第29話 【推しの釘バット教育的指導はゾンビにも有効らしい】
ドラッグストア入口前。ぞろり。ぞろり。外を埋め尽くすゾンビたちが、一斉にこちらを見ていた。「ぁぁぁ……」「うぅぅぅ……」バキバキに血走った目。裂けた口。濁った呻き。しかも、、ドンドンドンドン!!背後のバックヤードの倉庫からも激しい衝撃音が響いていた。閉じ込めたゾンビたちだ。
藤堂の顔が青ざめる。「うわぁ、ま、前も後ろも……」ひまりが父親にしがみつく。「お父さん……」
ルナが釘バットを握る。「……ねぇ、湊」「ん?」「今度からチェーンと南京錠、持ち歩きなさい」湊が真顔で頷いた。「わかった。そうする」「ぷっ、そこ即採用なんだ」「今回めっちゃ必要性感じた…ゼンカイモトビラアイタ…」「なんで片言?まっ、学習能力だけは高いな」小声のやりとりだった。
だが次の瞬間、湊の顔が変わる。「……とりあえず、全員懐中電灯消して」みんなを見る。「「え?」」「今すぐ」湊の声が低い。全員が従う。ぱちっ。光が消えた。店内が闇に沈む。「次、隣の人と手を繋いで」ルナが目を細める。「湊……なに企んでる?」「藤堂さんがいたバックヤードまで戻る」「戻る?」大野が声を潜めた。「この状況で?」豪鉄が腕を組む。「押し退けて行かんのか?」湊が首を振る。「“俺たちだけ”なら何とかできる」静かに言う。「でも今回は違う」ひまりを見る。藤堂を見る。物資を見る。薬を見る。「“守るもの”が多すぎる」その声は静かだった。でも強かった。
「誰もゾンビになってほしくない」一瞬、空気が止まった。 豪鉄がじっと湊を見る。そして鼻を鳴らした。「……うむ、分かった」短く頷く。豪鉄が後ろを指差す。「湊、バックヤードの倉庫にゾンビ詰めたじゃろ?」「うん」「何体くらいじゃ?」「たぶん三十ぐらい」それを聞いたルナが引いた。「たぶんって、たぶんで済ませる数じゃないじゃん」「え〜、でも数えてないもん」「ちゃんと名札付けて数えろ」「名前付けてあげてる余裕ない」小声で言い合う。
湊が周囲を見回す。「今は入口の連中も、倉庫の音を気にしてる」耳を澄ます。ドンドンドン!!ガンガン!!ゾンビたちの意識が湊たち以外にも散っている。「よしっ!暗闇なら行ける」湊が息を吐く。「音立てずに戻る」そして、「ルナちゃん」「ん?」「抱っこ」「えっ?何で?」「歩かせるより速くて安全…あと今、ドキドキしてるから少しくっ付きたい…」「……はいはい」ルナが少し笑う。湊がひょいっと抱き上げた。「重っ!」「はぁ?今それ言う?」「褒めてる。ムチムチ好きだから♡」「あははっ!なら許す」ポンチョの中にすっぽり収まる。暗闇の中。ルナがぎゅっと湊に抱きついた。小さな声。「……なんだかんだ」「ん?」「全員助けるんだから」顔を胸元でブルブルさせる。「そういうとこ、好きだよ♡」その瞬間、湊の体が固まる。「……おっふっ♡」変な声が漏れた。「そこ今いじっちゃダメ♡」耳まで真っ赤だった。ルナがくすっと笑う。「え〜、だって、今いじるのが一番効くもん♡」後ろでサヤカが呆れた。「この状況で何してるんですか……」大野が苦笑する。「メンタル強すぎるだろ、この二人」豪鉄が小さく笑った。「ぐははっ」
そして闇の中、手を繋いだ一行は、音を殺しながらゆっくりとバックヤードへ向かい始めた。前から死。後ろから死。その狭間を縫うように。生きるために。誰一人欠けないために。静かに、ただ静かに、足を進める。
◇◇◇
暗闇の中、足音を殺しながら一行はゆっくり進んでいた。誰も喋らない。誰も懐中電灯をつけない。ただ握った手の温度だけを頼りに。前へ、少しずつ、少しずつ、バックヤードの扉へ向かっていた。
湊が先頭。ポンチョの中にはルナ。ぴったりくっついている。「はぁ……落ち着く〜」ルナが小声で呟く。「今そういうこと言うと変なスイッチ入るからやめて」「むむっ!変なスイッチって何かなぁ〜♡」「にゃにゃ!今説明できないやつでしょ!」「へぇ〜♡スイッチ押しちゃおうかなぁ〜♡ここかな?ここかな?」「みゃぃぁぁぁ!そこダメ弱い!」後ろからサヤカの呆れ声。「あの〜静かにしてください……本当に危ないですよ…」「「はい、ごめんなさい」」即答だった。
