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第21話 【チビと言う名前のサモエド白熊に飛び蹴りされた話】


 コケコッコーーーッ!!朝日と共に、養鶏場へ元気な鳴き声が響き渡る。

 しかし、、「すぅ……」「んにゃぁ……」リビングの布団では、湊とルナがまったく起きる気配を見せていなかった。

 外では豪鉄がすでに仕事を始めている。「よぉしよしよし」鶏小屋を回り、餌を補充する。掃除をして、卵を回収して、設備を点検する。朝日を浴びながら働くその姿は、昨日の豪快な宴会の主とは思えないほど手慣れていた。「おっ、今日もよう産んどるな」籠の中へ卵を入れながら豪鉄が笑う。


◇◇◇

 

 やがて家の方から香ばしい匂いが漂い始めた。

 卵焼き。味噌汁。焼いた鳥肉。朝の空腹を刺激する匂いだった。


◇◇◇


「んぅ……」最初に反応したのは湊だった。


 布団の中で目を閉じたまま、ルナの胸元でもぞもぞ動く。「すぅ〜、ルナちゃ〜ん……♡」「ん〜……胸の匂いで私を確認すんな…」隣のルナも寝ぼけながら反応する。もぞもぞ。もぞもぞ。

「……あったかい……」「うん……」互いに布団の中でくっつく。まだ完全に寝ている。半分夢の中だ。「んへへ……」「ふふ……よしよし」二人とも幸せそうだった。


 今にも始まりそうなその時だった。「ゴホンッ!」わざとらしい咳払い。「「…………」」二人の動きが止まる。ゆっくり顔を上げる。そこには腕を組んだサヤカが立っていた。「それ以上は……私には刺激が強すぎます」「「ごめん……泊まってるの忘れてた……」」綺麗に声が揃った。


 次の瞬間。「グッハッハッハッハ!!」キッチンから豪鉄の豪快な笑い声が飛んできた。「若いのぉ!!」「違うんですって!」「何が違うんだ何が!」「全部です!」「全部ではないだろ!」朝からリビングに笑い声が響いた。


◇◇◇


 しばらくして四人は食卓を囲んでいた。テーブルには朝食が並ぶ。卵焼き。味噌汁。漬物。炊き立てのご飯。そして大量の鶏肉。


「「「「いただきます!」」」」四人で手を合わせる。「やっぱっ、うまっ!」湊が目を丸くした。「TKGうまっ!!」「採れたてだからな!」豪鉄が胸を張る。「朝ごはんまで頂いちゃってありがとうございます」湊はご飯を頬張りながら笑った。「ルナちゃん、なんか旅行来たみたいだね〜」「あははっ!そうだね。終末世界の旅行先が養鶏場ってのも凄いけどな」ルナが笑う。「でも本当ありがとうだよね〜」「うん。そうだね〜」湊も頷く。


「そうだ!米とか日用品とかショッピングモールで持って来た物で必要な物、後で分けて置いていくよ」「おぉ!」豪鉄が嬉しそうに笑った。「助かるわ!コーヒーも貰えると嬉しいのぉ!」「オッケー。スーパーエリートパシリの俺が居るので問題無し!☆」「あははっ!自分で言うな!気に入ってんのか?」ルナが即座にツッコむ。「事実だから!」「冗談で言ったんだよ!認めるな!」朝食は終始そんな調子だった。


◇◇◇


 食事を終える。豪鉄はキッチンへ。サヤカは教科書を広げる。ルナは食器を持ち上げた。

「私洗い物手伝うよ〜」「おっ、助かる」豪鉄が笑う。キッチンではルナが洗い物を始めた。


 一方その頃。「ん〜……」サヤカが教科書を睨んでいた。「んっ?難しいやつ?」湊が後ろから覗き込む。「数学です……」「どれどれ」湊は教科書を見る。「あぁ、これね」そして鉛筆を手に取った。

