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第23話 【魚釣って帰ったら推しが板前コスプレでいなりを握る約束をしてくれました】


 チュンチュン、、窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえる。まだ朝日が昇ったばかりの早朝。湊はそっと目を開いた。


「んぅ……」ルナの胸元で目を覚ます。ルナは気持ち良さそうに眠っている。柔らかな寝息。穏やかな寝顔。起こさないように布団から抜け出そうとすると「んっ、……どこ行くの?」目を閉じたままルナが呟いた。「おっ、」 湊は思わず肩を跳ねさせる。「ごめん、起こしちゃった?」


「半分だけね〜……あと寝起きに揉みすぎ♡」「えへへ、ごめん。釣り行ってこようと思って…」ルナは眠そうに目を細めた。「今日、釣り行ってくれるの?」「うん」湊は小さく笑う。「昨日、寝る前に魚食べたいって言ってたでしょ」「うふふ♡ありがと〜」ルナは嬉しそうに頬を緩めた。そして再び目を閉じる。


「でもさぁ……」「ん?」「湊って元フルニートなのに朝強いよね」「元フルニート言うな」湊が苦笑する。「別に働きたくなかったわけじゃないんだよ」「ふぅ〜ん?」「働く意味が分からなかっただけで……毎日同じことの繰り返しでさ。何のために生きてるんだろうな〜って」静かに目線を落とす。静かな声だった。


 だが、ルナには通用しない。「はいはい」ルナは布団を被った。「朝から重い話は聞きません☆」「えっ?ひどくない?こっから俺の過去回想は?」「嫌っ!二度寝で怖い夢見ちゃうから♡」「「あははっ!」」思わず湊も笑う。


「気が向いたら帰って来てから聞くかも〜」「それ、絶対聞かないやつだ」「あははっ!バレた?」布団の中から楽しそうな笑い声が聞こえた。湊は肩を竦める。「それじゃ、行ってきます」「うん」ルナは眠そうに手を振る。「気を付けてね♡」そして何かを思い出したように顔を上げた。


「あっ!」「ん?」「帰りにブリーチ買って来てくれる?」「ブリーチ?単行本?」湊が首を傾げる。「違う!プリンが気になっちゃってさ〜」「えっ?プリン?」数秒考える。「髪の毛!」ルナが笑った。「生え際!黒い!」「あぁ!」ようやく理解する。「そっちか!」「私は金髪じゃなきゃ嫌なの〜」前髪をつまみながら不満そうに唇を尖らせる。

「女には色々あるのだよ…湊君」「なるほど」湊は真面目な顔で頷いた。「分かった!プリン買ってくる」「はいっ!分かってなぁ〜いっ!」「あははっ!ブリーチ買ってくる」「うむ!よろしい」二人は顔を見合わせて笑った。


「それじゃ本当に行ってきます」「はーい!いってらっしゃ〜い♡」ルナは再び布団へ潜り込む。数秒後には規則正しい寝息が聞こえてきた。「熟睡、早っ」湊は苦笑しながら部屋を出た。


◇◇◇


 外へ出ると、ひんやりとした朝の空気が肌を撫でた。太陽はまだ低い。街は静かだった。遠くでゾンビがふらふらと歩いている姿が見える。だが、この時間は比較的おとなしい。


「よし!」湊は倉庫代わりに使っている物置から釣り竿を取り出した。リールを確認。餌箱を確認。飲み物も確認。「完璧!」満足そうに頷く。そして愛用の自転車へ跨った。


「本日のミッションは魚の確保とブリーチの回収。スーパーエリートパシリ、出発です!」誰も聞いてないのに一人敬礼して出発する。ペダルを踏み込む。朝日を背に受けながら、自転車は静かな街を走り出した。


 目指すは海。ルナが食べたいと言った魚を釣るために。


◇◇◇


 海へ到着した頃には、太陽もすっかり顔を出していた。波は穏やかだ。潮風が心地いい。

「よしっ」湊は自転車を降りる。いつもの堤防へ向かう。そして、「あっ」思わず笑った。

「お前!まだいたんかいっ!」堤防の先。そこには見慣れた背中があった。前回一緒に釣りをしたゾンビ。


 通称、釣りゾンビ。親友と呼んでる。今日も律儀に海を眺めている。


「あははっ」湊は近付いていく。「おはよう!」声を掛ける。「どう?釣れてる?」ゾンビは湊の声に反応してゆっくり振り返った。「ぁぁぁぁ……」相変わらずだった。「だよね〜」湊は笑う。そして自分の釣り竿を差し出した。「はい、今日も頑張ろうね〜」ゾンビはそれを受け取る。素直だった。なぜか釣り関係だけは素直なゾンビだった。「よし」湊も隣へ腰を下ろす。二人並んで海を眺める。なんとも不思議な光景だった。


