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第25話 【ステルスと推しとドゥインと空手王者と時々サモエド】


 朝日が薄くカーテンを透かし、柔らかな光がベッドへ落ちていた。ルナはゆっくり目を覚ます。「ん……寝ちゃったか…」裸のまま、湊の胸の上に乗る形で眠っていたらしい。頬を湊の胸に擦りながら身体を起こし、ぼんやりと湊を見る。気持ち良さそうに寝ている湊。


 その顔を見て、ルナの目が止まった。

「……ん?」湊の口の周りが白くガビガビしている。数秒見つめる。「…………」記憶を辿る。昨夜。勢い。テンション。ノリ。顔を押さえて擦り付ける。

「……やべっ」ルナが小さく呟いた。「これ…私のか……?」


 その瞬間、「んぁ……」湊が目を覚ました。目を擦りながらルナを見る。「おはよう♡」寝起きとは思えない笑顔だった。「おっ、朝からセクシーだねぇ〜」


 ルナはじっと見下ろしたまま。「……あの〜」「ん?」「ちょっと大変言いづらいんですが……」「うん?」「すぐに顔、洗った方がよろしいかと……」湊が首を傾げる。「ん?なんで?」ルナは視線を逸らしながら言った。「その……私ので……口周りが……その……ガビガビ……」一瞬の沈黙。次の瞬間。ぺろっ。湊、自分の口元を舐めた。

「うん!ルナちゃんの!」「うんじゃない!!やめろっ!」さらにぺろぺろ。「ほんとにやめろっ!!」「おぉ〜……熟成されてる」「お前っ!!」ルナが枕を投げつけた。「それ賞味期限切れてるから!!」「いやっ!美味い!熟成ルナちゃんスペシャル♡」「腹壊して〇ねっ!!」「ひどっ!」「「あははっ!」」二人は朝から大笑いだった。


◇◇◇


 その後、顔を洗い、着替えを済ませた二人はキッチンで簡単な朝食を取っていた。焼いた魚の残りと白米。昨夜の豪華さに比べれば地味だが、十分贅沢だった。

「ん〜……朝魚うまい」湊が頬張る。「昨日釣ったやつだからね」ルナも箸を動かしながら言う。しばらく黙って食べていたが、不意にルナが口を開いた。


「でさ…」「ん?」「今日、市役所行くんでしょ?」湊の箸が止まる。「あー……行くねぇ」「なんか嫌そうだな?」「そりゃ嫌だよ」「なんで?」「だって絶対めんどくさいじゃん」「まぁ、それはそうだけど…」ルナも素直に頷いた。

「でもさ…心配じゃん?」少し真面目な顔になる。「昨日の様子聞いたら、放っておけないよ」「……うん」湊も分かっていた。ただ、分かっていても、面倒は面倒だった。

「助けられるなら助ける」「助けられなかったら?」「逃げる!」「即答だな」「死にたくないし」それが湊だった。ルナは少し笑う。「よし、それでいい」


◇◇◇


 準備を始める。湊はいつもの軽装。動きやすい服に防犯ブザーをポッケに捩じ込む。最低限だった。

 一方ルナ。「……重装備すぎない?」湊が呆れる。

 厚手のジャケット。手袋。長靴。首元までタオルでしっかりガード。完全防備だった。

「噛まれたら終わりだから」「俺との差すごくない?」「湊は見えないからでしょ?」「それもそうか」ルナはリュックを背負い、木製バットを肩に担ぐ。「準備オッケー」「バットは置いて行きなさい…」「やっぱり…」湊は玄関の鍵を回した。


「さて」ルナが湊の両肩に手を置く。「助けに行きますか!」湊は大きなため息を吐いた。「はぁ……平和に昼寝してからのコスプレ2DAYSしたかった……」「まだ言ってるのか」「当然」ルナは笑いながら湊を見る。「帰ったら続きしてあげるから♡」その一言で、湊の目が輝いた。

