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第19話 【助けた女子高生を送ったら養鶏場が刑務所みたいでした】


 ショッピングモールの薄暗い通路を、二台のカートがガラガラと進んでいた。一人はご機嫌な湊。もう一人は、段ボールを頭から被った亀みたいなサヤカ。


「……あの〜」「ん〜?」「湊さん、普通にショッピング楽しんでません?」サヤカが呆れた声を出す。

 湊はコーヒー売り場の前で立ち止まり、棚から豆を手に取っていた。「あっ、これスタバだ☆ラッキー!」「聞いてます?」「うん。聞いてる聞いてる」そう言いながら豆をカートへ放り込む。


「でもさ、今、貸し切りだよ?」親指を立てる。「この状況で貸し切りって発想がおかしいんですよぉぉぉ!」サヤカは段ボールの中で頭を抱えた。


 ゾンビだらけのショッピングモール。普通の人間なら恐怖しか感じない。なのにこの男は買い物を満喫している。意味が分からなかった。


「いや〜、今度ルナちゃんとモーニングコーヒー飲もう☆ルナちゃんスタバ好きだからなぁ〜♪」「モーニング前提なんですね……」「当たり前じゃん」湊は真顔だった。サヤカは遠い目をした。


◇◇◇


 しばらく進んだところで、サヤカが立ち止まる。


「あの……」「ん?」「一つお願いがあるんですが……」そう言ってポケットから小さなメモを取り出した。そして湊へ差し出す。「お爺ちゃんに頼まれてた物なんです」「おっ」「学校帰りに買ってきてくれって言われてたんですけど……」湊は受け取り懐中電灯で照らしながら目を通す。


『調味料』『犬の餌』「……なるほど」数秒考える。湊はニヤリと笑った。「オッケー!」「え?」「そこで隠れてて!」「え?」「すぐ行ってくる!」


 次の瞬間。湊は近くに放置されていたカートを掴むと、全力で走り出した。「えっ!?」サヤカは呆然と見送る。「躊躇いなく行ったぁぁぁ……」


◇◇◇


 それから数十分後。ガラガラガラガラガラッ!!遠くからものすごい音が聞こえてきた。後ろに着いてくるゾンビ。


「ただいま〜!!」戻って来た湊の姿を見て、サヤカは固まった。「…………ゾンビ多いって…」

「やっほ〜♪」カートには、山のような調味料。山のような犬の餌。砂糖。塩。酢。醤油。味噌。同じ物が大量に積まれていた。もはや仕入れ業者だった。

「……多すぎますぅぅぅぅ!!」サヤカの絶叫がショッピングモールに響く。その瞬間、近くのゾンビ達が反応した。「ぅぅぅ……」「ぁぁぁ……」「やばっ!」サヤカの顔が青くなり、段ボールに隠れる。


 しかし湊は笑っていた。「あははっ!大丈夫大丈夫!」ポケットから防犯ブザーを取り出す。


 ピィィィィィィィィィッ!!甲高い音が鳴り響く。そして、思い切り遠くへ投げた。防犯ブザーは通路の奥へ飛んでいく。ゾンビ達は一斉にそちらへ向かった。


「…………」サヤカは口を開けたまま固まる。湊は満足そうに手を払った。「よしっ」カートを三台掴む。「さて!」満面の笑み。「帰ろうか!」


 サヤカは思った。この人、絶対に普通じゃない。

 でも、なぜか一緒にいると安心する。そんな不思議な人だった。


◇◇◇


 三台のカートを押しながら、湊とサヤカは駐車場へ向かっていた。


 ガラガラガラ、、静かなショッピングモールの中に、車輪の音だけが響く。

「そういえばさ」湊がふとサヤカを見る。「はい?」「サヤカちゃんって学生さん?」「はい。そうです」サヤカは頷いた。「高校二年生です」「へぇー!」湊が少し驚いた顔をする。

「若っ!」「その反応どうなんですか……」「いや、なんか高校って遠い記憶だったし」「私から見たら湊さん十分若いですよ」「へへ、聞いたかルナちゃん」「まだ居ませんけど?」「よしっ!高校生から若者認定いただきました!」「高校生代表としては認定してません!」サヤカは思わずツッコミを入れた。


 この人、本当に危機感がない。ゾンビだらけのいつゾンビが飛び出してくるかわからない状況のショッピングモールで、普通に雑談している。


◇◇◇


 しばらく歩くと、入り口の真ん前に見慣れたジープが見えてきた。

「あっ」湊が指を差す。「いたいた!起きたんだ」車の助手席ではルナがタバコを片手に待ってこっちを見ていた。湊を見つけると、ぱっと表情が明るくなる。そして大きく手を振った。「おーい!遅いぃぃ!!」


 だが次の瞬間。湊の隣にいる人影が目に入る。ルナの笑顔が固まった。「……おい…いるって…」小声。口がぱくぱく動き指を指す。「ん?」「隣。隣ぃぃぃ!」湊はとぼける。「何が?」「知らばっくれるな!横見ろ!ゾンビ!!女子高生ゾンビ!」必死に口をぱくぱくし、指を指す。その時。サヤカも遠慮がちに手を振った。「あ、どうも……」


