第27話 【ドラッグストアまでパシったら推しとツルンツルンの約束出来たんですけど】
市役所正門前。バリケードを乗り越えた豪鉄は、そのまま中へ突っ込んでいた。「止まれぇぇぇ!!」警官たちが刺股を構える。「ゾンビだ!!」「革ジャンゾンビだ!!」「誰が革ジャンゾンビじゃ!!喋ってるじゃろっ!!」豪鉄が刺股を掴む。ぐにゃり。「ぬぅん!!」振り回された警官たちがまとめて吹っ飛ぶ。「ぎゃあああっ!!」「だからさっきから言っとるじゃろうが!儂は人間じゃ!!」豪鉄が怒鳴る。だが誰も聞かない。「化け物だぁぁ!!」「むぅ……」豪鉄は深いため息を吐いた。「しょうがない」次の瞬間だった。ドゴッ!!バコン!!「ぎゃあああ!!」「ぐわぁっ!!」数秒後。正門前には、気絶した警官と自衛隊員が転がっていた。そして、その中央に仁王立ちする豪鉄。腕を組み、風を受ける。革ジャンを靡かせる。完全にラスボスだった。そこへ大和、ルナ、サヤカ、チビ、そして工務店の男が駆けつける。
「……」全員、無言でその光景を見る。豪鉄が振り返った。「おぉ!サヤカ!言っても聞かんから、体で教えてやった!!」堂々と言った。ルナがぽつり。「……背中で語るパターンだ……」豪鉄は鼻を鳴らす。「なぁに、殺してはおらんっ!」大和が顔を引きつらせた。「……ゾンビより怖いよ……」その時だった。「豪鉄さん!!」一人の男が駆け寄る。警官の制服姿だった。豪鉄が一瞥する。「おぉ!」目を丸くする。「駐在!!」次の瞬間、「何じゃワレ!生きとったんか!!」豪鉄が肩を組み、そのままぶんぶん振り回す。「うわっ、うわわわわっ!!」駐在はされるがままだった。誰も豪鉄を止められない。工務店の男がぼそっと呟く。「……頼もしいのか、問題なのか分からんな」サヤカは苦笑いしながらぺこりと頭を下げた。「すみません……うちのお爺ちゃんです」「いや、サヤカちゃんが!謝る!ことじゃない!!」駐在は目を回しながら答えた。
◇◇◇
その後、豪鉄が落ち着き、簡単に状況説明が始まった。市役所内の人数。怪我人の数。食料不足。水不足。そして湊が今、一人で物資を取りに行っていること。
「一人で行ってるんですか?この外を?」駐在が目を丸くする。大和も頷いた。「はい。私も止めたんですが……」
豪鉄は話しも聞かず黙って周囲を見回していた。
倒れている負傷者。青ざめた顔。呻き声。血の匂い。豪鉄の顔が少し変わる。「のぉ、……医者はおるのか?」低い声だった。大和が首を振る。「いや……いません」豪鉄が目を閉じる。「そうか……」短く呟く。「長期戦は無理か……」その言葉に、大和の顔が曇る。豪鉄はゆっくりルナへ近づいた。そして、小声で耳打ちする。「湊が戻ったら、医者探しに行くぞ…準備しておけ」「え?」ルナが目を瞬く。「私たちで?」「あぁ」豪鉄の目は真剣だった。「じゃないとここは救えん」その声には、さっきまでの豪快な笑いはなかった。ルナは息を呑む。初めて見た、豪鉄の本気の顔だった。
◇◇◇
大和の案内で、ルナたちは市役所内を回っていた。
「こっちです」廊下を進む。そこかしこに人がいた。
毛布にくるまる老人。泣き疲れて眠る子供。怪我人のうめき声。空気は重い。そしていくつもの部屋の入口が、机や棚で塞がれていた。
「ここは?」ルナが聞く。大和が答えた。「はい。避難部屋です。万が一ゾンビが侵入しても、一気に全滅しないよう分散しています」「……なるほど」現実的だった。その言葉の重さにルナは少し黙る。その横で、工務店の男が壁を見ながら呟く。「ふむ……ここを打ち抜けば、一気に外に出られるか?」ルナがそっちを見る。「ねぇ?おいちゃん」「ん?」「リヤカーとか作れるなら武器とかも作れる?」「あぁ、リクエストがあれば何でも作れるぞ」鼻を鳴らし、少し胸を張る。「作るのはミサイルでいいか?」ルナが吹き出した。「あははっ!やってんなっ!」笑顔で指を差す。「それ作れたら今撃てよ!」男も笑った。「あははっ!冗談だ」「知ってる!」そしてルナは少し考える。「んー……釘バットとか?」男が眉を上げた。「君……そっち系なの?」ルナが視線を逸らす。「……ノーコメントでお願いします…」男は察した。
