第3話 【ゾンビ世界で無敵になった俺は推しの嬢と朝ごはんを食べます】
薄暗い部屋。カーテンの隙間から、わずかに夜の光が差し込んでいた。
ベッドの上で、湊はぼんやりとルナの谷間に埋もれていた。
体は温かいのに、どこか現実感が薄い。
そのまま、視線を少しだけ上にずらす。
ルナがすぐ近くで、こちらを見ている。
腕が、軽く体に回されていた。
「ん〜……なにこれ?」ぽつりと、ルナが呟く。
「普通……逆じゃない?」
「……ん?逆…?」湊は少しだけ間を空けて、、
「今日の事なんだけどさ…家出る前にさ…母さんが……あれになってたんだ……」小さく言った。言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ痛む。
ルナの表情が、わずかに変わる。
何も言わず、腕の力を強めた。ぎゅっと、抱き寄せる。
「……そっか」短い一言。
でも、その声はやけに柔らかかった。
「……私はさ」少しだけ視線を落とす。
「小さい頃に、親、事故でみんな死んじゃったから」 さらっと言う。でも、その奥にある重さは隠しきれていない。
「……そういうの見るとさ」ルナは一瞬、言葉が止まる。
「……辛いよね」静かに、夜に落ちる言葉。
湊は何も返せなかった。
ただ、少しだけ体の力を抜き、ルナに逃げるみたいに、体を預ける。
外はまだ騒がしい。でも、この部屋だけは、少しだけ違う世界みたいだった。
「……これからさ、どうなるんだろうね」
湊がぽつりと呟く。
ルナは少しだけ考えて、、
「まぁ……」肩をすくめる。
「生きてれば、どうにかなるでしょ」
あっさりとした口調。でも、どこか強い。
「無敵?のあんたも居るし」
「……あはは、たまたまかも知れないよ…」
湊は小さく笑う。
「でも、初めてかも……人に頼りにされたの」
「なにそれ」くすっと、ルナが笑う。
空気が、少しだけ軽くなる。沈みすぎないように。
壊れないように。自然と、そんな流れになる。
少しの沈黙。近い距離。
呼吸が、触れそうなほど。
「……ふふ」ルナが、ふと笑った。
「あんたさ、真面目な話してるのにさ…」
じっ〜と、湊を見る。
「……ねぇ、そこ触っちゃうんだ…」
「……うん」即答。
「あははっ!正直だねぇ」
ルナは呆れたように笑って湊に覆い被さる。
「そんな君には……お仕置きだな♡」
「えっ、ちょっ、、まだ賢者タイム…」
そのまま、軽く押し倒される。布団が軋むと小さな音。「あっ……」
部屋の中に、少しだけ賑やかな空気が戻る。
外は地獄のままなのに。
ここだけ、なんか少しだけ違っていた。
そのまま二人は眠りに落ちた。
◇◇◇
次の日の朝、、焦げる手前の、小麦の甘い匂い。
それで湊は目が覚めた。
「……ん」まぶたをこすりながら体を起こす。
見慣れない天井。……いや、昨日見たばかりの天井。少しだけ間があって、思い出す。
「……あぁ、そうだ。世界終わって、推しと朝を迎えたんだっけ…」
キッチンの方から、ぱちん、と軽い音。
そっちを見ると、ルナがいた。
フライパンを片手に、パンをひっくり返している。
「ほっ!んっ?……起きた?」
「うん。おはよ、……いい匂いで起きた」
「おはよ。でしょ〜、人類の三大兵器だからね、焼きたてパンの匂いは」
「そうなんだ、あとの二つは何?」
「えっ?知らない!探しといて!あははっ!」
即答だった。二人で少しだけ笑ってしまう。
「ほら、こっち来て座りなよ」皿がテーブルに置かれる。こんがり焼けたパン。簡単な付け合わせ。
「……いただきます」「どーぞ」
二人で向かい合って座る。一口かじる。
「……うま」「おっ?今日はちゃんと感想言ったな!美味いでしょ?パンはバターに砂糖が最強だから!」
ルナはどこか得意げだ。
少しの沈黙。もぐもぐと咀嚼する音だけが、やけに平和だった。
「……てかさ」湊がぽつりと口を開く。
「これ、いつまで持つんだろうな」
「んっ?何が?」「食料さ…映画とかだとこのままライフラインとか止まって…いつもの生活が出来なくなるパターンじゃないの?」
ルナの手が一瞬止まる。
「……あー」視線を上に向ける。
「考えたくないやつ来たな」
「いや、でも大事でしょ?」「大事だけどさ」
パンをちぎりながら、ため息。
「とりあえず今ある分で……数日はいける」
「数日かぁ」「その間にどうにかするしかないでしょ!」
「どうにかって何」「知らない」
「え〜またそれかよ〜」「万能ワードだからね…」
軽く肩をすくめる。
「じゃあ俺、外で調達係やるわ」
「……あんた、ほんと便利ね」
「あははっ!無敵だからな」
「いや、それ自分で言う?」
「言う。今だけは言わせてほしい」
「まあ……助かるけど…でも、ほんとに無敵なの?ちょっと心配なんだけど…」小さく、ぽつりと付け足す。
少しだけ間。
「……てかさ」今度は湊が少し声を落とす。
「俺、ここにいていいの?」
「……はぁ?」ルナが顔を上げる。
「いや、ほらさ、いきなり押しかけたし」
「押しかけたのあんたじゃないでしょ。呼んだの私だし」
「それはそうだけど」「じゃあ問題ないじゃん」