 それを見た瞬間だった。ルナが勢いよく車のドアを開け走って来る。「おいっ!!」駐車場に声が響く。「それはそれで問題だろっ!」「えっ?どうしたの急に?!」「なんだっ!もう私は飽きたのか!?用済みか?」「えっ!?違う違う違う!」「若い子捕まえたら、若い子の方がいいってかっ!」「だから違うって!」湊が慌てる。


 サヤカは状況が分からずオロオロしていた。「えっ……あの……」

「湊!ちゃんと説明しろぉぉぉ!そしてちゃんと答えろ!「ルナちゃん!落ち着いて!」「落ち着けるかっ!」ルナは完全に暴走していた。


「散々甘いこと言って!好き好き言って!人の胸、枕にして!若い子見つけたらそっちなのか!?」「ルナちゃん好きぃぃぃぃ!」「ふぇっ!恥ずかしいっ!大声で言うな!!」「ごめん!」


 二人を見かねたサヤカが恐る恐る前へ出る。

「あの〜……」二人が同時に振り向く。「助けてもらっただけです。本当にそれだけです。手も触られてません」サヤカは苦笑した。「本当に私の方が助けられてばかりでした。湊さんが居なければ私はまだ“段ボールで亀”でした…」


 ルナは数秒黙る。そして大きくため息を吐いた。

「……そういうこと?」「うん。そういうこと」湊が頷く。


「だから落ち着いてって言ったじゃん!俺はルナちゃん一筋♡」とおっぱいをツンとした。「ツンてすんなっ!はぁぁぁ……」ルナは額を押さえた。

「ごめん……大丈夫?びっくりしたよね…今日なんか色々あってさ……」疲れたように笑う。「死にそうになるし、怖い思いするし、楽しいショッピングしちゃうし、抱っこされて蕩けた顔しちゃうし…、それで湊が違う女の子連れて来たから……なんか頭の整理が追い付いてなかった…ごめん」サヤカは小さく首を振った。「気にしてませんよ」ルナも少しだけ笑う。「ありがと☆私ルナ、よろしくね」「はい。サヤカです。よろしくお願いします」


 ようやく落ち着いた三人。しかし次の瞬間。サヤカが周囲を見回した。


「……あの〜」「「ん?」」「私から言うのも何なんですが」三台のカートにはパンパンの大量の荷物。遠くにはゾンビの影。そして相変わらず危険な臭いのする駐車場。「ここから早く逃げませんか?」一瞬の沈黙。そして。「「「あははははっ!!!」」」三人は声を上げて笑った。


◇◇◇


 それから三人は急いで荷物をジープへ積み込む。

 調味料。犬の餌。衣類。生活用品。ショッピングモールで集めた戦利品は予想以上に多かった。


「サヤカちゃん、それでさ、?」運転席へ座った湊が聞く。「おじいちゃんの家ってどこ?」

 サヤカは窓の外を指差した。「ここから海に向かって二十分くらいです」「オッケー!近くなったら細かく教えて〜」「海に向かってなら帰り道の途中だね」「そうだね。じゃ、出発しまーす!」湊はエンジンを掛けた。低いエンジン音が響く。


「それじゃ、おじいちゃん家に送りに行きますか!あっ…サヤカちゃん、窓開けたらタバコ吸っていい?」ルナが助手席のシートに深く沈み込んで言う。「はい。大丈夫です。お爺ちゃんもヘビースモーカーですから」「あははっ!気が合いそう」


 夜が近付くショッピングモールを背に、ジープはゆっくりと走り出した。


◇◇◇


 ジープの中には、どこか不思議な空気が流れていた。終末世界。外にはうろつくゾンビ。なのに車内だけは、休日のドライブみたいだった。運転席では湊がハンドルを握り、助手席ではルナがダッシュボードに足を乗せて窓を少し開けている。紫煙がゆっくり外へ流れていった。


「ふぅ〜……」ルナが気持ち良さそうに煙を吐く。「死にそうになってからの一服、生き返るわぁ〜」「あははっ!毎回言ってるね、それ」湊もタバコをくわえながら笑った。「だって美味しいんだもん」「まぁ分かる」二人は顔を見合わせて笑う。その様子を後部座席から見ていたサヤカは、少しだけ不思議そうな顔をしていた。本当にこの人たち、終末世界を生きてるんだろうか。そんな顔だった。


 するとルナが振り返る。「そうだ。サヤカちゃん」「はい?」「隠れてる間何も食べてないんでしょ?」後部座席の荷物を指差す。「適当に後ろから好きなの取って食べて飲んでいいよ☆」「えっ?」サヤカが慌てて手を振る。「い、いえいえ!そんな!」「「ん?」」「この状況で貴重な食糧を頂くわけには……」その瞬間。「「ぶはっ!あははははっ!」」ルナと湊が同時に吹き出した。