そのまま進む。数歩、十歩、二十歩、その時だった。湊がぴたりと止まる。「……ん?」違和感。手の感触。冷たい。妙に硬い。そして、なんか湿ってる感じがする。湊が小声で聞いた。
「あの〜……ちょっと聞きたいんですが…みなさん今、誰と手繋いでます……?」後ろで豪鉄が答える。
「儂はサヤカ」「私は大野さんです」「俺は藤堂さん」「私は娘です」「パパ」湊の顔が固まる。
「……じゃあ」ぎこちなく、自分の右手を見る。「この人、誰?」カチッ。懐中電灯を点けた。謎の一人はそこにいた。目をバキバキに見開いたゾンビ。口を大きく開け、今まさに湊の手首を噛もうとしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!嫌だっ!キモっ!!」湊が絶叫した。「「「うわぁぁっ!!」」」全員が飛び退く。眠くなっていたルナがポンチョの中で暴れる。
「何っ!?何っ!?何が起きた!?」「ゾンビっ!!ゾンビ出たっ!」湊が半泣きで叫ぶ。「俺!ゾンビと手繋いでた!!めっちゃ噛もうとしてた!!」「えっ!?やばっ!!」ルナが叫ぶ。「デンスパでぶん殴る!?」「あっ、俺が持ってた!」湊の手には釘バット。「えいっ!!」ゴッッ!!ゾンビの頭にクリーンヒット。ぐるんっと回転して倒れる。ぴくぴく。沈黙。「……デンスパ強っ」「でしょ?」ルナが誇らしげだった。
だが、その騒ぎがまずかった。「ぁぁぁぁ……」「うぅぅぅ……」暗闇の奥から、前方から、入口から、大量の蠢く気配。「やばっ」湊が顔を引きつらせる。豪鉄が一歩前に出た。「サヤカぁぁぁぁ!!」怒鳴る。「みんなを守れ!」サヤカが振り返る。「わかった!お爺ちゃんは!?」豪鉄が笑う。「がははっ!聞くなっ!!」拳を鳴らす。「さっさと行け!!」
その瞬間、サヤカが走った。集まり飛び込んできたゾンビへ、飛び蹴り。ドゴォッ!!吹き飛ぶ。「藤堂さんっ!!早く!!」「は、はいっ!!」ひまりを抱え、走る。大野が盾を構えながら横につく。
「こっちだ!」湊も走りだす、ルナを抱えたまま。ポンチョの中でルナが暴れる。「湊、出せっ!!」「ダメ!」「私もデンスパで戦う!!」「ダメっ!!」「なんでぇ!!」湊が必死に走る。「ルナちゃんだけはダメ!!」「なんで〜!いやだぁ!私もスリル味わいたい〜!」「何言ってんの!?映画とかドラマじゃないんだから!」湊が怒鳴る。「今、“最後に笑える保証”なんかないんだよ!!」息を切らしながら。「だから絶対ダメっ!!」ルナが一瞬黙る。
そして、少しだけ湊に強く抱きついた。「……はぁ、愛が溢れて止まんない♡」「今それ言う!?」
◇◇◇
豪鉄の方では、カチッ。懐中電灯が点く。ゾンビが振り向く。カチッ。消える。ゾンビ迷う。カチッ。また点く。「こっちじゃ」ニヤリ。ゾンビが集まる。その瞬間、ドゴォッ!!拳がゾンビのこめかみにめり込む。一体吹っ飛ぶ。バキィ!!二体目が壁に叩きつけられる。「……暗い上に」豪鉄が笑う。口元が吊り上がる。「この数」力を込めて体中の骨を鳴らす。「沸るねぇ!!」完全に楽しんでいた。その間に、湊たちは奥の扉へ辿り着く。
「サヤカちゃん!」「はいっ!到着ですっ!」サヤカが扉を開ける。「早く!みんな入って!」全員が勢いよく滑り込む。藤堂、ひまり、大野、湊とルナ。最後にサヤカ。扉を閉める直前まで後方警戒。バタン!!扉を閉めた。ふぅ〜っと全員息を吐く。「……間に合った」サヤカが振り返る。「全員入りましたか?」湊が苦笑いした。「うん……」「よかった」「全員入ったんだけど……」湊の顔が引きつる。「お客さんもいたみたい」「えっ?」サヤカが中を見る。暗い室内。そこには数体のゾンビ。涎を垂らし、目をバキバキに見開き、こちらを見ていた。「……え?」沈黙。そして湊は叫んだ。「またかぁぁぁぁぁぁっ!!」
涎を垂らし、首を揺らしながらこちらを見る数体のゾンビ。ゆっくりと近づいて来る。「ぁぁぁぁ…」「……」一瞬、室内の空気が止まる。サヤカがすっと前へ出る。「下がっていてください」腰を落とし、拳を構えた。湊のポンチョの中から、ルナがぴょこんと顔を出す。
