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第31話 【市役所にピエロがいたのでゾンビより先にSAN値が削られました】


 市役所前。朝日が昇り切った空の下、その建物だけがまるで夜を引きずっていた。即席バリケードは半壊。木材は折れ、机はひっくり返り、血が乾いて黒くこびりついている。その上をよじ登る様にぞろぞろとゾンビが這い回っていた。窓ガラスは割れ、奥から悲鳴とも笑い声ともつかない音が漏れてくる。


「……荒れてんなぁ」湊がぼそっと呟いた。ポケットからタバコを取り出し、火をつける。カチッ。ジリッ。ふぅぅぅぅ……。白い煙が朝日に溶けた。その横からルナが手を出す。「一本ちょうだい」湊が目を丸くする。「あれ?ルナちゃんメンソール吸わないじゃん」「私の切らしちゃって」「はい。どうぞ」一本差し出す。ルナが受け取って火をつける。すぅぅ……。次の瞬間。「うわっ、やっぱスースーするっ!」「だから言ったじゃん」「これ歯磨き粉燃やしてるだけじゃん!」「それメンソール全否定なんだけど?」「あんた、よくこんなの吸えるね」「逆に普通のタバコ吸ったら扁桃腺が腫れる」「扁桃腺はどっちにしろ腫れるだろ」横で豪鉄が腕を伸ばした。

「儂にも寄越せ!儂も切らした」「お爺ちゃんメンソール吸うんだ?」「昔からセブンスター一択じゃ!だが…吸いたい」湊が一本渡す。豪鉄が火をつける。思いっきり吸い込んだ。すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!長い。異様に長い。まだ吸ってる。先端が真っ赤。まだ吸ってる。「長っ!!」次の瞬間。ぶはぁぁぁぁぁぁっ!!!白煙が口から爆発した。湊とルナが同時に吹っ飛びかけた。

「うわっ!!」「煙幕かよっ!!」豪鉄は白目で恍惚の表情だった。「……うまい」「死ぬ死ぬ死ぬ!!酸欠になるって!!」


 その少し離れた場所で、サヤカは屈伸していた。ぐーっと脚を伸ばし、肩を回す。その足元でチビを撫でる。「よしよし」「わぉん♪」大野と藤堂がその光景を見ていた。「……なんかさ」大野が呟く。「これだけヤバい状況なのに、やっぱりこの人達見てるとな〜んか余裕に感じちゃうんですよね…」「あはは、その感じ分かりますね…」藤堂が苦笑する。


 湊がタバコを踏み消した。「さて」市役所を見る。「ちょっと一人で様子見てくるかな☆」その時だった。物陰から影が出た。全員が構える。現れたのは、自衛隊服の男だった。顔に泥。腕に血。息が荒い。

「待て……!俺だ!」男が片手を上げる。湊が目を細めた。「……大和さん…、何があったんですか?」男は姿勢を正した。ルナが眉をひそめる。「そうだよ、中は?中の状況は?」大和の顔が曇る。「地獄だ」短く言った。全員が黙る。


「最初は避難民同士で協力して、湊さんが持って来てくれた物資を分け合っていた…」大和が市役所を見る。「あいつらがおかしくなるまでは…」「何があったの?」湊が聞く。大和が低く答えた。「五人の男達が壊した」「男達?」「あぁ」大和は唇を噛んだ。

「顔にピエロのメイクをしてた」「……は?」「突然笑いながら扉を開けてゾンビを中に入れた」空気が凍る。「他の市民を閉じ込めた」「食糧を独占した」「逆らった奴をゾンビの餌にした」藤堂が顔を青くする。「そんな……」大和の拳が震えていた。「あいつらのせいで市役所は崩壊した」沈黙。湊がぽつりと呟いた。「ねぇ、ルナちゃん……」「ん?」「ジョーカーってほんとに居るんだね……俺そっちの方が怖いんだけど……」真顔だった。ルナが即座に突っ込む。「いや、真顔で小ボケかましてる場合かっ!!」