「ここをこう考えると簡単だよ」「……え?」「ほら」さらさら。数式を書いていく。「それで、この式を先にまとめると、、」「あっ!」サヤカの目が開く。「分かった!」「でしょ?」「すごい!塾の先生みたい!」

 

 その様子を見ていたルナが声を掛けた。

「なになに?」「ん?」「勉強できるの?」湊は少し照れ臭そうに笑う。「あははっ。勉強だけはね」「へぇ〜」「父さんがそういう人だったから」一瞬だけ表情が堅くなる。


 だが、「なんかその話し重くなりそうだから聞かねっ!」ルナ即終了。「えっ?ひどっ!」「酷くない!聞いたら絶対泣く話じゃん!」「あははっ!」湊も笑った。「後でベッドでたっぷり聞かす」「えー!寝ちゃいま〜す」「なんでだよ!」サヤカまで笑い始める。穏やかな朝だった。


◇◇◇


 その時、玄関が開く音がした。

「おーい、あんちゃん、手空いてるか?」豪鉄が顔を出す。「ん?空いてますよ。どうかしましたか?」湊が振り向く。豪鉄は親指で外を指した。「野菜取りに行くから手伝え」「野菜?」「家の畑だ」ニヤリ。

「こんな世の中でも、鶏と野菜は休んでくれんからな」湊も立ち上がる。「了解!」「よし来い!」豪鉄が笑う。そして湊は養鶏場の外へ向かった。湊はまだ知らない。豪鉄の畑が、想像以上に規格外だということを。


◇◇◇


 家の裏手へ回る。豪鉄は何度も周囲を確認しながら進んでいた。金網の外。養鶏場のさらに奥。金網を抜けると景色が開けた。

「こっちだ」「おぉ〜」湊が思わず声を漏らす。そこには畑が広がっていた。

 トマト。キュウリ。ナス。ピーマン。枝豆。じゃがいも。初夏の野菜たちが朝日に照らされている。


「すげぇ……」湊は感心したように見回した。「終末世界とは思えないな〜」「がははっ!人は食わんと生きられんからな」豪鉄は笑う。「鶏だけじゃ栄養偏るしの」そう言いながら収穫用のカゴを手に取った。


「悪いが周り見ていてくれるか?」「了解」

「噛まれて仲間入りなんて嫌だからな」「それは俺も嫌だなぁ」湊は笑いながら周囲を見回す。豪鉄は作業を始めた。野菜を見極める。収穫する。カゴへ入れる。どれも手慣れた動きだった。


「なるほどなるほど」湊はその様子をじっと見ていた。数分後。「豪鉄さん」「ん?」「大体覚えた」「は?」「あと俺がやるよ」豪鉄が目を丸くする。「いやいやいや」だが湊はすでに畑へ入っていた。


 収穫。選別。カゴへ。意外と手際が良い。

「ほぉ〜、ちゃんと出来てるな」豪鉄が腕を組む。「あんちゃん!物覚えいいな」バシバシッ!「いたっ!」湊が肩を押さえる。「力強っ!!」「グッハッハッハ!」豪鉄は豪快に笑った。


◇◇◇


 しばらくすると、畑の向こうに蠢く人影が見え始めた。「ぁぁぁ……」「ぅぅぅ……」ゾンビだ。畑仕事の音と二人の会話に反応したのだろう。少しずつ集まり始めている。

「やっぱ作業してるとあいつら寄ってくるなぁ……」豪鉄が眉をひそめた。「よし!」カゴを持ち上げる。「今日はここまでだ」その時だった。「どこまでやる予定でしたか?」湊が聞いた。

「ん?一応この列の端までのつもりじゃが……」豪鉄が答える。そして言葉が止まった。湊が満面の笑みを浮かべていたからだ。


「まさか……」「うん!」サムズアップ。「あいつらがいくら集まっても俺なら大丈夫なんだなぁ〜!」「…………ほんとうか…?」豪鉄が数秒固まる。


 そして、「グッハッハッハッハッハ!!」畑中に響く大笑い。「そうだったな!」肩を叩く。「なら、頼んだぞ!」「へいっ!お任せあれ〜!」豪鉄は笑いながら家の方へ戻っていった。