◇◇◇


 しばらくすると、ピクッ。浮きが沈んだ。「おっ!」湊が竿を持ち上げる。魚だ。中々のサイズ。

「よいしょ!」銀色の魚が海面から飛び出す。

「やった!」バケツへ放り込む。すると、隣のゾンビも竿を引き始めた。


「おっ?かかってる!」ググググッ。中々の引き。「それ魚か?」ゾンビは必死に巻こうとしている。そして巻いてないのに海中から現れたのは、「うわっ」溺れたゾンビだった。海中から引っ掛けたらしい。湊は苦笑しながら、慣れた手付きで竿を交換した。


「はぁ、はい、君はこっち」「ぁぁ……」ゾンビは素直に受け取る。「お前ゾンビばっか釣るから、釣って欲しいのは魚だから」なぜか理解したように頷いた様に見えた。


◇◇◇


 その後も釣りは続いた。魚。魚。魚。たまにゾンビ。また魚。また魚。「穴場じゃんここ」湊は笑った。気付けばバケツの中は魚だらけだった。


◇◇◇


 昼頃。太陽が頭上まで昇った頃には、バケツはいっぱいになっていた。「あっはっはっ!大漁だなぁ」湊は満足そうに頷く。「ルナちゃん喜ぶぞこれ」隣を見る。釣りゾンビは相変わらず釣りを続けていた。


「あははっ!ここ本当に穴場だね」湊が笑って話しかける。すると、「ガァァァッ!」ゾンビが湊の声に反応して突然噛み付こうとした。「おっと」湊は頭を軽く叩く。ペシン。“痛っ”みたいな顔になるゾンビ。

「じゃれるな!じゃれるなっ!」「ぁぁ……」釣りゾンビは訳も分からず少しだけしょんぼりした。

「また来るからさ」湊は立ち上がる。バケツを持つ。「ここ守っといてね♪」そう言って背を向けた。


 湊が帰ろうとしたその時だった。ガタッ。「ん?」音がした。振り返ると釣りゾンビが立ち上がっていた。

「どうした?」珍しい。いつもなら堤防から動かない。だが今日は違った。ゆっくりとどこかへ歩き出す。「……?」湊は首を傾げる。釣りゾンビが歩き出したその先を見て、そして固まった。


「は?」思わず声が漏れる。遠くの道路。そこにゾンビたちが並んでいた。一体や二体ではない。二十体。三十体。それ以上。まるで行進するように、同じ方向へと規則正しく歩いている。「なんだあれ……」湊は目を細めた。今まで見たことがない。今までのゾンビは基本的に適当だ。フラフラ歩き、音へ寄る。止まる。ぶつかる。そんな単純な生き物だった。だが、あの集団は違う。目的地があるように見える。


「ふぇ?団体ゾンビ……?」思わず呟く。そして、湊の悪い癖が発動した。「う〜ん、気になるなぁ……」興味が勝った。危険よりも好奇心が勝った。

「……よし」バケツを持ち直す。「まだ早いしちょっとだけ見てみるか」釣りゾンビもその列へ加わっていく。湊は少し距離を取りながら歩き始めた。ゾンビたちの後を追って。


◇◇◇


 湊は自転車に跨りながら、ゾンビたちの後をついて行っていた。近付きすぎず。離れすぎず。絶妙な距離感である。「ん〜……」ペダルをゆっくり漕ぎながら独り言。「どこ行くんだろうね君たち」前方では三十体以上のゾンビが同じ方向へ歩いている。

「まさかこの先にゾンビの楽園でもあるの?」もちろん返事はない。「それともゾンビ界のカリスマ的存在とか?」少し考える。「いやいやいや、まさか夏フェス?」自分で首を振った。「んなわけねぇだろ!」さらに首を振る。「バカタレかっ!」自分で言って自分でツッコむ。完全に独り言の極みだった。


◇◇◇


 しばらく進んだ先で、湊は思わずブレーキを握った。「うわっ……なにこれ…」目の前に現れたのは三階建ての大きな建物だった。しかし普通の建物ではない。建物には市役所の文字。周囲には机。車。鉄パイプ。家具。様々な物が積み上げられ、二メートル以上の即席バリケードになっている。まるで砦だった。


