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第28話 【千円防犯ブザーでゾンビから身を守れますって言ったら嘘になります】


 市役所裏口前。「よし、全員乗って!」湊がリヤカーを引き寄せた。「えっ、これに?全員?」ルナが目を丸くする。「そう。全員。歩くより絶対安全。シートかけて俺が引けば見つからないし」その一言で全員が黙った。「なるほど……」みんなも納得する。


 全員がリヤカーに乗り込もうとする。だが、「いや、狭っ!!」ルナが叫んだ。リヤカーの上にはすでに豪鉄がどっかり座っていた。腕組み。仁王立ちみたいな座り方。「おいドゥイン!端寄れ!!筋肉萎ませろ!」「誰がドゥインじゃ!変なあだ名付けるなっ!それに筋肉萎むかっ!」豪鉄が鼻を鳴らす。「儂は最初からここじゃ」「いや、八割お前じゃん!」聞いていたサヤカが苦笑する。「ルナさん、お爺ちゃんに酷いこと言わないでください……」「えっ?サヤカちゃん!?これ私が悪いの!?」「わぉん!」チビも飛び乗る。「おいチビ!そこ私の足!」「ぐるるるるっ」「なんで!?威嚇すんな!」


その横で大野が即席盾を抱えながら潜り込んだ。「おいおい、ルナちゃん釘バットしまっとけ!」その声で湊が指差す。「刺さる!絶対刺さる!」ルナが釘バットを見下ろした。「えー、これ私の新しい相棒なんだけど」「相棒が凶器すぎる!そのうち名前付けるんじゃないの?」「えっ?デンジャラススパイクだよ!略してデンスパって呼んでるけど…」「すでに愛着湧いてのかよっ!」わちゃわちゃと押し込み、最後にブルーシートを被せる。中は完全にぎゅうぎゅうだった。


「……はぁ」湊が深いため息をつく。リヤカーの持ち手を握りながら、ぽつりと呟いた。「ルナちゃんだけ連れて、みんなここに置いていこうかな……」その瞬間「「「却下!!」」」ブルーシートの中から即答だった。「わぉん!!」「チビまで!?」湊は肩を落とした。「世知辛い……」そしてゆっくりと歩き出す。ガラガラガラ……。リヤカーの音が静かな街に響く。


◇◇◇


 街中に繰り出す。所々にゾンビがいた。呻きながらふらつき、血や油で汚れた道路を歩いている。だが湊には気づかない。リヤカーの中からルナが小声で聞く。「ほんとにリアカーでも大丈夫なの?」「ん〜大丈夫、大丈夫…たぶん…」湊が気楽に答える。「でも静かにしててねー。走るの嫌だから」後ろからひそひそ声。「騒ぐとみんな噛まれるよー」その言葉に全員がぴたりと黙った。豪鉄だけが鼻を鳴らす。「ふんっ!儂は噛まれても勝てる気がするがな!」「その筋肉理屈やめて」湊が即座に返す。


 しばらく進む。静かだった。暇だった。そして湊はまた歌い始めた。「らぁぁぁぁぁ〜〜〜♪届けぇぇぇぇ〜この想いぃぃぃぃ〜〜♪帰ったらぁぁぁ♪ツルンツルンぅぅぅぅ〜♪」妙に響く。妙に上手い。しかも無駄にビブラートが効いている。ブルーシートの中から即ブーイング。「お前がうるさい!」「静かにって言ったの誰ですか!」「ゾンビ呼ぶ気か!」「わぉん!」湊が傷ついた顔になる。「えぇ……上手かったのに……」しゅんとする。その時だった。


ブルーシートの隙間からルナが顔を出した。「湊、あとでアリーナでたっぷり聞いてあげるから」にやっと笑う。「今は我慢しな?」湊の顔がぱっと明るくなる。「えっ、ソロライブしていいの!?」「観客一名だけどね♡」「最前列S席確定じゃん!」「私しかいないからね!ファンサないと帰るよ♡あははっ!」湊は一瞬で復活した。「よし頑張れる」「単純だなぁ……」サヤカが呆れる。


