第32話 【ルナはかわE越してかわFやんけ、ゾンビ溢れて止まらないやんけ】
市役所の外。太陽が完全に昇った中、その場だけ空気が張り詰めていた。サヤカが拳を構える。その隣でチビが低く唸りながら前傾姿勢を取る。対峙するのは大和。その後ろでは、豪鉄が膝を突いていた。スタンガンの痺れがまだ残っているのか、片膝をついたまま首を回している。大和が豪鉄を見て息を整えながら笑う。
「驚きましたよ……」手に持つスタンガンを見つめる。「MAXパワーなら象でも白目剥いて倒れるんですがね……」豪鉄がゆっくり顔を上げる。「グハハハハッ!悲しいのぉ…儂が“たかが象”と同じ評価とはな」首を回しながらそのまま立ち上がる。大和の顔色が変わる。「なっ……!」軽トラの影から大野が顔を出した。「そのセリフ、ウボォー○ン以外で使うやつ初めて見たよ!!」豪鉄が首を傾げる。「んっ?誰じゃそいつは?」「知らないのかよ!知らないでその言葉出るかよっ!」この状況でいつもの調子だった。
サヤカが一歩前に出る。「お爺ちゃん、休んでて。私がやるっ!」拳を握る。チビも「グルル……」と牙を見せる。だが豪鉄が手を上げて制した。「まぁ待て」大和を見る。「こんな世界じゃ…せめて話くらい聞いてやろう」一歩歩みを進め、そして目を細める。
「狙いは湊か?」低い声。「何故こんな真似をする?」大和は少し黙った。そして首を傾げる。「……逆に聞きますけど、、あんたら、本気で何も思わないんですか?」目が据わっていた。「あいつは見えない」声が荒くなっていく。「あいつはゾンビに見えないんですよ!?」拳を震わせる。「こんな終わった世界で!」叫ぶ。「あいつだけが、特別なんだ!!」サヤカが眉をひそめる。大和は続ける。「だから報告したんですよ!上にね…」笑った。「あはは、そしたらすぐ来るって言いましたよ」口元が歪む。「あいつは捕まる」目が狂気に染まる。「研究され、調べられる。あはは……世界を変える鍵になるんだ」豪鉄はしばらく黙っていた。そして鼻を鳴らした。
「ふーん」首をコキコキ鳴らす。「まぁ…そんなとこじゃろうとは思っとった」笑う。大和が眉をひそめる。「何?」豪鉄が肩をグルグル回す。「ありがとう」「……は?」「お前さんのおかげで肩こりが取れたわ…感謝する。でも…殴られる準備は出来たかい?」ニヤリと笑い、骨をゴキゴキッと鳴らす。大和の顔が引きつる。
次の瞬間。スッ。腰元の拳銃が豪鉄に向けられた。「……馬鹿か」冷たい声。「ゾンビを子供扱いするあんたとまともにやり合うわけないでしょう」そのまま銃口をサヤカ、大野、藤堂へ向ける。「応援隊が来るまで、そこで大人しくしていろ」静かに言う。豪鉄が周囲を見る。サヤカ。チビ。大野。藤堂親子。全員が射線の中だった。豪鉄は静かに両手を上げた。
「……分かった」ゆっくり膝を突く。その目だけは鋭いまま。「そんな思い詰めた顔するな」ぽつりと言う。大和は拳銃を構えたまま息を吐く。「そうだ……」少し震えていた。「そのまま大人しくしていてくれ」目を伏せる。「貴方達市民に危害を加えるつもりはないんだ……」だがその言葉は、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
◇◇◇
場面は変わり、、市役所の一室。しん、と静まり返った空間の中。すっかり一勝負終えた二人は、床に寝転がっていた。湊はルナの胸に埋もれ、ぐったりと肩で息をするルナを時折見つめる。頬は赤く、目元は少し潤んでいて、どこか気だるそうだった。その姿を見て、湊がぽつりと漏らす。
「……ほんとルナちゃん、その顔……かわE超えて、かわFだよねぇ♡」ルナがじとっと睨む。「あんま見んなっ! てか何だよ、かわFって。ヤバTかよっ!」湊がぱっと顔を上げる。「えっ!? ルナちゃんもヤバイTシャツ屋さん好きなの!?」「そんな食いつくなっ!たまに聞くぐらいだよ!」即答だった。
