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第20話 【助けた女子高生を家まで送ったら鳥と白熊と強面の爺さんが待っていた】


 ジープはゆっくりと養鶏場の敷地へ入っていった。

 高い金網。何重にも張り巡らされたフェンス。

 そして至る所に立てられた警告看板。


【触ると感電】【無断侵入禁止】【猛犬に注意】


「いやぁ……」湊がハンドルを握りながら呟く。「ここ本当に養鶏場?」「私も同じこと思ってる」助手席のルナも苦笑する。

 するとサヤカが周りを警戒しながら車から降りた。

「ちょっと待ってくださいね」金網の脇に設置されたスイッチを操作する。カチッ。ブゥゥゥン……。低いモーター音と共にフェンスがゆっくり開き始めた。


「おぉ、湊、自動ドアだ」「養鶏場ってこんなハイテクなの?」「知らない……」二人は顔を見合わせる。そしてサヤカに誘導されるまま、さらに車を奥へ進めた。


 その時だった。「ん?」ルナが窓の外を見る。「どうした?」「奥からなんか来てる」「え?お爺ちゃん……」遠く、建物の陰から大きな人影が現れた。走ってくる。ものすごい勢いで。ドドドドドドドッ!!


 地面が揺れているように見える。土煙すら上がって見える。

「えっ」湊の顔が引きつった。「なんか…デカくない?」「デカい!」「ゾンビ?」「デカすぎない?」人影はどんどん近付いてくる。しかも速い。


「やばっ!サヤカ外!」ルナがシートベルトを外す。「サヤカちゃん!」湊も慌ててドアを開けた。「「後ろっ!!」」二人の叫び声。サヤカは反射的に振り返る。そして。「…………」「…………」固まった。


 そこにいたのは。スキンヘッド。筋骨隆々。身長も横幅も規格外。まるで岩がそのまま動いているみたいな男だった。


「サヤカぁぁぁぁぁ!!」大男が叫ぶ。次の瞬間。サヤカを豪快に抱きしめた。「生きとったんかぁぁぁ!!」「ぐえっ!お爺ちゃん痛い!」「がははっ!心配したぞぉぉぉ!!」「苦しい苦しい!」その光景は完全に孫を溺愛している祖父だった。


 湊とルナは呆然と見つめる。そして湊がぽつりと呟く。「ド○ェイン・ジョンソンだ……」ルナが即座に足を蹴った。「やめろっ!」「いてっ!」「それにしか見えなくなるだろ!」「だってもう見えてるもん!」「私もそう見え始めちゃったじゃねぇかよ!」二人は小声で言い争う。


◇◇◇


 一方その頃。「うぉぉぉ!本当に心配したんだぞ!」「分かったから!無事です!」「よかったぁぁぁ!」「お爺ちゃん泣きすぎ!」サヤカは苦笑していた。そしてようやく落ち着いたところで、こちらを振り返る。


「あっ、お爺ちゃん」「ん?」「この二人が助けてくれたの」その言葉で大男の表情が変わった。

「ほぉ?」鋭い視線。思わず湊の背筋が伸びる。「どうも……」「こんばんは……」二人が軽く会釈する。


 サヤカは今日の出来事を説明した。ショッピングモール。ゾンビ。救出。パンをくれた。そしてここまで送ってくれたこと。話を聞くたびに大男の顔がどんどん明るくなっていく。「なるほどなぁ!」そして最後には満面の笑みになった。


 大男はずんずん近付いてくる。近くで見るとさらに大きい。「どうも!」豪快な声が響いた。分厚い手が差し出される。「サヤカの爺ちゃんの豪鉄です!」がしっ!!湊の手がギュッと握られた。

「うぉっ!強っ!」「孫を助けてくれて本当にありがとう!」握手というより捕獲だった。湊の肩が揺れる。

「いたたたた!」「がはははは!」豪鉄は豪快に笑った。「よろしゅうな!!」その笑顔を見て、湊とルナは同時に思った。(この人、絶対ただの養鶏場のお爺ちゃんじゃない)と。夜の養鶏場に、豪快な笑い声が響いていた。


