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第17話 【推しに好きな下着を聞かれたんだが心臓が持ちそうにない】


 軍用ジープは巨大なショッピングモールへ向かってゆっくり進んでいた。遠くから見えていた時も多かったが、近付くとその数はさらに増えて見える。


 駐車場。歩道。入口付近。あちこちをゾンビがうろついていた。「……多くない?」助手席でルナが真顔になる。「うん」湊も真顔だった。「想像の三倍くらいいる」「やっぱ帰ろう?」「いや、デートしたい♡作戦もあるし…」「そう言うと思ってた」ルナは深いため息を吐いた。

 

 すると湊がクラクションへ手を伸ばす。プァァァァァン!!「うわっ!?どうしたっ!」ルナが飛び上がる。「ちょっ!何!?」再び。プァァァァァン!!周囲のゾンビたちが一斉に反応する。


「ぅぅぅ……!」「ぁぁぁ……!」ふらふらと車へ向かって集まり始めた。「おいっ!お主!」ルナが湊を指差す。「まさか作戦ってこれか!?」「うん♡」「うん♡じゃねぇぇぇ!!」


 さらにクラクション。プァァァァァン!!

 ゾンビ追加。プァァァァァン!!また追加。

 気付けば後ろに長い長いゾンビ列が出来ていた。


「ルナちゃん!見て見て」湊が興奮気味にバックミラーを指差す。「大漁♪」「釣りじゃねぇんだよ!!」ルナが頭を抱える。「囲まれたらどうすんのよ!?」

「ん〜」湊は少し考える。「囲まれたら……か」「そう!囲まれたら?」「轢く」「うわぁ……一番最低な答え」ルナがドン引きした顔になる。「血も涙もねぇ……」「でもさ、噛まれるのと轢くのなら」「……」ルナは数秒考えた。「……轢く」「だよね☆」「“だよね”じゃないのよ!」なぜか二人で笑う。


 その間もジープはショッピングモールの周囲をぐるぐる回り続けていた。クラクション。ゾンビ。クラクション。ゾンビ。どんどん後ろへ集まっていく。


「よし」湊が頷く。「だいぶショッピングモールから離れたな…」バックミラーにはゾンビの大群。ちょっとしたパレード状態だった。


「ルナちゃん」「ん?」「ちゃんと掴まってな☆」「え?」次の瞬間。グォォォォン!!「ぎゃぁぁぁぁっ!?」ジープが急加速した。「速っ!!速っ!!」「うおぉぉぉ!!」軍用ジープは一気に道路を駆け抜ける。後ろのゾンビたちは当然追いつけない。あっという間に距離が開いていく。


「ふっ」湊が少し得意げに笑う。「撒いたぜ!」「生きてたぁぁぁ……」ルナはシートに沈み込んだ。

「寿命縮んだ……」「大丈夫でしょ?」「はぁ、なにが?」「ゾンビだから寿命あんまり関係ない」「いやっ!私のぉぉ!私まだ人間なんだわっ!!」


◇◇◇


 数分後。ジープはショッピングモールの駐車場へ侵入した。先ほどまでのゾンビの群れは見当たらない。

「おぉ」ルナが周囲を見る。「ほんとにいなくなった」「あははっ!作戦成功♪」「めちゃくちゃ脳筋作戦だけどな……」「ワイルドスピードみたいだったでしょ?」「やめろっ!ヴィン○ィーゼル怒られんぞ!」「マジ?こぉわっ!」


 軽口を叩きながら湊は駐車場の入口を眺めた。

「んー、どうしようかな」「ん?」「下に停める?」「うん」「屋上行っちゃう?」「えっ?」ルナが困った顔になる。

「どっち?」「いやいやいや」首をぶんぶん振る。

「私に聞くなよ〜!」「えぇ〜」「こういう時リーダーあんたでしょ!」「責任重大だなぁ」湊は少し考えた。「ん〜……」そして頷く。「最悪囲まれた時を考えたら下かな」「なんで?」「逃げやすい」「あぁ」「走れるし」「なるほど」そう言いながら入口近くへ車を寄せる。


 そして、、ピタッ。モール正面入口の目の前で停車した。「……」「……」ルナがゆっくり湊を見る。


「いやいや」「ん?」「番長停めにも程があるだろ」

「ふっ」湊は腕を組んだ。

「わいはこのゾンビ世界の番長やっ!」

「はいはい」ルナは呆れ顔になる。「ちょっと何言ってるのか分からないんですけど」「あははっ!」


 そして湊は車のドアへ手を掛けた。「じゃあ中見てくるね」「うん」「ルナちゃんはここで隠れてて」「はーい」ルナは素直に頷く。そして少しだけ真面目な顔になった。「気を付けてね」「うん」湊は笑う。「すぐ片付けて戻ってくるね」


