。その時だった。横の会議室の扉が吹き飛んだ。
バァン!!「ぁぁぁぁ!!」横からゾンビが飛び出す。「危ねぇ!!」咄嗟に二人のピエロが前へ出た。ドンッ!!体で押さえ込む。「賢治!!友保!!」リーダーが叫ぶ。ゾンビと取っ組み合う二人。床を滑りながら必死に押し返す。賢治が振り返った。「早く行けっ!!ここは俺と友保でどうにかする!!」「でも……!」リーダーの声が震える。その時、ルナは見た。賢治の頬に深い裂傷。友保の腕に食い込む爪。血が流れていた。もう、長くない。二人も分かっていた。それでも二人は笑っていた。賢治が叫ぶ。「なぁ!!」歯を食いしばりながら笑う。「もし、また遊べたら……みんなでラウワン行こうな!!」友保も笑った。「守ってやったんだからよ!!、、焼肉奢れよな!!」二人同時に怒鳴る。「「早く行けって!!!」」ルナたちは走り出した。振り返れなかった。背中越しに聞こえる、ゾンビの唸り声。肉を裂く音。その中に混じる、小さな叫び声。きっと心配させないように、二人は最後まで笑っていた。リーダーの目から涙が零れる。
「くそっ……」走る。「くそっ!!」涙を拭う。「なんでこんな世界になっちまったんだよ!!」隣の男も泣いていた。「またみんなで遊び行きてぇよ……!!」ルナは何も言えなかった。ただ胸の奥で祈る。(湊……早く戻って……みんな死んじゃうよ……)
その時だった、、横からまたゾンビ。二人のピエロが振り返る。「またかよっ!先行け!!」「ここは俺らが止める!!」「待っ、、」その言葉は届かなかった。二人は自分から飛び込んだ。ゾンビの群れに。押し潰されるように消える。残ったのは、ルナとリーダーだけだった。走って逃げる、静かな廊下、遠くの呻き声、リーダーは膝をついた。肩を震わせる。ルナが隣に座った。「……ごめん」男が顔を上げる。ルナは目を伏せた。「私たちのこと構わなければ……逃げられたのに」男が笑った。乾いた笑いだった。「謝る必要ねぇよ……」壁に頭を預ける。「逃げても意味ねぇ」小さく呟く。「どうせ、水もねぇ。飯もねぇ」息を吐く。「もう死ぬしかないんだよ」目が死んでいた。「俺はもうここにいる…」俯く。「勝手に逃げてくれよ」ルナは少し笑った。「……あはは」男が見る。ルナが立ち上がる。デンスパを肩に担ぐ。「あんた置いて逃げるとか私の性格上無理だなぁ」にやっと笑う。「もし生きて出られたら、私の飯食わせてやるよ」男が眉をひそめる。
「飯……?」「うん!湊大好き板前ルナちゃん!」指を立てる。「飲み物も好きなだけ飲ませる」笑う。「湊が焼きもち焼いてゾンビ連れて来るかもだけど…あははっ!」男が顔をしかめる。「そんな嘘みたいな話で勇気出るかよ……!」叫ぶ。「みんな死んだんだぞ!!もう嫌だ!!」ルナが真っ直ぐ見る。「うん…嫌だよね…」優しく頷く。「普通なら嘘みたいな話だよ…でもさ…」口元が上がる。「私にはあいつがいる」男が顔を上げる。「私のことが好きで好きでたまらない、見えないキモいやつがね☆」「あはは、キモいのかよ」
その時だった、、遠くから声が響いた。
「ルナちゃぁぁぁぁぁん!!どこぉぉぉぉぉ!!」二人が止まる。「……ほら来た」ルナが笑う。
「どけぇっ!!」ドゴッ!!「あっ!?いきなり殴ってごめんなさい。ルナちゃん見ましたか!?って噛もうとんなっ!このハゲぇぇぇ!!」バキッ!!「ルナちゃぁぁぁぁん!!迎えに来たよぉぉぉぉ!!」ルナが吹き出した。「ね?」笑いながら男を見る。「キモいだろ?」男も笑った。涙混じりに。「あはは……」ゆっくり立ち上がる。「ルナの彼氏、無敵かよ……」ルナが即座に睨む。「だから、呼び捨てすんな!○すぞ!」デンスパを肩に乗せる。「私に○されなくても湊にゾンビ押し付けられるぞ」「…ご、ごめん……ルナさん」ルナが満足げに頷く。「よろしい☆よくできました」デンスパを構える。「じゃ、逃げる準備しますか!」