「よしっ!市役所救うぞ!!」「簡単すぎるだろ!」

 朝の静かな住宅街に、二人の笑い声が響いた。


◇◇◇


 玄関を出た二人。朝の空気はまだ少し涼しく、空には白い雲がゆっくり流れていた。そしてルナは、目の前の自転車を見て首を傾げた。

「……ねぇ?」「ん?」「後ろに座布団ついてるけど?」荷台の上には、ふかふかのクッションがしっかり括り付けられていた。湊は少し得意げに笑う。

「うん。ルナちゃん用」「私用?」「お尻痛くなっちゃうでしょ?」「……」ルナは一瞬黙った。


「あとこれも!」湊が取り出したのは、大きな薄手のポンチョみたいな布だった。広げると二人分すっぽり隠れそうなくらい大きい。「それって……」「ルナちゃん隠す用!」さらに湊は指差す。「ほら、お尻のとこ見て」裏側には即席の固定ベルト。「抱っこ紐みたいに固定できる!」「……いつの間に作ったの?」「昨日の朝と釣りしてる時!」「いや、そんな暇あったの?」「へへ、色々頑張った」湊のドヤ顔を見てルナが吹き出す。

「ルナちゃん、これなら前回みたいなハプニング回避できるでしょ?」ルナの顔が少し赤くなる。「あぁ……ショッピングモールのあれか…」「うん、あれ」湊がニヤニヤする。「もし前回みたいなハプニング欲しければ……いつでも♡」ルナが少し目を細めた。「……その時はよろしく♡」「いやっ!ほしかったんかいっ!」朝から元気だった。


◇◇◇


 二人は自転車に乗る。湊が前。ルナは後ろ。

 そして大きなポンチョを被せると、すっぽりとルナの姿が隠れた。「おぉ」湊が漕ぎ出す。「完璧!」「ほんとに見えない?」ポンチョの中からルナの声。「うん。全然見えてないと思うよ!」


 颯爽と住宅街を抜ける。ゾンビの横を通っても反応なし。スイスイ進む。数分後、ルナがポンチョの隙間から顔を出した。「すご……全然バレてない」「でしょ?」湊が少し得意げになる。「あと足も俺の方に上げてくれたら完璧かも」「足?」「うん、足に気付かれて追いかけられても困るしね」「あー、そっか」ルナは素直に足を持ち上げる。湊の太ももの上へ乗せた。「これで百パーでしょ!」「密着度高いな…」「ステルス役得ですな♡」「あははっ!普通に喜んでるな」


◇◇◇


 しばらく走る。風が心地いい。静かな時間、、のはずだった。ポンチョの中から、さわ、さわさわ。

「……っ」湊の肩がぴくっと震える。「ルナちゃん!」「ん〜?どうしたぁ〜♡」また、さわさわ。「あっ♡そこは触っちゃダメです」ポンチョの中から笑い声。「あははっ!えっ?ダメ?でも、こっちはそう言ってないよ♡」「それは刺激による生理現象です!」「あははっ!素直だなぁ」「待って!静かにっ!」湊が小声で焦る。「ゾンビ走ってきてた……」

 一瞬、空気が止まる。「……え?」ルナの声が固まる。「……ごめん」数秒後、湊が吹き出した。


「ぶっっ!ウッソよね〜ん!」「……」次の瞬間。「ぎゃっ!?」乳首を思い切り摘まれた。「あひゃひょわぁぁぁぁ!!」自転車がぐらぐら揺れる。「ちょっ、ちょっ!危ないっ!」「次それやったら、ここ千切るかんね!」「ふぇっ!それ、一回限りの最高の快楽ぅぅぅ!」「バカ!意味分かんない!」ルナが呆れた声を漏らす。「はぁ……」深いため息。「君にはお仕置きの意味がないな……」その言葉を食い気味に湊は笑いながら前を見て言った。「ルナちゃん……着いたよ」