 重いドアが開く。静かなショッピングモール。薄暗い入口。誰もいない大きな建物。湊は一歩外へ出た。

 そして、ゆっくりとショッピングモールへ向かって歩き始めた。


◇◇◇


 ショッピングモールの自動ドアは半分開いたまま止まっていた。その隙間から湊は中へ入る。カツン。カツン。懐中電灯の光が暗闇を切り裂く。


「おぉ〜……」思わず声が漏れた。広い。とにかく広い。吹き抜けになったホール。並ぶテナント。止まったエスカレーター。終末世界になる前は大勢の人で賑わっていたのだろう。今はとても静まり返っていた。


 ただし、、誰もいないわけではない。

「ぅぅぅ……」「ぁぁ……」「うわぁ」懐中電灯を向ける。ゾンビ。ゾンビ。ゾンビ。見える範囲だけでもかなりいる。「大人気スポットじゃん。昨日ゾンビTVで紹介された?」湊は苦笑した。


 そしてポケットから取り出した防犯ブザーを軽く鳴らす。ピッ。ゾンビたちが一斉に反応した。

「ぅぅぅ!!」「ぁぁぁ!!」「はーい!」湊は手を振る。「皆さんこっちですよ〜♪」当然誰も湊は見ていない。音だけを追いかけている。

「よしよし」湊は楽しそうに歩き出した。

「ほらほら〜」ピッ♪「こっちで〜す♪」ピッ♪「迷子にならないでくださいね〜♪」ピッ♪もはや幼稚園の先生だった。


◇◇◇


 一階のバックヤード。従業員用の大きな倉庫。

「はーい到着〜♪」湊が中へ入る。ゾンビたちもふらふらついてくる。「ぅぅ……」「ぁぁ……」「よし」全員入ったのを確認して、、ガシャン!扉を閉める。

「はーい!お疲れ様でした〜」中から。ドンドン!ドンドン!「うぁぁぁ」「ぉぉぉぉ」音が聞こえる。

「本日ゾンビ担当のクレーム係はお休みです!」湊は満足そうに親指を立てた。


◇◇◇


 二階に上がる。「皆さんこちらでーす!」ピッ♪「フードコートのご案内でーす!おすすめは…ゾンビの好物って人間?」「ぅぅぅ!」「ぁぁぁ!」ゾンビたちは嬉しそうでもないのに付いてくる。そしてまたバックヤード。ガシャン。「はい、残念。閉店でーす♪」


◇◇◇


 三階に上がる。「はぁ、疲れたぁ……」さすがに額へ汗が滲む。それでも湊は歩き続けた。

「ルナちゃんのため……」ピッ♪「頑張れ俺……」ピッ♪「推しのためなら……」ピッ♪「ゾンビ百匹くらいなんだぁぁ!」誰に向けてか分からない気合いを入れる。


◇◇◇


 最後のバックヤードの扉を閉め終えた頃には、すっかり汗だくだった。「ふぅ……」湊は壁にもたれた。


 静かだ。さっきまで聞こえていた呻き声もかなり遠い。「よし」懐中電灯で周囲を照らす。


 三階。異常なし。二階。異常なし。一階。異常なし。「完璧では?」少し得意げになる。そして鼻の穴がじわじわ膨らんだ。

「帰ったら……最高のファンサめっちゃ貰おう♡」ニヤリと笑う。頭の中ではすでにご褒美タイムだった。

「よしっ!ルナちゃん迎えに行くかぁぁ!」湊は足取り軽く駐車場へ向かった。


◇◇◇


 数分後。軍用ジープ。コンコココンコン♪窓が叩かれる。車内で警戒していたルナがびくっと肩を震わせた。

「っ!?」恐る恐る窓を見る。そこには満面の笑みの湊。ルナはゆっくり窓を開けた。ぴょこっ。「雪だるまつく〜ろ〜♪って、これ毎回やらせる気っ!?」

 湊は大爆笑する。「あはははっ!!」「絶対楽しんでるでしょ!」「バレた?」「バレるわっ!」二人は顔を見合わせて笑った。


◇◇◇


 ひとしきり笑ったあと。湊は親指を立てる。

「準備オッケー!ショッピングモールデート行きましょ!」ルナは一瞬だけ嬉しそうな顔をした。でもすぐに不安そうな表情になる。「ほんとに?」「うん!」「大丈夫?」「大丈夫!」「もういない?」「もういない!」「こないだのホームセンターみたいにならない?」湊は自信満々に胸を張った。

「今回は最終チェックまでしたから大丈夫!「……」

 ルナがじーっと見る。「えっ?なに?」「はぁ……」深いため息をつく「そのセリフ、フラグにしか聞こえない……」「あははっ!」湊は笑いながらドアを開けた。


「ほら、行こ行こ!」「もう知らないからね……」そう言いながらもルナは嬉しそうだった。二人は並んで歩き出す。巨大なショッピングモール。静まり返った館内。終末世界での初めてショッピングモールデート。果たして本当に安全なのか。それはまだ二人にも分からなかった。