豪鉄が後ろから口を挟む。「盾的なのもあるとええな」大和が振り返る。「盾?ですか?」豪鉄が頷く。「押し返す時に使える。防衛線が持つ」珍しくまともだった。ルナが笑う。「あはは!意外とちゃんと考えてる」「意外とは何じゃ!いつだって真面目じゃ!」豪鉄が不満そうだった。
ルナが工務店の男へ向き直る。「あっ、ごめん。私、名前言ってなかった」ぺこっと頭を下げる。「私、ルナって言います」男も軽く頭を下げる。「おぉ、俺は大野だ」太い腕を組む。「よろしくな」ルナが笑う。「よろしく!」大野が指をパチンと鳴らした。「んじゃ、ちょっと作ってくるわ」そのまま工具箱を持ってどこかへ消えていった。「行動早っ!」ルナが苦笑する。
◇◇◇
その後、ルナたちは裏口付近へ戻った。湊の帰りを待つために。扉の前。サヤカが静かに立っていた。
すぅ……。息を整える。そして。シュッ!!拳が走る。シュバッ!!回し蹴り。流れるような型だった。動きに無駄がない。ルナが拍手する。「おぉぉぉ、すごっ!」ぱちぱちぱち。サヤカが少し照れる。「えへへ……」その横でチビが大あくび。「ふぁぁぁぁ……」そして丸くなる。豪鉄は壁際で釈迦寝していた。「ぐぉぉ……」もう寝ていた。「暴れて、寝て、自由か」ルナが呟く。サヤカが苦笑する。「いつもこんな感じです」
ルナがサヤカを見る。「ねぇ、サヤカちゃん」「はい?」「簡単な護身術とかあったら教えてくれない?」サヤカが少し考えた。「ありますよ」にこっと笑う。「超絶急所コンボが」「わぁお!ネーミングが物騒!」ルナが引く。そして顎に手を当てる。「覚えたら後で湊にかましてやろう☆」サヤカが慌てた。「えっ!?ダメですよ!」「えっ?ダメなの?」「無闇に人に使ったら最悪死にます」ルナが笑った。「あははっ!うそうそ!」両手を上げる。「先生、教えてください」サヤカが頷く。
「まず目です!」「目?」「はい。次に喉」「喉?」「最後に膝!」「膝?」ルナが真顔になる。「……殺意高くない?」「護身です」「護身って怖いな……」
そのまま軽く型を教わる。「こう?」「もっと腰落として」「こう?」「違います!こうです!」「ふぁっ!厳しい!」「覚えたら、湊さんなら一撃です!」「あははっ!それはやりたい」「やっぱりダメです」「ダメなんかいっ!あっ、先生!」「はい。何ですか?」「金的は混ぜてもよろしいですか?」「……優しくなら…きっと痛いので…」「あははっ!あいつは喜ぶかも♡」「真面目にやってくださいっ!」
その時だった。外から声が聞こえた。
「帰ってきたよぉぉぉぉぉ♪」裏口越しに響く。「だれかぁぁぁ♪扉を開けてぇぇぇぇぇぇぇ♪」妙に声量があった。しかもオペラ調だった。全員が止まる。
豪鉄が目を開ける。「んんっ!来たか」「……帰ってきたな♡てか、何であいつは歌ってんだ?妙に上手いビブラートが鼻につくなぁ!」ルナが呟いた。
「あはは、湊さん、元気ですねぇ」サヤカが笑う。
大和が周りを警戒して扉を開けようとしながら真顔で言った。「……帰って来るなりオペラって何なんだよ?あいつ…静かに帰って来いって!」
また裏口の扉が、コンコンと軽く叩かれる。
「帰ってきたよぉぉぉ♪」オペラみたいな声がまた響いた。「何であいつは毎回テンションがおかしいんじゃ……早く開けてやれ!やかましい!」豪鉄が片目を開ける。
大和が警戒しながら扉を開けると、そこには、、「お待たせぇ〜♪」満面の笑みの湊。そしてその後ろには、山盛りの物資を積んだリヤカー。
「……」大和の思考が止まった。「え?マジで…」