「それより!」ルナが湊のおでこに指を突きつける。「どうやってここから出んの!?部屋の外ゾンビだらけだろ!」湊が真顔で言う。「それは…ルナちゃんが大きい声出すから……」「おまっ!」ルナの顔が真っ赤になる。「お前が気持ちいい所ぐりぐりするからだろっ!!」「いやいや、俺はそんな…」「した!!めっちゃぐりぐりした!」「いや、途中から自分で当てて来たような、結構ノリノリだったじゃん!」「なにぃっ!?」ぽかぽかと頭を叩く。「私のせいにするなっ! このっ、このっ!」「痛い痛い、やめて〜」湊は笑いながらそれを受け止めた。その勢いのまま、軽く額を合わせる。ちゅっ、と小さく唇が触れる。ほんの一瞬。だけど、それだけで二人の空気が少し柔らかくなる。
そして湊が立ち上がった。「さてと!」服を着ながら笑う。「スッキリしたところで、サクッと脱出しますか」するとルナが両手を広げた。「抱っこ♡抱っこして〜♡」「え?」「もう戦えない♡」「何その急な甘えん坊デバフ」「さっきの湊の攻撃でルナは完全に雌にされました♡」「ふっぁっぁ!言い方!!」湊は笑いながらルナを抱き上げる。
「……俺の推し、かわZかよ」「おっ?ランク上がってるじゃん♡かわEの最高ランクもらっちった☆」ポンチョを被り、お尻をちゃんと固定する。その中でもぞもぞ動くルナ。湊が嫌な予感で呟いた。「なぜ上着をまくる?……もう一回する時間ないよ?」ルナがぽそっと答える。「うん……知ってるよ…見てるだけ♡」「見てるだけなんかいっ!」小声でツッコミを入れる。
そして扉をそっと開けた。ギィ……廊下。そこには、びっしりとゾンビが埋め尽くしていた。
「ぁぁぁ……」「うぅぅぅ……」ぎっしり。まるで壁だった。湊が息を呑む。「……ルナちゃん、静かにね……」ルナがこくっと頷く。湊は慎重に足を進める。一歩。二歩。三歩。その時だった、、
「んっ!?」湊の肩が跳ねる。「ちょっ……今どこ触った!?」ポンチョの中から、くすっと笑い声。「だってさぁ……」ルナがポンチョの中で囁く。「湊のここ、ぷっくりしてて……かわE超えてかわFなんだもん♡」「この状況でまさかのヤバT返し!?」思わず声が漏れる。ぴくっ、とゾンビたちの首が一斉に動く。
「やばっ」ざわざわと群れが湊の声に反応し始める。湊は慌ててその隙間を縫って走る。「ルナちゃん、逃げ切るまで絶対もう触っちゃダメだよ!」「はーい♡」一拍置いて。「はむっ♡ちゅぅぅぅっっ!!」「んんんっ!?!?」湊の変な声が響く。ゾンビたちが一斉に反応した。「ぁぁぁぁぁ!!」「うわぁぁぁ!!」湊走る。声を追うゾンビ。ポンチョの中でニヤニヤしながら吸うルナ。「ルナちゃんダメだって!まじで噛まれるってぇぇぇぇ!!」「あははっ!はむっはむっ♡ちゅっちゅっ♡」「そこ、甘噛みちゅっちゅっしちゃダメぇぇぇ!」静寂の市役所に、今日一番くだらない悲鳴が響いた。
◇◇◇
市役所内、ゾンビの呻き声が遠く響く薄暗い一室。
ピエロ姿の五人組は、扉に背を預けながら息を整えていた。「……もう放っといて逃げようぜ」一人が鉄パイプを床に投げた。「俺たちには関係ないだろ。見えない君の隣の女も見ただろ? 釘バットから血垂れてたぞ。ほっといたってあれ絶対、自力で逃げられるって」「そーだけどさ!」別の男が食ってかかる。「あんな話聞いたら放っとけねぇだろ! 飯も水も、あの“見えない君”が運んでくれたんだろ!?」「それはそうだけどよ……」顔を伏せる。
「でも、あいつら捕まえに来るんだろ……?」その一言でその場の空気が重くなる。ひとりがぽつりと言った。「無線で聞いた。“確保して研究する”って」「あぁ……」別の男も続ける。「しかもそれを知ってる奴もまとめて捕まえるってよ。見えない君の存在ごと、“なかったこと”にするって……」沈黙。その沈黙を破るように、一人が壁を殴った。ドンッ!!「くそっ!!」拳を震わせる。「なんでゾンビ以外のことで悩まなきゃいけねぇんだよ!!」「怒んなって、結局ここにいても何も変わんねぇ」先頭の男が吐き捨てる。「あの“自衛隊野郎”がゾンビなんか入れなきゃ……時間かけりゃ、みんな無事に逃げられたんだよ……」