「いやでもさ、こういうのって普通もっとこう……」
「何?」「ほら、“知らない男と二人きりとか無理です”みたいな」
「今それ言う?しかも知らない男じゃないし…あんたの話しが本当なら、“あんたの初めて”は私だし!」
「いや、まぁ、そうなんだけど…。言うタイミング完全に逃してたから今確認した」
「確認遅いわ!」ぴしゃりと返される。
「てかさ」ルナが少し身を乗り出す。
「この状況でゾンビに無視される男、追い出す理由ある?」
「……ないかもしれない」「でしょ」
「むしろ囲うべき人材ってこと?」
「そうそう。ゲームで言ったらあんたSSRだから」
「なんで扱いがゲームなんだよ」
ふっと二人に笑いがこぼれる。
少しだけ、空気が軽くなる。
◇◇◇
食事を終えたあと、二人で一服にベランダに出た。
外の空気は、思ったより普通だった。
風が吹いて、遠くで何かが揺れる音とサイレンの音。
でも、下を見ると、何か日常と違う。
通りには、人影。いや、人“だったもの”。
ふらふらと、あてもなく歩いている。
「……静かだね」ルナが呟く。
「静かすぎるな」湊が返す。
「昨日の方が騒がしかった気がする」
「それ初日補正じゃない?」
「何それ」「知らんけど」
コーヒーを一口。苦味が、妙に現実的だった。
少しの沈黙。
「……ねぇ」ルナがぽつりと言う。
「私も、外行けるかな?」「え?」思わず振り返る。
「欲しいのあるんだけどさ」
「あー、それなら俺が買ってくるよ」
「いや……」少しだけ言い淀む。
「ずっと部屋にいると、気が滅入るっていうか」
視線を外に向ける。
「ちょっと……プラス好奇心?」
「……え?今それ言う?」湊の顔が引きつる。
「うん。言う。どうなってんのか見たい…」
「うわぁ、、それ快楽主義者すぎない?」
「うるさいな」軽く肘で小突かれる。
「……でも」少しだけ間。
「やっぱ行く」きっぱり。
「危なくなったら、よろしくね」ちらっと湊を見る。
「……わぁお…責任重大だ…」思わず声が漏れる。
「もしかして今、推しの命預けられた?」
「あははっ!そうなるね」「責任重っ」
「だってあんた無敵なんでしょ?」
「それ言われると断れないやつ」頭をかく。
それから、湊は小さく息を吐く。
「ふぅ、……分かったよ」視線を外へ。崩れた世界。
でも、、
「行ってみますか!」「うん。そうこなくっちゃ☆」
二人で頷く。部屋に戻る。準備を整える。
◇◇◇
「……で、どうすんの?丸腰で行くわけ?」
ルナが腕を組んでこちらを見る。
「いやいや、さすがにそれはない」湊は部屋の中を見回す。
「なんか使えそうなのないかな……」キッチンへ向かう。引き出しを開ける。ガチャガチャと音。
「お、これいいんじゃない?」
取り出したのは、フライパン。
「いや、あんた料理する気?」
「違う違う。これ武器しようかと思って」
「武器……?そんなの効くの?」ルナが半目になる。
「いやでもほら、硬いし。殴れるし。最悪、防げるし」ぶんぶんと軽く振る。
「……まあ、ゼロよりはマシか…あっ、でもそのフライパン高いやつだから違うのにして」「了解」
ルナも納得したような、してないような顔で頷く。
「じゃあ私は……どうしようかな…?」
部屋を見回して、棚から何かを取り出す。
「はい」ぽい、と投げられる。
「……タオル?」
「手、守るやつ。噛まれたら終わりでしょ」
「あー、なるほどね」
湊はそれを受け取って、ぐるぐると手に巻きつける。
「……なんかそれっぽくなってきたな」
「あはは、見た目だけね」「言うな」
ルナも自分の手に巻きつける。
少しだけぎこちない手つき。湊が手伝う。
「大丈夫?きつくない?」
「大丈夫……たぶん」「たぶんかい」二人で軽く笑う。
そのまま、距離が近づく。
ふと、湊の手が変な方向に伸びる。
「こら!」ぱしっと叩かれる。
「そこ触る必要ないでしょ!?」
「うっ、バレたか……」
「バレるわ!!何してんのよ!」
「いや、緊張ほぐそうかなって」
「ほぐし方おかしいでしょ!夜まで待ちなさい!」
「えっ?予約してないけど…大丈夫?」「馬鹿!」
間髪入れずにツッコミが飛ぶ。
「ほんとに外、行くんだからね!?遊びじゃないんだから!」「あははっ!分かってるって」
笑いながらも、フライパンを持ち直す。
少しだけ、表情が引き締まる。
「……でもさ」「ん〜?」
「ルナがいるなら、なんとかなる気がする」
一瞬の間。
「……は?」ルナが固まる。
「いやいや、それ普通逆じゃない?」「え、そう?」
「そうだよ!普通守る側のセリフでしょそれ!」
「あはは、じゃあ守ってください」
「なんでそうなるのよ!」また叩かれる。
でも、、
「……まあ」小さく、息を吐く。
「死なないようにはしよう!」
「そう!それで十分。生きてれば何とかなる」
湊は頷く。ルナも、ほんの少しだけ頷いた。
二人の靴を履く音が、やけに大きく響いた。
ドアの前。一瞬だけ、手が止まる。
それでも、開けた。外の空気が、流れ込んでくる。
「……行くよ」「うん」
二人で一歩、踏み出した。終わった世界の中へ。
続