 市役所の奥から、ガンッ!!と何かが叩きつけられる音が響いた。みんなが、まだ中にいる。


 大和の説明を聞いたあと、全員が円を作るように集まった。「大和さん、つまり中にはまだ生きてる人がいるってことだよね」湊が腕を組む。大和が頷く。「あぁ。ピエロに閉じ込められてる連中もいる」豪鉄が鼻を鳴らす。「なら決まりじゃな!」「うん。助ける」湊が即答した。ルナが隣で手を挙げる。「あっ、はい、私も行く〜☆」「却下します」湊即答。「なんでよ!」「危ないから」「湊だけ行かせる方が危ない!あんたのこと見えるやつも敵なのよ」「それでも、却下します」ルナが捲れて腰に手を当てる。「私のデンスパ舐めんな」釘バットを肩に担ぐ。「さっき私、ゾンビ四体黙らせたんですけど…」「可愛い顔してもダメ、あとゾンビの黙らせ方が怖いんだって!」そのやり取りを見てサヤカが苦笑する。「でもルナさん、たぶん行きますよね」「うん。隠れてでも行く♡」即答だった。湊が頭を抱える。「……分かったよ」深いため息。「絶対離れないことね」ルナがにやっと笑う。「はーい♡」大野が顎をさする。「俺たちは?全員で行くか?」湊が振り返る。「大野さんたちは外お願いします」

 市役所脇に停まっている豪鉄の軽トラを見る。「脱出用に使えますよね」豪鉄が頷く。「燃料はある」「じゃあ荷物積んで待機しといてください」藤堂が不安そうに聞く。「中、大丈夫ですか?」湊が笑った。「あはは、大丈夫じゃないけど、何とかする…やばくなったらすぐ逃げる!」ルナが肩を組む。「うちの子、意外としぶといから☆」「なぬっ!意外とは余計!でも…“うちの子”…いい響き♡」豪鉄が腕を組んだ。「はよ!行ってこい」湊が頷く。「こっちは任せました!」


二人は市役所の入口へ向かう。その背中を見ながら、大和が小さく呟いた。「……ちっ…死ぬなよな…」誰にも聞こえないほど小さな声。そして腕時計を見る。豪鉄が耳をぴくっと動かした。「んむ?」振り返る。「なんか言ったか?」大和はすぐ目を逸らした。「……いえ、、何も」豪鉄はにやっと笑った。「そうか」


◇◇◇


 市役所内。扉を開けた瞬間。「……うわぁ」湊が顔をしかめた。床一面が赤黒い散乱した食料。倒れた椅子。壁には引っ掻いた様な爪痕。ルナが鼻をつまむ。「えっ、なんかくっさ!!終末臭すごっ!湊のあそこみたい…」「えっ!?ごめん!俺、こんな臭いしてんの!?」「あははっ!嘘嘘、フルーティーな匂いしてるよ♡」そんな会話の奥ではゾンビが市民を噛んでいた。その横で別の市民がゾンビにしがみついて泣いている。「助けてぇぇぇ!!」「離せぇぇぇぇ!」

「いやいやいや!」湊が指差す。「噛まれてるやつに抱きつくなって!」ルナも同時に叫ぶ。「アホっ!そんなこと言ってる場合か!!」二人でぴたりと止まる。顔を見合わせる。「「いや今ツッコんでる場合じゃない!!」」息の合ったダブルツッコミだった。


 次の瞬間。ゾンビ化した市民が飛びかかる。「うわっ!!」ルナがデンスパを振り回した。ブォン!!ゴッ!!ゾンビの頭が変な方向へ曲がる。「きゃぁぁぁぁ!!」「きゃぁぁぁって、今殴ったのルナちゃんだよ?!」「だって、怖いもん!!」また一体。ブォン!!ゴン!!「きゃぁぁぁぁ!!」「いやいや、悲鳴と攻撃が逆なんだよ!」ルナがわーきゃー言いながら走り回る。「湊!こっち来たぁぁぁ!!」「危ないっ!」湊が飛びつき、抱き抱えようとする。「ルナちゃん!ほら、抱っこするから落ち着いて!」「いやっ!ダメ!」暴れて湊を振り払う。「抱っこは最終手段!」「えぇぇ?なんで!?」ルナが真っ赤になる。