◇◇◇


 それからしばらく、湊は一人で収穫を続けた。

「トマトよし」ポイッ。「キュウリよし」ポイッ。「ナスよし」ポイッ。周囲には蠢くゾンビ。しかし誰も湊を認識しない。


 近くを通っても無反応。時折り邪魔され、湊頭を叩く。ゾンビキョロキョロ。「あははっ!便利すぎるなぁこの能力」思わず笑う。


 そろそろ終わりが見えてきた頃だった。

「バウッ!」「んっ?」後ろから元気な声。振り向く。「おっ!チビちゃん!」チビだった。真っ白な大型犬、サモエド。今日も元気いっぱいである。

「お前こんな所まで来たの?」「バウ!」尻尾ぶんぶん。笑顔全開。「早く帰らないとゾンビに噛まれるぞ〜」湊が心配そうに言う。すると。チビはニコ〜ッと笑った様に見えた。「いや絶対分かってないだろ!」


 その直後だった、チビが駆け出した。

「お?」畑の外へ飛び出す。そこには数体のゾンビ。「ぁぁぁ……」だが、チビは軽快だった。

 ひょい。ひょい。ひょい。ゾンビの手を軽々回避する。

「フットワーク速っ!」湊が目を丸くする。さらにチビは、「バウッ!」「ぁぁ?」「バウバウッ!」なぜかゾンビたちの周りを走り回り始めた。右へ。左へ。前へ。後ろへ。気付けばゾンビたちが一箇所へ集まっている。「えっ?」湊が固まる。「もしかして誘導してる?」次の瞬間、チビが勢いよく助走をつけた。


 そして、ドォォォン!!体当たり。いや、ほぼドロップキックだった。まるでボーリングの様にゾンビ数体がまとめて吹き飛ぶ。

「ぇぇぇぇぇ!?ストライク?」湊の声が裏返る。チビは大喜び。吹き飛んだゾンビの周りを走り回る。

「バウバウッ!」完全に遊んでいた。「…………」湊はしばらくその光景を見つめた。


 そして、「野生ってたくましいなぁ……」ぽつりと呟く。


◇◇◇


 収穫も終わった、カゴは野菜でいっぱいだ。

「よし」湊が立ち上がる。「終わったから帰ろう!」その声に反応したチビが振り返る。尻尾ぶんぶん。笑顔。そして、全力疾走。「おっ?」湊が首を傾げた。

 次の瞬間。ドゴォッ!!「うぉぉぉぉぉいっ!!」ドロップキックだった。見事で綺麗なドロップキック。湊がその場に転がる。「俺はゾンビじゃねぇぇぇぇ!!」「バウッ?!」チビは楽しそうだった。その顔はまったく反省していなかった。


◇◇◇


 野菜の入ったカゴを抱えながら、湊はチビと一緒に家へ戻った。「ただいま〜……」どこか疲れ切った声だった。ガラリと扉を開ける。すると、「ぐごぉぉぉぉ……」豪鉄の豪快なイビキが響いていた。ソファでは豪鉄が腕を組んだまま爆睡している。「寝てる……」湊が苦笑する。


 一方その隣では、「へぇ〜、今ってそうやってメイクするんだ?」「そうなんです〜。ここをこうするとね!」「私の頃はね…こうやって…」「あっ、そっちもいいですねぇ〜♪」ルナとサヤカがお化粧の勉強会を開催していた。雑誌やコスメがテーブルいっぱいに並んでいる。まるで終末世界とは思えない光景だった。