缶詰、水、薬、カップ麺、栄養食品、消毒液。見ただけで分かる。今一番必要なものばかりだった。「……本当に持って来た……」震える声。「しかも……何で無傷でこれを……?」湊は首を傾げた。「あははっ!だから言ったじゃん。俺なら出来るって」当然みたいに言う。「ほら、早くみんなに配ってきてあげて」大和は数秒固まったあと、深く頭を下げた。「……ありがとう!」そのままリヤカーを引いて中へ向かう。
「おっと!ちょい待ち!」湊が慌てて呼び止めた。「ごめんごめん」荷物の隅から茶色い紙袋を抜き取る。「これは俺のプライベート用」「ん?」ルナが怪しむ顔をして首を傾げる。「おいっ!何だそれ?」湊が慌てながら鼻の穴を膨らませた。その顔を見てルナの目が細くなる。「あっ!鼻の穴!……お前、まさか」じとっと見る。「エロいやつか?」「えっ!?いやっ、その!」湊が慌てる。「二人で楽しめたらいいかな〜って……思って…」ルナが無言で紙袋を奪った。
「あぁぁぁぁぁ!!ダメぇぇぇ!見ないでぇぇぇ!」湊が崩れ落ちる。「嫌いにならないでぇぇぇ!!」
ルナが中を見る。「……」数秒。「……湊」「はい……知ってます…」完全に死んだ顔だった。「ごめんね……嫌だったよね……確認とってからだよね…後でちゃんと捨てとくから…」しゅんと肩を落とす。
ルナはくすっと笑った。「……帰ったら二人でお風呂で使おう♡」「ぷぅえっ!!いいの!?」「私も嫌いじゃない♡」湊の目が見開く。「俺の推し最高かよぉぉぉ!!♡夢の時間気にせずお風呂でツルンツルンするやつぅぅぅぅぅ!!」「もちろん♡気の済むまで♡」ルナも笑った。「いっぱい技見せてあげる♡」「みゃぁぁぁああ!耐えられるか心配っ!」二人だけ空気が甘かった。
その空間に、「あの〜、楽しそうな話の途中悪いんだが」大野が割り込む。そして片手に持っていたものを見せた。「“ルナちゃん”に頼まれてたの出来たぞ」それは、棘のように釘を打ち込んだ木製バットだった。
「うわぁぁぁ!あぶねっ!」湊が一歩下がる。「本物初めて見た!漫画だけじゃないの?これの名前ラグナロクだっけ?」目を丸くする。「いかちぃぃぃ!」
湊の様子を見てルナが呆れる。「めっちゃイジって、ちょっと引いてんじゃん!」釘バットを受け取る。「でもこれぐらいないと倒せないでしょ?」ぶんっと振る。「……それ使うの、ニーガンしか知らないよ俺」湊が苦笑する。ルナがじろっと睨む。「おいっ!誰がゾンビ物最強悪役だよ」口元を吊り上げる。「お前のランチに豚の糞ぶちまけたろか?」「うわぁ、汚ぇ言葉やめてぇ〜!」
いつもの二人のやり取りだった。そして笑いが落ち着いた頃。「あっ」湊が思い出したように声を上げる。「そうだ」みんなが見る。「ドラッグストアに人いたよ」一瞬で空気が変わった。
「なんか助けて〜って言ってた。忙しいからまたねって置いて来ちゃったけど…子供も居たな…」豪鉄の目が細くなる。サヤカも真顔になる。大野が腕を組む。ルナも湊を見る。その時、大和が戻ってきた。「物資、配ってきました」湊がリヤカーを受け取る。「ありがとう。んじゃ、もう一回行ってくるね」
その瞬間、「湊、待って」ルナだった。湊が振り返る。「今度は私たちも行く」「え?」「探したいものもあるし」豪鉄が立ち上がる。「儂も行く!医者を見つけんとな。ドラッグストアなら可能性ありじゃ!」サヤカも頷く。「私も行きます。お爺ちゃんだけだと心配なので…」「わぉん!」チビも尻尾を振る。大野も肩を回した。「俺も行く。この中にずっと居ても暇だしな…。何かの材料でも見つかれば儲けもんだ!」
湊がぽかんと口を開けた。「ふぇっ?」みんなを見る。「みんな行くの?言っとくけど…俺ルナちゃんしか助けないよ?定員一人のルナちゃん専用ステルスパシリだし…」その言葉に全員がニヤッと笑う。
「「「行くの!!!」」」
「あははっ!みんな行く気満々!じゃあ私がこの釘バットでみんなを助けるから!湊は私のことよろしくね♡」「ずるぅぅぅ!」「「「あははっ!!」」」
静かだった市役所の裏口に、再び小さな戦意が灯った。
続