「……昨日お風呂入ってないし、歯磨きしてないから……恥ずかしい……」一瞬、湊の動きが止まる。「ふぁぁぁぁぁっ!!」顔を覆う。「うちの推し、乙女すぎて滅なんですけどぉぉぉぉ!!」「何だよ!その感想!!」そのまま二人で並んで走る。途中で生き残りを見つける。「動ける人は外へ!あっちの道にはゾンビ少ないです!」湊が叫ぶ。ルナがデンスパで道を作る。「は〜い!みんな通ってー!!」「通ってーじゃない!」どんどん奥へ進む。


 そしてしばらく行った階段の所で、カン。カン。カン。鉄が階段を打つ音。二人が止まる。ゆっくりと音のする方向を見上げた。階段の上。そこにいた。顔を白く塗り、口を赤く裂いたピエロメイク。鉄パイプを肩に担ぐ男たち。五人。全員笑っていた。

「……あ」湊の顔が引きつる。「うわぁ……一番嫌いなタイプの人種かも…」心底嫌そうだった。ルナも目を細める。「……うん」腕を組む。「昔、お客で来たら“大きさ自慢”するタイプだわぁ」湊が真顔になる。「え……やきもち焼くからそんなこと言うのやめて。ルナが吹き出す。「ふふっ、可愛いやつだのぉ♡」デンスパを肩に乗せる。


 その瞬間。ピエロたちが一斉に鉄パイプを振り上げた。カン……カン……カン……鉄パイプを引きずる音が階段から響く。白塗りの顔。赤く裂けた口。歪んだ笑み。ピエロたちがゆっくり降りてくる。先頭の男が湊を見た。「んっ?おい……」鉄パイプを肩に乗せる。「お前が噂の“見えない君”か?」湊が眉をひそめた。「……見えない君?」「まっ、いいや…黙って俺たちと来い」「いやぁ……来いと言われましても」湊が困った顔をする。「知らない人にはついて行っちゃダメって親に言われてるんで」ピエロが顔をしかめた。「何言ってんだお前?」鉄パイプをブンッと振り、湊達に向ける。「隣の女も面倒見てやる」笑った。「ここから逃がしてやる。話は後だ」その瞬間、ピエロ達から湊の顔が消えた。


「はい無理ぃぃぃぃぃぃぃ!!」ルナからデンスパを奪う。そのままルナを抱え上げる。「えっ!?」ポンチョを二人まとめて被る。「逃げるっ!!」そのままゾンビの群れに突っ込んだ。「おいっ!!」ピエロが叫ぶ。「待てって!話聞けって!!」後ろの男が突っ込む。「あのさ…逃げたのはお前が“話は後だ”って言って脅かしたからだろ!!」「うるせぇ!!」鉄パイプで迫るゾンビをフルスイング。ゴォッ!!「俺だって見えない君とか怖ぇから、とりあえずかましたんだろ!」「あはは、ちゃんと説明しろって!!」「くそっ!とりあえず追うぞ!!」


◇◇◇


 ゾンビを掻き分けながら走る湊。ルナがポンチョの中で暴れる。「なんで抱いた!?」「そこ!?」湊が必死に走る。「だって、あいつら今、“面倒見てやる”って言ったじゃん!!」「だから?」「絶対あれ、“お前は俺たちを見て一人でしてろ”ってパターンでしょ!?しくしく泣きながらシコシコ…」「はぁ?何その妄想!!」「嫌嫌嫌嫌嫌!!無理無理無理!!NTR無理ぃぃぃ!!」ルナが呆れる。「子供かっ!私ならあんな中○れ五人衆ぐらい瞬殺で骨抜きにできる!私のテク舐めんなよっ!」湊が青ざめる。「それ見るのはもっと嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