 そして、、「おいっ!左入ってくるぞ!!」怒鳴り声。「そっちに人回せ!!」別の声。「こっち抜かれるぞ!!」悲鳴混じりの叫び。バリケードの上では大人たちが必死に戦っていた。棒で叩く。蹴り飛ばす。押し返す。集まってくるゾンビを必死に遠ざけている。まるで映画やゲームで見るような光景だった。


「うわぁ……」湊は遠くから眺める。「ガチじゃん……」少し引いていた。「怖っ……」正直な感想だった。


◇◇◇


 暫くその様子を眺める湊。ゾンビは増え続けている。道路。路地。建物の影。様々な場所から集まってくる。まるで何かに引き寄せられているみたいだった。そして市役所の中から再び声が響く。

「持ち堪えろ!!」怒鳴るような声。「もう少しで国が助けに来る!!」誰かを励ますように。「だからみんな持ち堪えろ!!」泣き叫ぶ子供の声。女性の叫び声。怒鳴る男性。みんな必死だった。


 その言葉を聞きながら、湊はしばらく考える。


「ん〜……」市役所。たくさんの生存者。バリケード。集まるゾンビ。ステルスな自分。色々な情報が頭の中を巡る。


 そして、湊の出した答えは、、「まぁ……」ぽりぽりと頭を掻く。「俺がガチムチチート主人公だったら助けに行くんだろうけど」遠くの戦いを見る。「勝手なことするとルナちゃんに怒られるしなぁ」容易に想像できた。『危ないことするなっ!』と怒る姿が。


「あははっ」思わず笑う。「うん!」結論は早かった。「帰ってお刺身食べながら相談しよう☆」くるりと自転車の向きを変える。そして来た道を自転車で戻り始めた。


◇◇◇


 帰り道。ちらほらとゾンビたちが市役所方面へ歩いていく。「おぉ〜」湊は眺める。「本当に市役所に集まってるんだなぁ」だが近付かない。追いかけない。今度は素直に帰宅を優先する。

 途中でコンビニへ寄り道した。「ブリーチっと」ルナから頼まれた物を確保。「あとお菓子も」ついでに回収。ぬるい水も手に取り臭いを嗅ぐ。「うん…まだ飲めるっしょ…」と一気飲み。そして魚の入ったバケツを押さえながら自転車を漕ぎ、家へ向かった。


◇◇◇


「ただいま〜☆」玄関を開ける。すると、「へいっ!お待ち!」聞き慣れない声が飛んできた。

「何から握りやしょう♡」ルナの姿を見て湊は固まる。「…………」数秒。「黒糖いなりで♡」即答だった。「ぶはっ!ノリいいなっ!」ルナが吹き出す。「お客様、それは夜限定でぇ〜い♡おかえり!」「あははっ!ただいま!」湊も笑う。そしてバケツを持ち上げた。「ほらっ!今日もちゃんと釣れたよ〜」


「うわぁっ☆」ルナの目が輝く。「お魚っ♪」ぱたぱたと駆け寄る。「お魚♪お魚♪」完全に上機嫌だった。「てかさ、なんで板前さんの格好なの?」湊が首を傾げて聞く。「ん?」ルナは胸を張った。


「だっていつも同じキャミソール一枚じゃ飽きるだろ?」「なるほど…あれ、エッチで好きなんだけど…」「知ってる♡でも!今日はコスプレでぇ〜い♡」得意げだった。湊は少し考える。「今さ…DAYとでぇ〜い掛けた?」「おっ?お客さん通だね!」「あははっ!もしかして夜もコスプレでぇ〜い続行ですか?」ルナは一瞬だけ黙る。そして、「……はい♡お好きな注文を言ってください…体位も可能です♡」「大好き♡」「「あははっ!」」二人で笑う。


「よしっ!」ルナが魚を持ち上げた。「今日は豪華ご飯だ!手伝ってね」「おっ!了解♪」「たくさん釣って来てくれてありがとね」「どういたしまして」ほっぺにチュッとするルナ。湊は笑う。


 市役所のこと。集まるゾンビたちのこと。気になることは沢山あった。でも今は、、


「さぁ、準備してご飯にしよう☆」ルナのその笑顔の一言が一番大事だった。だから湊も笑って頷く。「うん!」


 今日の夕飯のメニューは板前の推しと魚づくしだった。



            続

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