 湊はそのまま力なく部屋へ入る。「ただいま〜……帰りましたよ〜」ルナは振り返りもせず手を振った。「おっ!おかえり〜」そして何気なく振り返る。


「ん?」数秒停止。「……え?」さらにもう一度見る。「えっ!?」勢いよく立ち上がった。

「なにっ!?」湊の服は土まみれだった。髪にも葉っぱが付いている。「どうした!襲われたの!?」「えっ?」「ついに湊のこと見える奴が出たの!?」「違う違う違う!」湊は慌てて首を横に振る。そして無言で後ろを指差した。みんなの視線が移動する。


 そこには。「バウッ!」満面の笑みのチビ。


「「「…………」」」数秒の沈黙。そして、「ぶはっ!!」最初に吹き出したのはサヤカだった。「チビぃぃぃ!!」ルナも爆笑。「何やったんだお前!」「バウッ!」本人は誇らしげである。「畑でドロップキックされた……」湊が遠い目をする。「しかもリアクションが気に入ったのか何回も……」「あははっ!ドロップキックって犬がするもんなの?」「俺も今日、初めて知った」再び笑いが起きる。

 その笑い声で、「んん……」豪鉄が目を覚ました。「なんじゃ騒がしい……」目をこする。そして土まみれの湊を見る。「おっ?」「おっ?じゃないですよ!」湊が即ツッコミ。「チビにやられました!」「グッハッハッハッハ!!」豪鉄大爆笑。「遊び相手に気に入られたな!」「そんな歓迎いらない!」「バウッ!」チビは嬉しそうだった。


◇◇◇


 それからしばらく、笑ったり話したりしているうちに、窓の外は夕焼け色へ変わっていた。空は赤く染まり、養鶏場も優しい光に包まれている。湊は時計代わりのスマホを見た。「ん〜」立ち上がる。「さぁ、ルナちゃん、そろそろ帰りますか?」その言葉にルナも頷いた。「そうだね〜」伸びをする。「あんまり長居すると、居心地良すぎてここに住んじゃいそうだから☆」ぺろっと舌を出した。

「あははっ!住めばいいじゃろ」豪鉄が笑う。「飯も肉もあるぞ」「危ない、揺らぐ、揺らぐ!」ルナが首を振る。「本気で悩むからやめて☆」


 すると豪鉄が立ち上がった。「ちょっと待っとれ」キッチンの方へ消える。数分後。両手に大きな袋を抱えて戻ってきた。「ほれ!」どさっ。重そうな音が響く。「えっ?」湊が袋の中を見る。そこには、綺麗に処理された鶏肉。そして袋から溢れそうなほどの野菜。「「こんなにぃ!?いいんですか!?」」思わず声が揃う。


 豪鉄は胸を張った。はち切れそうな大胸筋が存在感を放つ。「おう!また無くなったらいつでも取りに来い!」豪快な笑顔。

 湊とルナは顔を見合わせる。「ありがとうございます!」「助かります!」深々と頭を下げた。


◇◇◇


 別れの時間が来た。「「また来ますね〜」」「おうっ!いつでも来い!」「勉強とメイク教えてくれてありがとうございました!」サヤカも笑顔で手を振る。


 チビは尻尾をぶんぶん振っていた。「バウッ!」「おいっ!次はドロップキックは禁止だからな!」「バウッ!」分かっていない顔だった。


◇◇◇


 ジープは養鶏場を後にした。夜になりそうな道を走る。車内には今日貰った野菜と鶏肉。ショッピングモールから持って来た荷物で溢れていた。そして心地良い疲労感。気付けば見慣れた自宅へ到着していた。


 空はすっかり夜になっている。「ふぅ〜」湊が大きく伸びをした。「さぁて」ニヤリと笑う。「荷物下ろして、ご飯食べて、お風呂入って……♡」鼻の穴が少し膨らんでいる。ルナは呆れたように笑った。「いやいや…鼻の穴膨らませすぎ」「えっ?」湊が振り返る。「今日、しないの?」「…………」ルナは数秒黙った。そして、「……いや、するけど♡」「よっしゃぁぁぁ!」「あははっ!」「はははっ!」二人の笑い声が夜の家へ響く。


 終末世界。だけど今夜も、この家だけは平和だった。



            続

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