◇◇◇


 車を駐車場らしきスペースへ停めると、三人は買ってきた荷物を降ろし始めた。


「うわっ……広っ!」ルナが思わず声を漏らす。養鶏場の敷地は思った以上に広い。夜なので全体は見えないが、遠くまで金網が続いている。

「ここ全部?」「はい」サヤカが当たり前のように頷く。「卵の出荷とかしてたから」「へぇぇぇ……」湊が感心しながら犬の餌を抱え上げる。「終末世界じゃなかったら完全に社長令嬢じゃん」「やめてください」サヤカが苦笑した。「ただの養鶏場の孫です」「いや十分すごいって」そんな会話をしながら荷物を運んでいると、サヤカが辺りを見回した。


「あれ〜、お爺ちゃん、チビは?」「ん?」豪鉄も首を傾げる。「さっきまで走り回っとったんだがなぁ」「チビ?」湊が反応する。「犬?」「はい、いつもすぐ来るんだけど…」サヤカが頷いた。


 その瞬間、湊とルナの頭の中にそれぞれ別の犬が浮かぶ。「チワワかな?」湊。「えっ?私はダックスフンド想像してたんだけど」ルナ。「名前、チビだしね」「だよね〜」二人で勝手に納得する。


 すると、遠くの照明に照らされた場所で、何か白いものが動いた。「ん?」湊が目を細める。「ルナちゃん?」「ん?」「あれ何?」「どれ?」ルナも振り返る。そして固まった。「……えっ?」白い塊。いや、塊じゃない。走っている。ものすごい勢いで。


「「えっ」」二人の声が揃う。「白熊?」ルナが呟いた。「白熊だよね?」「いや待って」湊も混乱する。「でも白熊って日本の養鶏場にいる?」「普通いない」「だよね?」「だよね…?」


 そして次の瞬間。白い巨体が一直線に突っ込んできた。「うおぉぉぉぉ!?」湊が叫ぶ。ドォォォン!!衝撃。湊はそのまま押し倒された。「ぐはっ!」視界いっぱいのモフモフの白い毛。


 そして、べろんっ!!顔を舐められる。「ぶはっ!!」べろんっ!!べろんっ!!「やめっ!やめろっ!」べろんっ!!「顔がっ!顔がぁぁぁ!!」巨大な犬は嬉しそうに尻尾を振っていた。ぶんぶんぶんぶん。その勢いだけで風が起きそうだ。


「あっ」サヤカが笑った。「チビ、ただいま!」「チビ!?」湊が叫ぶ。「これが!?」「うん」サヤカは慣れた様子で頭を撫でる。「どこ行ってたの〜?」すると巨大犬は大喜び。その場を飛び跳ね始めた。ぼふっ。ぼふっ。ぼふっ。「相変わらずチビは可愛いなぁ〜」サヤカが笑う。チビも嬉しそうに尻尾を振る。


 一方、ルナは腕を組んでいた。「……」「どうしたの?」湊が聞く。「いや」ルナは真顔だった。「どう見ても名前、チビではないでしょ…」「それね!あれ、大型犬だよね」湊も即答した。「大型犬どころじゃない…あれはサモエドだ!ほぼ白熊だ」ルナは首を振る。「あはは、俺もそう思う」「あと…湊の顔…唾液臭い。顔洗うまでキス禁止ね!」「ふぬっ!すぐ洗ってくる…」二人が会話してると、豪鉄が豪快に笑った。「グッハッハッハッ!!」養鶏場中に響きそうな大声だった。

「お前さん達!」二人を指差す。「夜飯食っとらんだろ!食ってけ!」「え?」湊が首を傾げる。「まぁ……まだですけど」「別に食ってても食わすけどな!!」豪鉄は豪快に笑った。「グッハッハッハッ!!」「強制なんだ……」ルナがぼそっと呟く。