「えっ!?」サヤカだけ取り残される。ルナは笑いながら湊のほっぺをむにっと摘んだ。「この人がいる限り、私たちは当分ご飯に困らないから大丈夫〜♪」「いひゃい、いひゃい、ふぁなしてぇ」「だってさ、私たちにはこの町全部ビュッフェ状態だもんね〜」「まぁ……」ほっぺを摘まれながら湊が苦笑する。「頼まれたらいつでも取りに行きますけど」「あははっ!ほらね」「俺は自称“ルナちゃん専用スーパーエリートパシリ”ですから☆」「自称じゃなくて揺るがない事実だよね」「あははっ!やっぱ、そう思ってたんだ……」三人の笑い声が車内に広がった。


◇◇◇


 しばらく走っていると、サヤカがふと思い出したように口を開く。「あの……」「ん?」「最初から気になってたんですけど…」「うん?」「なんで湊さんってゾンビから見えないんですか?」


 その言葉に、車内が一瞬だけ静かになった。

「…………」「…………」ルナが横目で湊を見る。そして、つんつんと脇腹を突いた。「なんで?」「ちょっ!」湊が慌てハンドルがぶれる。「危ない危ない!」「答えろー」「運転中です!ツンツン禁止!」「早く答えろー」「子供かっ!」サヤカが思わず吹き出す。


 湊は少し考えるような顔をして、「……何でだろうね」と呟いた。「自分でも分かんないんだよね…気付いたらシカトされてたし…」「可哀想だなぁ…」「それ言わないで。もしかしたら」湊は真顔になる。「ゾンビから見ると俺ってキモいのかも…」


 一秒。二秒。三秒。「ぶはははははっ!」最初に吹いたのはルナだった。「それだ!絶対それ!ゾンビですら避ける男!」「えっ?酷くない!?」今度はサヤカまでくすくすと笑い始める。車内は大爆笑だった。


◇◇◇


 ひとしきり笑ったあと、サヤカはようやく後ろの荷物からパンを取り出した。「では、いただきます……」もしゃ。もしゃ。久しぶりのちゃんとした食事だった。そしてペットボトルの水を飲む。「はぁ……」思わずため息が漏れる。「美味しい?」ルナが聞く。

「はい。すっごく。安心して食べると味がちゃんとします」サヤカは小さく笑った。「なんか……」「ん?」「湊さんがいると、この世界でも幸せそうですね」ぽろっと出た本音だった。


 その言葉に。湊がニヤァっとする。

「えへへ」「おっ?」湊の表情を見逃さなかったルナの額に青筋が浮いた。

「湊…」「はい」「一つ言っとく」「はい」ルナは人差し指を立てる。「私は他の人の男になったら興味は無い」「はい」「そして」胸を張り、体を指差し始めた。「私のスリーサイズはエライザと一緒だ!!」


 湊の目が見開かれる。「エライザって……あのエライザ?」「そうだ!」「本当に本物?」「本当に本物だ!!たまんないだろ?」ルナがドヤ顔になる。

「通りで癖になる……」「よし!分かればよろしい♡」ルナが笑顔になる。「後で覚悟しろ…たっぷり可愛がってやる♡」「うん!」


「なんで!?何でそうなるの?」サヤカはまた吹き出した。「仲良すぎません?」「あははっ!これでも今日は控えめな方だよ」「十分ですよ!」車内はまた笑いに包まれる。


◇◇◇


 そんな時間がしばらく続いたあと、サヤカが前方を指差した。


「あっ、あの信号です」「ん?」「この先です」湊が前を見る。「あの信号どっち?右?」「はい。この次右です」「了解〜」ウインカーを出し、ゆっくり曲がる。すると景色が変わった。住宅街が途切れ、広い土地が見えてくる。


 さらに進む。そして、「……おぉ」湊が思わず声を漏らした。そこには巨大な建物があった。


 高い金網。何重にも張り巡らされたフェンス。そして至る所に立つ警告看板。見えるその一つには大きくこう書かれている。【触ると感電、自己責任】


「…………」「…………」湊とルナが同時に固まった。

「サヤカちゃん」「はい?」「ここ本当にお爺ちゃん家?」「はい♪」「刑務所じゃなくて?」「刑務所じゃないですよ!養鶏場です♪」


 ルナが小声で呟く。「湊、なんかヤバそう……」「分かる……」


 その時。サヤカが満面の笑みを浮かべた。「はいっ!着きました!」そして胸を張る。「ここがお爺ちゃん家です♪」「「おぉぉん……」」湊とルナの声が完全に重なった。どこからどう見ても、普通のお爺ちゃんが住んでいる雰囲気ではなかった。


 夜の養鶏場を前に、湊とルナは顔を見合わせる。

 そして同時に思った。((なんかすごい人出てきそう……))ジープはゆっくりと養鶏場の門へ近付いていった。



            続

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