◇◇◇


 しばらくして、「着いたよ〜」湊が足を止めた。ドラッグストア。半壊した自動ドア。割れたガラス。血痕。前と変わらぬ終末の匂い。ブルーシートの中がざわつく。「着いたか」豪鉄が低く呟く。湊は振り返った。「じゃ、中片付けてくるから。みんな、ちょっと静かに待っててね」軽く言う。「軽っ……その“片付ける”って怖い言い方やめて」ルナが苦笑い。湊は笑った。「大丈夫。すぐ終わる」そう言って、一人でドラッグストアの中へ入っていった。


◇◇◇


 その奥、バックヤードの扉の向こうで。「外が騒がしい……また来た……のか?」男の震える声。「お父さん……あの変なこと言ってる人……」小さな子供の声。二人は息を潜めながら、扉の前を見つめていた。静かな店内に、また湊の足音が響いた。


◇◇◇


 ドラッグストア店内。湊は棚から小さな防犯ブザーを手に取った。「おっ、これいいじゃん」スイッチを押す。ピィィィィィィィィィィィィィィッ!!甲高い音が店内に響いた。その瞬間だった。「ぁぁぁ……」「ぅぅぅぅ……」店内のゾンビたちが一斉に反応する。湊はにやっと笑った。「はいっ!」急に姿勢を正した。何故か通販番組の司会みたいなテンションになる。「みなさんよ〜く見ていてくださいねぇ〜!」ゾンビを引き連れながら歩き出す。「この防犯ブザーを鳴らしながら歩くだけでぇ〜?」ピィィィィィィィィ!!ぞろぞろ。ぞろぞろぞろ。ゾンビが集まる。


◇◇◇


 その頃、バックヤードの奥。小さな倉庫の中。父親と小さな娘が、身を寄せ合っていた。ドンドンドン!!扉の向こうから響く衝撃音。娘がびくっと肩を震わせる。「お、お父さん……」父親がぎゅっと抱き寄せた。「大丈夫だ…」そう言いながらも、自分の声も震えていた。


 ピィィィィィィィィィィィィ!!また防犯ブザーが鳴る。さっきとは違う。ゾンビの声が遠ざかっていく。娘が小さく顔を上げた。「……あの変な人がやってるのかな?」父親が苦笑する。「たぶんな」娘がぽつりと呟く。「今度こそ助けてもらえるといいね」その言葉に父親は少し黙った。「そうだな」娘が俯く。

「お父さん……」「ん?」「お医者さんやめて、お薬屋さんになったのに……」悲しい顔で父親を見る。

「またお家帰れないね……」父親の顔が少し曇る。そして娘の頭を撫でた。「お家帰れなくたって、ひまりと一緒にいられる…それに薬剤師だって、人を助ける仕事だ」優しく笑う。「場所が変わっても、それは変わらない」娘が小さく頷く。「うん」その時だった。外から聞こえる。「安いっ!!」娘が首を傾げる。「……何がかな?」父親も真顔だった。「……パパにもわからない…」二人は顔を見合わせた。やっぱり助けが来ているのか少し不安になった。


◇◇◇

 

 そして店内の湊。「見てっ!」指差す。「見て見て見て見てっ!」さらに増える。「ほーらっ!!」店の奥へ歩く。「なんとあっという間に恐ろしいゾンビが一箇所に集まっちゃいますっ!!」バックヤードの大きな倉庫前。湊は扉を開けた。「はいはい、入って入って〜」ゾンビを中へ押し込む。「今ならなんと!」ぐいぐい押す。「この命を救う防犯ブザーが千円!!」ぐいっ。「千円の特別プライス!!」どんどん押し込む。「安いっ!!」自分で言った。

 その時、一体のゾンビが防犯ブザーに噛みつこうとした。「おっと!行儀が悪いねぇ」ぺしっ。デコピン。ゾンビがよろめく。別のゾンビが腕を掴もうとする。ぱこーん!!近くにあったスリッパで頭を叩いた。「こらっ!」ぱこーん!「大人しく入りなさい!」ぱこーん!「順番守って!」まるで保育士だった。数分後。ガシャン!!と倉庫の扉が閉まる。中からドンドンドンドン!!だがゾンビは出られない。湊は額の汗を拭いた。「ふぅ〜、任務完了!」満足そうだった。「今日もいい仕事したなぁ」