 ルナがポンチョからぴょこっと顔を出す。その瞬間。「……っ」笑顔が消えた。目の前に広がっていたのは、地獄だった。市役所を取り囲む大量のゾンビ。倒れたバリケード。血の跡、怒号、悲鳴、呻き声。昨日より明らかに悪化していた。さっきまでの笑い声が嘘みたいに、空気が重かった。

「これ……やばいね」ルナが小さく呟く。湊も静かに頷いた。「うん。昨日より増えてる…」そして二人は、その地獄を見つめた。


◇◇◇


 一度、二人は市役所から距離を取った。少し離れたコンビニ跡の物陰。二人は自転車を止め、様子を窺っていた。

「……で?どうしようか?」湊がルナを見る。ルナは無言で腕を組む。湊はさっき見た光景を思い返していた。倒れたバリケード、押し寄せるゾンビ、叫び声、血。

「ルナちゃん……」「ん?」「あの状況で俺たちに何かできる?」珍しく真面目な声だった。ルナもすぐ答えられない。「……」数秒沈黙。そして小さく息を吐いた。「ふぅ、……なるほどね」「ん?」「湊はあれ見せたかったんだね…」「……うん」湊は静かに頷いた。

「きっと俺が音を立てても数十体しか釣れない」「うん」「中に突っ込んでも一人ずつしか運べない」「うん」「しかも、俺はルナちゃん以外は抱っこしたくない」「はぁ?……」ルナは呆れた。「凝り固まった一途すぎるな……」湊は少し照れる。「いや、そんなに褒めなくても♡」「まぁ、褒めてるっちゃ褒めてんだけど……」ため息が混じった。「でもさ、中に入って事情は聞きたいよね」「そうだねぇ」


 その時だった。ピロン♪「ん?」ルナがスマホを見る。「お?電波復活中?」画面を見る。差出人はサヤカだった。

『お爺ちゃんと卵持って行きたいんですけど、家どこですか?』「サヤカちゃんだ。タイミングよ」ルナがすぐ返信する。『今家いない。市役所でゾンビ見てる』数秒後。すぐ返ってきた。『了解!今から行きます』「えっ?」ルナが声を上げすぐ打ち返す。『来るの!?ゾンビいっぱいいるよ!?』返信がすぐ来る『お爺ちゃんが大丈夫って言ってます』「「………」」二人は顔を見合わせた。「嫌な予感しかしないんだけど…」「うん…分かる」


◇◇◇


 数十分後。遠くからエンジン音が聞こえた。ブロロロロロロ!!一台の軽トラが砂煙を上げながら市役所前へ突っ込んでくる。ゾンビの群れを強引に割りながら急停車。「「……来た」」二人の顔が固まる。

 助手席のドアが開く。降りてきたのは制服姿のサヤカ。運転席からは革ジャンにティアドロップサングラス。腕組みした豪鉄。さらに荷台から飛び降りる白いサモエド。チビ。「お爺ちゃん…何人か轢いたよ…」「んっ?どうせ噛みついてくるじゃ、かまわんだろ!ぐははっ!」


「「……」」二人の沈黙の中湊が口を開いた。

「ドゥインが過ぎるって……」「うん、今回は否定しない…」「あれさ、もう意識してなきゃ、あぁはならないって」その言葉にルナも頷く。「……あれはやってんな」即断だった。


 ルナはすぐスマホを打つ。『私たち物陰にいる。こっち来て』すぐ返信。『はい。でも、お爺ちゃんがゾンビに少し教えてやるって言ってます』「……は?」「……は?」二人同時だった。


 その瞬間、ゾンビたちが豪鉄たちへ向かって動き出す。「ぁぁぁぁ……」「ぅぅぅ……」十数体が一斉に囲む。だが、豪鉄が革手袋をギュッと締めた。


「ほぉ、向かってくるか?」ニヤリ。両手で二体のゾンビの頭を掴む。ぐしゃっ。「ぁぁっ!?」ゾンビがもがく。逃げられない。「なんじゃ?痛そうなフリして?」豪鉄が笑う。涙目のゾンビ。「このまま頭弾けるか?」ゴチンッ!!二体の頭を勢いよくぶつける。そのまま転がった。湊とルナは無言で見つめる。