その瞬間、角の向こうから、汗だくで鼻息荒い湊が視界に飛び込んできた。「ルナちゃぁぁぁぁぁん!!!」薄暗い廊下の奥から、足音が響いた。バタバタバタッ!!「ルナちゃぁぁぁぁん!!どこぉぉぉ!!あっ!みつけたぁぁぁぁ!!」叫びながら走ってくる湊。よく見れば髪は乱れ、息は荒い。服もところどころ破れている。それでも、一直線だった。脇目も振らず、ただルナだけを見て走ってくる。ルナは思わず笑った。「……ほんと、バカ♡」両手を広げる。「ほらっ!おいで♡」次の瞬間。ブニュン。湊がその胸元へ飛び込んだ。顔をぶるんぶるん振る。そのたびに胸元がぷるんぷるん揺れる。「うぉぉぉぉん!!ルナちゃぁぁん!!」「よ〜しよし♡ おかえり」頭を撫でる。「こらこら、ノーブラだから優しくね♡あんまり激しくすると吸い込まれて帰って来れなくなっちゃうぞ〜♡」「むっふっううぅぅ!!やわらけぇぇぇぇぇ!!」顔を埋めたまま泣く。「でも無事でよかったよぉぉぉ……!心配で心配で……!」ルナの表情が少し柔らかくなる。「うん…大丈夫だったよ……」ちらっと隣を見る。「ピエロさんたちのおかげでね」湊が顔を上げる。そこにいたピエロの男を見る。汗と涙でメイクが落ちていた。白塗りの下から整った顔立ちが見えている。「……うわっ、超イケメン…」湊が引いた。ルナもまじまじと覗く。「あっ、ほんとだ……気付かなかった…」ピエロの男は少し戸惑いの表情を浮かべる。湊がルナを見る。「……こういう顔好き?」「……湊の顔のほうが好きよ♡」「ほんと?」「ほんと♡」即答だった。湊の顔が一瞬でデレる。だが次の瞬間、その視線が人数を数えた。「……あれ?」五人いたはずだ。今いるのは、一人だけ。空気が変わった。ルナが静かに目を伏せる。湊は察した。何があったか、聞かなくても分かった。そして真っ直ぐピエロの男を見る。「……ルナちゃん守ってくれてありがとう」その目は真剣だった。「絶対、逃がすから」男が少し目を見開く。「……あの」震える指で後ろを指差した。「後ろ」湊が振り返る。
「ぁぁぁぁ……」「ぅぅぅぅ……」大量のゾンビが湊を追いかけて廊下を埋め尽くしていた。「わぁおっ」湊が目を丸くする。「めっちゃ集まってる」一呼吸置いて笑う。「……まぁ、集めたの俺なんだけど」「「おい!!」」二人の即ツッコミ。すると湊はルナを抱き上げた。ポンチョを被る。ルナが中でぎゅっとしがみつく。「あっ、そうだ?ピエロさん、名前は?」「え?」男が戸惑う。「健二郎だけど……何で今さら?」「いや、ピエロメイク取れたから、あはは」湊が笑う。「ピエロさんって呼ぶの悪いかなって」少しだけ真顔になる。「俺は湊、彼女がルナ。よろしくね」ポンチョの中から声。「あっ」「ん?」「今、呼び捨てした……」「えっ?嫌だった?」「ううん♡ キュンとした」健二郎が頭を抱えた。「なぁ、頼むからもう逃げようよ!!俺のメンタルもたねぇよ!!」「あははっ!」湊がポケットから二つ、防犯ブザーを取り出す。「じゃあ、逃げますか!危ないから俺の後ろに隠れててね!」そしてピンを抜く。
ピィィィィィィィィィッ!!同時に鳴り響く爆音。それを手前の部屋へ放り込んだ。ガランッ!!ゾンビたちが一斉に反応する。雪崩のように部屋へ吸い込まれていく。「ぁぁぁぁ!!」「ぅぅぅぅ!!」目の前の道が開いた。湊が振り返る。「さてと…帰りましょ☆」にやっと笑い歩き出す。健二郎が慌てて続く。
「あっ、けんちゃん」「え?けんちゃん?」「危ないと思ったらポンチョ被って俺の背中にくっ付いて」「……それ大丈夫なの?」「たぶん」「たぶんかよ!!」
◇◇◇
その頃市役所の外では、、豪鉄たちは一か所に集められ、地面に座らされていた。大和が拳銃を向けている。その視線は何度も腕時計へ向かっていた。焦っている。明らかだった。その時、市役所の中から大きな物音が響く。ガンッ!!大和の意識が一瞬だけ逸れた。その一瞬の隙。サヤカが動いた。「今っ!!」回し蹴り。ドガッ!!拳銃を持つ腕を蹴り上げる。
だが、、大和は離さない。「躾のなってない子供だ!!」パンッ!!パンッ!!二発の銃声。サヤカの目が見開く。その前に、豪鉄がいた。ドスッ!!左腕。肩。血が飛ぶ。「お爺ちゃん!!」豪鉄は顔をしかめた。「大丈夫か?当たってないか?……やっぱ拳銃は痛いのぉ」だが笑った。「でも」大和の腕をガシッと掴む。「捕まえたぞ」「なっ!?」そのまま引き寄せる。ズガァァァン!!地面へ叩きつけた。すかさずサヤカの正拳突きが入る。ドゴッ!!チビが後ろ足で顔に砂をぶちまける。大野も木の棒で殴る。「うおぉぉぉ!!便乗だぁぁぁ!!」藤堂は子供の目を塞いだ。「ひまり…見ちゃダメだよ」「うん」子供が頷く。「でもお父さん、お薬用意しないとね」「……え?」「きっとあの人怪我しちゃう」無邪気だった。
そのあと大和は縛り上げられた。その時、ブロロロロロ……遠くから低いエンジン音が響く。周りからはゾンビの呻き声が近づいて来る。そして全員が顔を上げる。豪鉄が肩を止血しながら笑った。「……来たか」豪鉄達に新しい敵とゾンビが近づいていた。
続