◇◇◇


 店の外。ブルーシートの中。「……静かになったな」豪鉄が呟く。その時だった、湊の声が響く。「まぁぁぁぁぁぁ♪」両手を広げる。「準備オッケぇぇぇぇぇぇぇ♪」妙に声量があった。「もおぅぅ!入れるよぉぉぉぉぉぉぉ♪」またしてもオペラ調だった。全員が無言だった。ブルーシートがめくれる。ぞろぞろ出てくる。誰も反応しない。完全スルーだった。「えっ?ちょっ!嘘でしょ?」湊が固まり全員を見る。「もう飽きたの?」真顔だった。「なんで?」悲しそうだった。「ここまでリアカー引いたり、ゾンビ片付けたり、めっちゃ活躍してるのにこの扱い?」誰も答えない。「俺のオペラぐらいのれよぉ!!」

 

 ルナがため息をついた。「もう……」そのまま近付く。ぐいっと湊の襟顔を両手で掴む。「えっ?」次の瞬間。ぶちゅっぅぅぅ、いや。それより深かった。濃厚だった。絡まった。完全に口を塞いだ。湊の思考が止まる。数秒後。ルナが唇を離す。湊は顔を真っ赤にして固まっていた。目がとろんとしていた。ルナがほっぺを軽く引っ張る。「ずっと気張りすぎて頭おかしくなってんだろ」呆れた声。でも笑っていた。「これ終わったら、たっぷり可愛がってやる♡だからもう少しがんばろ☆!」あまりの可愛さに湊の脳が蒸発した。「ふぁぁぁい♡」返事が溶けていた。後ろでサヤカが赤くなる。「る、ルナさん大胆……」大野が苦笑する。「若いってすげぇな……」豪鉄が腕を組む。「ぐはははっ!よい気合いの入れ方じゃ!」チビだけが何故か白目だった。「わぉん……」


 そして全員で店内へ入る。物資の棚。散乱した商品。壊れたレジ。奥には閉ざされたバックヤード。まだそこに、助けを待つ親子がいる。だが今はまだ誰も知らない。その中に市役所を救う鍵がいることを。


◇◇◇


 ドラッグストアの店内。棚の隙間を縫うように、全員が慎重に進んでいた。ルナは釘バットを肩に担ぎ、サヤカは周囲を警戒。チビは鼻をひくひくさせる。豪鉄は腕を組みながら堂々と歩く。「お爺ちゃん、それ絶対警戒の歩き方じゃないよ」「あははっ!サヤカは心配症じゃのぉ、堂々としておればバレん」「それは湊さんしか通用しないんじゃないの」


 そして店の奥。バックヤード前。例の扉の前に着いた。湊がコンコンと叩く。「お〜い!まだ生きてる〜?」軽い声だった。中がぴくっと反応した気がする。少し間があった。そして男の声。「……本当に助けに来たのか?」慎重だった。「それともここの物資を盗みに来た悪者か?」その瞬間、湊が顔をしかめた。「こいつだるぅぅぅっ!」全員が湊を見る。「ねぇ?もうほっといたら?」いつもの湊にルナが笑いを堪える。「“ありがとうございます!”って飛び出してくれば可愛いのにさ」肩をすくめる。「悪者か?だって。感じ悪っ」中が静かになる。豪鉄が前に出た。

「安心せい」低い声。「儂らは助けに来た」サヤカも優しく続ける。「本当に大丈夫です」大野も頷く。「出た方がいい。ここより安全な場所がある」


 数秒後。ガチャ……ゆっくり扉が開いた。中から出てきたのは、小太りで少し背の低い男。その後ろには、小さな女の子。六歳くらいだった。女の子は外を見て、ぱっと笑った。「んー!」背伸びする。「やっと外出れたね!怖いのいなくなったね!」父親の服を掴む。「家帰れるね、お父さん!」父親は少し困ったように笑いながら頭を撫でた。「……そうだね」だがその目はまだ不安だった。そして全員に深く頭を下げた。「ありがとうございます」湊がぼそっと言う。「ほら、最初からそれでいいんだよ」ルナが脇腹を小突いた。「ちゃんと言ったんだから責めない!」「いてっ!」