「当然じゃ!」豪鉄は家の方を親指で指した。「とりあえず上がってけ!!」

 暖かな灯りが漏れる一軒家。鶏舎。巨大な犬。豪快なお爺ちゃん。そして終末世界とは思えない賑やかな空気。湊とルナは顔を見合わせた。「……なんか」「うん」「すごい所に来ちゃったね」「だね」二人は苦笑しながら、豪鉄の家へ向かって歩き出した。


◇◇◇


 豪鉄に案内され、四人は家の中へ入った。「おぉ……」ルナが思わず声を漏らす。外観は要塞みたいだったが、中は意外にも普通の民家だった。


 木の匂いがする広いリビング。綺麗に掃除された床。壁には家族写真。どこか親戚の家の様な懐かしい空気が漂っている。「適当に座って待ってろ!」豪鉄はそう言うと、そのままキッチンへ消えていった。「はーい」三人は素直に返事をしてソファへ腰を下ろした。


 その時だった。「あれ?」湊が天井を見上げる。「どうしたの?」サヤカが首を傾げる。「電気ついてる」「そうだね」ルナも気付いた。照明は普通に明るい。終末世界になってから外では見慣れなくなった光景だった。「ソーラー?」湊が聞く。サヤカは頷いた。「はい。ソーラーも井戸も大型発電機もあります。停電すると鶏さん大変なので」「おぉ」「……と、お爺ちゃんが言ってました」「「「あははっ!」」」三人で笑う。


「流石だね〜。建てる時から終末目線!」ルナが感心したように言う。「私たちもソーラーと井戸は確保したよね」「うん」湊が頷く。「うちも大きい発電機も欲しいなぁ」「そのうちうちのパシリが取って来るでしょ☆」「お〜いっ!誰がパシリだ」「ルナ専属スーパーエリートパシリ君♡」「なんか格上げされてる…シャア専用的な…」「おっ!昇進おめでとうございます♪」サヤカが真顔で拍手した。

「えへへ、ありがとうございます」「あははっ!受け入れるんかいっ!」ルナが吹き出した。


◇◇◇


 しばらく三人で談笑してると、キッチンから香ばしい匂いが漂ってくる。じゅうじゅう。ぐつぐつ。その匂いだけで腹が鳴りそうだった。


 そして、豪鉄が料理を運んできた。

「ほれ!」どんっ。テーブルに置かれた瞬間。三人の動きが止まった。「えっ……」湊が固まる。「うそ……」ルナも固まる。

 

 テーブルには、チキンステーキ、親子丼、ゆで卵サラダ、焼き鳥、味噌汁。まるで定食屋の看板メニュー全部乗せだった。

「肉……だ…」湊の声が震える。「肉だね……」ルナも震える。「「肉ぅぅぅぅぅぅ!!」」二人の目が輝いた。終末世界になってから、まともな肉などほとんど食べていない。

「あははっ!喜んでるな?さぁ食え!」豪鉄が豪快に笑う。「サヤカも無事帰ってきてくれたしな!」三人は勢いよく姿勢を正した。


「「「いただきます!!」」」そして、一口。ぱくっ。「うまぁぁぁぁぁ!!」湊が叫んだ。「やばっ!!」ルナも叫ぶ。「柔らかっ!!」「うまぁぁぁぁい!!」二人とも感動している。サヤカはそんな様子を見ながら笑っていた。