◇◇◇


 しばらく走った先は行き止まりだった。二人は近くの部屋へ飛び込んだ。バタン!!静寂。誰もいない。ゾンビもいない。どこか、シン……としている。抱っこしたままその場に座り込む。すると、なぜか湊が鼻をふくらませた。抱っこされたままルナがその顔を見て引く。「おい……嘘だろ?」じっと見る。「なんでこの状況で鼻ふくらます?危ないから早く離してくれ…」湊が真顔だった。「嫌だ、離さない……その……生理現象と言うか…追い詰められた後の束の間の休息というか……」呼吸が荒く、ゴソゴソとズボンを脱ごうとする。ルナが慌てる「待て待て!絶対今じゃない!お風呂入ってないし、今日厚着だし、帰ったら好きなだけしていいからっ!約束♡ほら約束♡ねっ、湊ちゃん…落ち着こう…」「うん。約束♡でも俺、今スイッチ入っちゃって……」「今入れるな!」

「ちょっと待ってて、今…ルナちゃんスイッチも入れるからね♡」「おいっ、私はちょっと待たないぞ!貴様っ、何する気だ!?」湊が左手でルナの腰を押さえる。右手をぎゅっと握る。ルナのヘソの下に当てた。

「お、おい……」ルナの顔が赤くなる。「それは……反則だって……ずるいぞ…」湊は話も聞かず、ぐっと押し込む。「んんんっ……あっ、はぁぁぁ♡それ…は無理ぃぃ」ルナの目がチカチカして体がびくっと跳ねた。ルナの顔を見て、湊がにやっと笑う。「……どう?スイッチ入った?」ルナが蕩け顔で肩で息をする。「うん……半分だけ♡」その瞬間、、ドンッ!!扉の向こうでゾンビがぶつかる。湊が顔を引きつらせた。だがすぐに鼻の穴を膨らませてルナに顔を近づける。「外はまだ騒がしいから急ぎましょう。では……あと半分のルナちゃんスイッチも入れますね♡「……はい♡お願いします♡」


◇◇◇


 一方その頃、湊達を追っていたピエロたちはゾンビに阻まれていた。「ちっ!」鉄パイプを振る。「進めねぇ!」先頭の男が舌打ちする。「一旦下がるぞ!」後ろの男が聞く。「いいのか?」男が笑った。「あぁ、たぶん“見えない君”は、あいつらが来るまで殺されねぇ」「……そうだな」頷く。「“あいつら”より先に確保しねぇと」


◇◇◇


 市役所の外、軽トラに荷物を積み込む豪鉄たち。ガタン。ガタン。大野が薬棚を押し込む。サヤカが周囲を警戒。大和だけが何度も時計を見る。豪鉄がそれを不思議そうに見た。「……随分と時間を気にするんじゃな?」大和がビクッと肩を震わせる。「……え?」「お前さん…何かを待っとるのか?」大和が目を逸らす。「いや……そんなわけでは……」豪鉄が笑った。「ふーん」背を向ける。その瞬間、バチィィィィッ!!大和の手にスタンガン。豪鉄の首筋へ突き刺さる。「ぬおっっ!!!」だが、その瞬間、ドゴォッ!!サヤカの回し蹴りが大和の横顔を吹き飛ばした。壁に叩きつけられる。大和が口から血を垂らす。立ち上がる。目が変わっていた。「ふふ、……あんまり勘が鋭いと…早死にしますよ!」ナイフを抜く。

「お爺ちゃんに酷い事しないでください!」サヤカが拳を構える。唸るチビ。大野と藤堂親子は軽トラの影に隠れる。膝を突く豪鉄。「ぐははっ……ちょっとビリッとした…」笑う。「面白くなってきたのぉ」



            続

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