 そして豪鉄が前に出た。「一つ聞きたいんじゃが…」男を見る。「お主、医者か?」男が少し驚いた。「えぇ……元、ですけど…何でですか?」言葉を選ぶ。「それに今は薬剤師です」その瞬間だった。ルナが両手を上げた。「ばんざーい!!」ぴょんっと跳ねる。「ビンゴぉぉぉ!!」豪鉄を見る。「お爺ちゃんヒキ強っ!!」豪鉄が鼻を鳴らす。「ぐははっ!儂の勘よ!ドラッグストアになら居るとおもっておった!!」男が戸惑う。「……え?」湊が説明した。「市役所に怪我人がたくさんいるんだ」ルナも頷く。「だから来てほしい」男は少し考えた。そして娘を見る。「……分かりました。貴方たちが居なければ私達はまだあの中でしたから…」小さく頭を下げた。


「私は藤堂です」娘がぺこっと頭を下げる。「ひまりだよ!」「湊です」「ルナです☆」「サヤカです」「大野だ」「豪鉄じゃ」「わぉん!」「えっ?犬も喋った!?」「いや喋ってないだろ!」湊が即答した。


◇◇◇


 藤堂はすぐに店内を見回した。

「あの……怪我人がたくさんいるのであれば…もし持って行けるなら」棚を指差す。「この辺り全部欲しいです」抗生剤。消毒液。包帯。解熱剤。鎮痛剤。必要なものばかりだった。「棚ごと持って行けたら一番なんですけど……」大野が腕を組む。「ふ〜ん、なるほどね…」豪鉄を見る。「豪鉄さん」親指で棚を指差す。「これ外せます?」豪鉄が眉を上げた。「ん?」にやっと笑う。「愚問じゃな」次の瞬間、棚を掴むとモリモリと筋肉が隆起していく。バキィィィィィッ!!棚ごと引き抜いた。「うぉぉぉ!?」藤堂が叫ぶ。湊とルナが同時に叫ぶ。「「いやっ!規格外すぎるって!!」」サヤカが小さく笑った。「ふふふ、同時にツッコむなんて仲がよろしいようで!お爺ちゃんの通常運転ですよ」「「いや今そこじゃない!」」また同時だった。


 大野が棚を見て目を光らせた。「よし」工具を取り出す。周りを見て使えそうなのを拾って来る。ガチャガチャ。ギュインギュイン。「豪鉄さんちょっと持ち上げてて」「おうっ!」バキン。キュルキュル。数分後。棚の下に車輪がついていた。持ち手もついていた。完全に移動式だった。大野が親指を立てる。「ふぅ〜これなら棚ごと引っ張っていけるだろ?」満足げな顔をしていた。それに湊が引いた。「いやっ!万能工務店かよっ!」指を差す。大野が首を傾げた。「え?大野工務店ですけど?」真顔で答えた。一瞬静寂。そして「「「あははははっ!!」」」全員が大爆笑した。


◇◇◇


 そのままみんなで店の入口へ向かう。物資でパンパンのリアカーと薬を積んだリアカー。「帰りは隠れらんないから気をつけてね〜」と湊が言う。わいわいとみんなで歩く。そして扉の前。すっかり夜になった外。

 ぞろり。ぞろぞろ。大量のゾンビ。店を囲むように集まっていた。呻き声。バキバキの血走った目。数が多い。ルナが固まる。藤堂が青ざめる。ひまりが父親にしがみつく。湊だけが苦笑した。頭を掻く。「あはは……」振り返りみんなを見る。「俺たち…騒ぎすぎちゃったみたい……」その言葉と同時に、ゾンビたちが一斉にこちらを向いた。そして奥の方から扉が壊れる音がした。



            続

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