「そんなに?」「そんなに!」湊が即答する。

「肉だぞ!?」「肉だぞ!?」ルナも続く。

「生卵もあるぞ!?」「生卵もあるぞ!?」完全に同じテンションだった。


 豪鉄は腹を抱えて笑う。「グッハッハッハッ!おもしれぇなァァァ!おかわりもある!慌てるな!なくならん!」「神ぃぃぃぃぃ!!」湊が拝み始めた。


◇◇◇


 食事は大盛り上がりで終わった。そして豪鉄は今度は日本酒の瓶を持ってくる。「ほれ」どん。「お前らやれんのかい?」湊は少し苦笑した。「少しだけなら……」「ほぉ」豪鉄がニヤリとする。すると、ルナが瓶を見ながら口元を歪めた。「爺さん」「んっ?なんだ?」「一升で足りると思うなよ?」


 一瞬静寂。そして、豪鉄の目が光った。「ほぉ?面白い」二人がニヤリと笑う。「サヤカ!」「はい?」「お前はサイダーだ!」「やったー!」こうして宴会が始まった。


◇◇◇


 一時間後。「へいっ!」酔っ払った湊が突然立ち上がる。「うぉ?どうしたあんちゃん!?」豪鉄が驚く。次の瞬間。湊が謎の踊りを始めた。

「へいっ!へいっ!」「ぶはっ!!」ルナが吹き出す。「おいっ!!それオドループの三人組のやつぅぅぅぅ!!」「あははははは!!見た事あるっ!」サヤカも笑い転げる。豪鉄は意味が分からないまま爆笑している。「グッハッハッハッ!!なんじゃそりゃ!!」「へいっ!♪」「へいっ!♪」「もうやめろぉぉぉ!!笑いすぎてしっこ漏れる!!」宴会は最高潮だった。


◇◇◇


 さらに時間が経つ。宴会場だったリビングは静かになっていた。テーブルのガラスの灰皿は吸い殻で山盛り。湊はルナの膝枕でぐっすり。サヤカもソファで寝息を立てている。残っているのは、ルナと豪鉄だけだった。「「…………」」豪鉄が酒を飲みながら言う。


「ねぇちゃん…言いづらかったら答えなくていい…」「ん?」「夜の女か?」ルナは少しだけ笑った。「うん…元ね、やっぱ分かるんだね。そう言う爺さんだって…“本職”の人でしょ?」豪鉄も笑う。「ぶっ!あははっ!バレてたか!」「そりゃねぇ〜☆」酒を飲みながら指差す。「和柄が襟元からチラチラ見えてますよ」「あー……サヤカにはシミって言って誤魔化してる」「あははっ!綺麗なシミだね!あとは目つきだよ…」ルナは肩をすくめた。「ふふ、とうの昔に辞めたんだけどな…抜けんもんだよ…そういうのはな…」豪鉄は静かに笑う。そして少しだけ間が空く。


「……ねぇちゃんも抜けないのかい?」「ふふふ、どうかなぁ?自分じゃ分からないもんだよね…」二人は顔を見合わせグラスを空にする。それだけで十分だった。

 ルナは膝の上で眠る湊の髪を撫でる。

「でも、今はさ……」優しい笑顔になる。「このアホのおかげで毎日楽しいんだよね☆」


「ふふっ、最初から“その顔”されてたら分からなかったかもな」豪鉄が笑う。「お前達、おもしれぇな」「でしょ?」「孫助けてもらった恩もある」豪鉄は酒を注ぎ、飲み干した。「またいつでも遊び来い!腹一杯肉食わせてやる」

 ルナの目が輝く。「まぢ!?新鮮な肉だけは手に入らなかったんだよ!湊も喜ぶよ。そしたら、こっちも必要な物届けに来るよ」そして、眠る湊を指差した。「うちのスーパーエリートパシリ君が♡」

「グッハッハッハッ!!」豪鉄が腹を抱えて笑う。「よし!今日は泊まってけ!そしてもう寝るぞ!」

「はーい!」ルナは嬉しそうに手を上げた。「お言葉に甘えて寝まーす!」


 外では少し生温い風が吹いている、終末世界。

 けれど今日の夜だけは、まるで親戚の家に遊びに来たような、温かな時間が流れていた。



            続

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