「どうしたの?」湊が指差す。「うわっ、またゾンビいんじゃん!」「うん、またいる」「私、まだ隠れてた方がいいと思う?」「そうしてくれると安心」ルナは少し考える。「……いや、戦る!」「なんで!?」そのままポンチョの中から飛び出した。「私だけ安全じゃ…それにスリル欲しい!」「USJのハロウィンじゃないんだって!」ゾンビが一斉に迫る。
「俺が抑える!」大野が前へ出た。即席盾を構え、そのまま体ごと押し込む。ドゴッ!!ゾンビたちが押し返される。「サヤカちゃん!」「はいっ!」サヤカが走る。「大野さん!背中借ります!」「ん?」次の瞬間、トンッ!!大野の背中を踏み台に跳んだ。
「せいっ!!」バキィ!!一体目に回し蹴り。「はぁっ!!」ドゴォ!!空中で体を捻り、二体目に踵落とし。二体まとめて床に崩れる。「うおぉ……」「湊さん、お願いします!」湊が感心してる間に、足元に落ちていた結束バンドを拾い投げる。「了解!」シュババババッ!!手足を縛る。「はい二名様ご案内完了〜!」残る二体も、大野が押さえ込み、サヤカが体勢を崩し、湊が縛る。
結果、四体のゾンビが床で芋虫みたいになっていた。「グワッ!!グワァッ!!」「うるさいっ!静かにしろ!仲間呼んでんのか?」湊がスリッパを拾う。ぱこーん!!「助けを呼ぶなっ!」ぱこーん!!「静かにしろっ!」ぱこーん!!余計に暴れ、騒ぐ。
「なんで!?静かにしろって!」その時だった。
ズリ……ズリ……。ルナが釘バット、デンジャラススパイク。通称デンスパを引きずりながら近づいてくる。口には拾ったチュッパチャプス。やたら怖い。
「湊……」「は、はい」「ちょっと退いてて…」「えっ、はい」「あと、できたら目瞑って…」「えっ?何で?」「嫌われたくないから…」湊はゴクリと生唾を飲む。
ルナは一体の前にしゃがみ込む。目を合わせた。
「静かにできる?」「グワァァァッ!!」「……あっそ…騒いじゃうんだ?」ルナがチュッパチャプスをゾンビの口に突っ込む。一瞬、ゾンビが止まる。
次の瞬間、ブォンッ!!ルナが腰を入れたデンスパがフルスイング。ゴッッッッ!!!ゾンビの脳天をとらえる。「ブッキュウゥゥゥッゥ!!」変な声を上げて横たわるゾンビ。
静寂。残り三体のゾンビがぴたりと止まる。ルナがにこっと笑う。「そう。三人はわかったならよろしい☆」ルナがくるりと振り返る。湊はしっかり見ていた。少し小刻みに震えている。「ルナちゃん……絶対、人からなっちゃダメな音、今してた……」顔が青い。「“ブッキュウゥゥゥッゥ”って言ってた……」ルナがじっと見る。「湊……浮気したら?」「しないっ!!」即答だった。「絶対しないっ!!」土下座寸前。「許してください!!」ルナが吹き出す。「あははっ!嘘、嘘。こんなことしないって☆」それを見ていた大野が呟く。「いや……まだ何もしてないだろ、お前……」
その時、ドンドン、ガッシャーン!外から激しい音が響く。ゾンビの群れと豪鉄が戦っている音。だが中は妙に落ち着いていた。サヤカが近くの棚から缶ジュースを拾う。「ふぅ」プシュッ。ゴクゴクと飲む。ついでにお菓子を拾う。ぽりぽり。みんなも自然に真似し始めた。湊はポテチ、ルナはグミ、大野は羊羹、チビはジャーキー。藤堂が慌てる。「ちょっ、ちょっと、た、助けに行かないんですか!?」サヤカがきょとんとした。「助けに行くって……」一拍。「ゾンビのですか?」全員吹いた。「ぶふっ!!」「やめろっ!揶揄うなって!」「あははは!!」釣られて三体のゾンビも騒ぎ出す。「グワッ!グワッ!」ルナがじろっと睨む。「……」三体とも気まずそうに黙る。
「いやっ!ちゃんと空気読めるんかい!てかめちゃめちゃ怖がってるぅぅぅぅ!」湊が突っ込んだ。
藤堂親子だけが震えていた。その時、バァンッ!!と扉が開く。埃が舞う、そして血飛沫。迫って来る大量のゾンビを背に立つ豪鉄。完全に魔王だった。
「グハハハハッ!!」肩を回す。「騒ぎすぎて余計集まっちまったわ!!」サヤカが藤堂に微笑む。「ねっ☆」お菓子を差し出す。「心配するだけ損ですよ」ぽんっと渡す。「食べてリラックスしましょ☆」藤堂は震えながら受け取った。
この人たち、“たぶん人類側なんだよな”、そう思うしかなかった。
続