その時だった。外から、、ガヤガヤガヤッ!!「ぁぁぁぁ!!」「ぅぅぅぅ!!」ゾンビが騒ぎ始める音。「ん?騒いでんな…」一人が扉に耳を当てた。パタパタパタッ。何かが走り抜ける足音。「……見えない君だ!!」全員が顔を上げた。「手分けして追うぞ!!」
◇◇◇
その頃、「はぁっ……はぁっ……」湊はポンチョを被ったまま廊下を小走っていた。その中ではルナがすやすや寝ている。「……なんでこの状況で寝れるかなぁ……」呆れながらも小走る。すると前方から、、「おいっ!! 止まれ!!」ピエロ五人組。「話を聞いてくれ!!」「うわっ!?」湊が急ブレーキして方向転換。「しつこいって!!」だが後ろにもゾンビ。横にもゾンビ。逃げ道が塞がれる。「あぁ……詰んだ」湊が乾いた笑いを漏らした。ピエロたちがゆっくり近づく。湊はポンチョの中のルナを抱え直す。
「あの〜……」苦笑いする。「ルナちゃんだけ逃がしてもらえません?」「は?」「俺、たぶん殴られると思うんで……あんまりそういうの見せたくなくて……あとその後、ルナちゃんにも酷い事すると思うから…俺…耐えられないから…」ピエロたちが顔を見合わせる。「……は?」全員同時だった。その直後、「バカか!!」先頭の男が湊の腕を掴んだ。「何もしねぇよ!いいからこっち来い!!」「えっ!?えっ!?」そのまま少し離れた空き部屋へ飛び込む。バタン!!扉を閉める。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……」湊が壁に寄りかかる。「えっと……何?」ピエロが顔近づけて言う。「時間ねぇから簡単に言う」真顔だった。「あんた、今、自衛隊に国に狙われてる」「……え?」「見えない体質が報告された」「……え?」「捕まえて研究するらしい」「……え?」「知ってる奴もまとめて消すらしい」「何……俺って、お尋ね者ってこと?」「そうだよ!!」湊が頭を抱える。「えぇぇぇぇ……」「だから俺たちが逃がす」「……え?敵じゃないの?」「敵じゃねぇよ!味方だよ」沈黙。湊が首を傾げる。
「え? でも君たち、市役所をゾンビだらけにしたんじゃ……」「「「はぁ!違ぇよ!!」」」全員ツッコミ。「ここをゾンビだらけにしたのはあの自衛隊野郎だよ!!」「えっ!?」その瞬間、ポンチョの中からぴょこっと顔が出た。「湊!サヤカちゃんたち危ないっ!」湊が飛び上がる。「いやっ!!起きてたんかい!!」「うん」ルナが伸びて欠伸をする。「う〜ん…いや人肌で抱っこされて揺れてたら気持ちよくなって寝ちゃった…あと、歩くのめんどかったから寝てた。ごめん」「いや、絶対的信頼感!ルナちゃんどっからその余裕出てくんだよ!!」この二人の会話をピエロたちがぽかんとして聞いていた。
「そんで、……この人たち結局何なの?敵?味方?」「さぁ?話し聞いたら俺もよく分かんなくなってきた。でも助けてくれるみたいだよ」湊がルナに真顔で答える。ルナがデンスパを肩に担ぐ。「じゃ、行こっか☆豪鉄さんたち助けに。ピエロさん達も一緒にね」にやっと笑う。「ついでに、途中生きてる人も助ける」湊も頷く。「生存者救出しながら脱出して、大和ぶっ飛ばして、追ってくる自衛隊から逃げる。これでOKかな、湊?」「ダメ!足りない。家に帰ってイチャイチャするまでがプラン♡」「あははっ!そうだね♡私もまだ不完全燃焼だから!」「えっ?あんなにトロトロだったのに!?」「おいっ!人前で言うな!」「「あははっ!」」一拍。ルナが真顔で言った。「……やること多くてだるっ!早く家帰りたい…」「あははっ!ほんとそれ!早く風呂入ってベッド潜りたい」湊が笑う。ピエロ達はそんな二人を見て苦笑い。「帰れる前提かよ……。なぁ、途中寄って欲しい所がある。子供や年寄りを部屋に閉じ込めてある。もちろん安全のために…」湊が「オッケー!道案内よろしく」
そして、、ギィッ。扉が開く。ゾンビの呻き声がまた流れ込む。次の戦場へ向けて、一行は走り出した。
続