 その横、サヤカにも一体迫る。腕を振り上げるゾンビ。しかし、サヤカの目が変わった。すっ。攻撃を流す。鳩尾へ正拳突き。ドンッ!!ゾンビがくの字に折れる。下がった頭へ、バシィィィッ!!綺麗なハイキック。吹っ飛ぶ。「「えっ!?」」湊とルナが声を漏らした。


 さらに、チビ。「わんっ!!」跳ぶ。回る。ドロップキック。ドゴォッ!!ゾンビ一体吹っ飛ぶ。そして湊がぽつり。「ねぇ、ルナちゃん?」「うん…」「もしかしてゾンビって弱いの?」ルナは笑った、少し引き攣りながら。「あはは……私もそう見えてきたよ」


◇◇◇


 ゾンビを軽々といなしながら、豪鉄たちはその場を離れていく。倒すというより、押し流す。そんな動きだった。「早く!こっちこっち!」物陰からルナが手を振る。豪鉄たちはそのまま湊たちの隠れていたコンビニ跡へ辿り着いた。サヤカが笑顔で駆け寄る。

「お久しぶりです〜!」「久しぶり〜」ルナが手を振る。その瞬間、「わんっ!!」「うおっ!?」チビが湊へ飛びかかった。綺麗なドロップキック。鳩尾に入る。「ぐほっ!!」湊が吹っ飛ぶ。「なんでぇぇぇぇ!?」地面を転がりながら叫ぶ。チビは笑顔で唸る。「ぐるるるる……」「俺はゾンビじゃねぇ!!」湊が抗議する。チビはさらに前足を上げる。「二発目?やめて!?ごめんって!!」「あはは!何に謝ってんの?」ルナが呆れる。


◇◇◇


 ひと通り落ち着いたところで、サヤカが軽く頭を下げた。「さっきはちょっと驚かせちゃいましたね」「いや、ちょっとじゃない」湊が真顔だった。「みんな、強すぎない?」サヤカは少し照れたように笑う。「お爺ちゃんに言われて、小さい頃から空手やってたんです」「へぇ〜」「一応、日本一になったことあります」「ぐはは!未だ無敗のチャンピオンじゃ!」「「……え?」」湊とルナの声が揃う。


「日本一?」「はい」「そんな事、軽く言うな!」湊がツッコむ。「それ先に言って!」「言う機会なくて……」「普通ないよ!」ルナも笑った。「納得だわ」


 そしてルナが市役所の方を見る。遠くから今も怒号が聞こえていた。「実はね」ルナが説明を始める。昨日、湊が見たこと。さっき確認したこと。中にまだ生存者がいること。助けを求めていること。全部話した。サヤカと豪鉄の顔も真剣になる。

「そんなことが……」豪鉄は腕を組んだまま静かに聞いていた。話が終わる。数秒の沈黙。


 そして、豪鉄がニヤリと笑った。「よし!」低い声。「儂が引き受けた」「えっ?」湊が目を瞬く。豪鉄は親指で市役所を指した。「道は儂がが作る」その目が鋭く光る。「ぐっはっはっ!久々に沸るのぉ」背筋がゾクッとするような圧だった。

「……」湊が小声でルナに囁く。「やっぱドゥインジョンソンだって」「まだ言う?」「いや、もう確信した」ルナが吹き出す。

 サヤカも笑う。チビは尻尾を振る。そして豪鉄は拳を鳴らした。ゴキッ。市役所から響く悲鳴。押し寄せるゾンビ。

 その地獄へ向かうため、今ここに奇妙で最強な即席パーティーが結成された。



            続

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