◇◇◇


 ショッピングモールの中は静かだった。懐中電灯の光だけが床を照らしている。コツ、コツ、と二人の足音が響く。


「……」「……」しばらく歩いていた湊が小さく呟いた。


「ルナちゃん」「ん?」「大変光栄なんだけどさ」「なに?」「歩きづらい」「はぁ?」ルナが顔を上げる。気付けば彼女は湊の腕にぴったりくっついていた。

「なんかあったらすぐ抱きつかなきゃいけないんだから当然でしょ!」「いや、それは嬉しいんだけど…おっぱいが…」「はぁ?好きでしょ?普段は離れろって言っても離れない癖に!」「それはそうなんですが…」「なら文句言うな」「ただね…」「何よ!」「視界の半分くらいがルナちゃんなんだよね」「はぁ?嫌なの」「嫌じゃないよ」「怖いんだから仕方ないでしょ!文句ある?」「いえ、ありません」即答だった。「それでよろしい」ルナは満足そうに頷いた。


◇◇◇


 慣れてきた二人は空のカートを押しながら店内を進む。「これいるかな?」「懐中電灯は予備欲しいよね」「了解」カゴへ入れる。


「これは?」「乾電池」「確かに」入れる。

「これは?」「虫よけ」「終末世界でも虫は元気だからねぇ」「ゾンビより蚊の方が嫌かも」「それ、分かる〜」二人で笑う。少しずつカートが埋まっていく。


◇◇◇


 ふと湊が胸を張った。「ルナちゃん」「ん?」「今日は特別です」「なにが?」「好きな物どれでも買っていいよ☆」

「……」一秒。二秒。三秒の沈黙の後、ルナが吹き出した。「ぷっ!」「あはははっ!」湊も耐えきれず笑う。「言ってみたかったんだよね〜!このセリフ」「終末世界でそれ言う人初めて見たわ!」「夢だったんだよ!」「お言葉に甘えてなんでも買うわ!レジ動いてないけどな!」二人の笑い声が静かな店内へ広がった。


◇◇◇


 カートを押しながら歩いていると、次は衣料品コーナーが見えてきた。

「あっ」ルナが立ち止まる。「そういえば服も欲しいかも」「うん。確かに」湊は自分の黒Tシャツを見下ろした。「俺、この世界になってからほぼこれしか着てない」「気付くの遅っ!」「だって、乾くの早いし、服選ぶ時間いらないし」「オシャレを完全に捨てた男の発言だなぁ……」ルナは呆れながら笑う。


 そして適当にハンガーを眺め始めた。「ほら、これとかどう?」手に取ったのは明るい青色の半袖パーカー。「えぇ〜、派手じゃない?」「そお?」「俺、絶対似合わないって」「いや、似合うって」「そう?」「うん、騙されたと思って着てみなよ。どうせ似合ってなくたってゾンビしか見てないし!」「……ゾンビも見てくれないよ…」「なんか…ごめん…」ルナは真顔で頷く。

「でも、湊顔は悪くないし」「えっ」「性格はアホだけど」「そっちが本音だな!?」「「あははっ!」」二人の笑い声が響く。


「じゃあさ、ルナちゃんのも選ぼう」「えっ?」「ほら、今日はショッピングモールデートなんだから」「終末世界だけどね」「そう、終末世界だけどね〜」再び二人で笑う。


 ルナは少し迷いながら服を見て回る。

「ん〜……どれがいい?」「俺はこれかなぁ?」手に取ったのは白いマキシワンピ。ルナは体に合わせてみる。「どう?」「可愛い」「即答っ!?」「うん。可愛い」「二回言うな!」「いや本当に」湊は真面目な顔だった。「ルナちゃん何着ても可愛いし」「……」ルナの耳が少し赤くなる。「そういうのサラッと言うの反則」「えっ?」「なんでもないっ!」ルナは慌てて別の棚へ向かった。だが口元は少しだけ緩んでいた。


◇◇◇


 気付けばカートの中には服も増えていた。

 保存食。日用品。工具。そして新しい服。

「なんか本当に買い物してるなぁ」湊が笑う。「デートだもん」ルナも笑った。


 終末世界。でも今だけは、二人にとって普通の休日みたいな時間だった。


◇◇◇


 しばらく歩くと下着売り場が見えてきた。

「あっ、あった」ルナが立ち止まる。女性用コーナーへ向かい、湊も一緒に見て回る


「ねぇ」「ん?」「湊って何色好き?」「え?」突然の質問に固まる。

「水色かな〜」「ふ〜ん、意外」ルナは笑った。

「じゃあ水色にするわ」「わぁおっ!採用された!」

「そんな大げさな」「嬉しいんですけど!今日、脱がさないね♡」「いやっ!脱がせよ!待て、脱がせよもおかしいか?」ルナは呆れながらも楽しそうだった。


「湊〜、Tと普通のじゃどっち好き?」「えっ……T♡」「あははっ!だと思った。オッケー♡Tも入れときます♡」「ふぁぁぁぁぁぁ!幸せすぎる!!カップルってこんな楽しいのかよっ!ふぃぃぃぃぃぃ!!」「うるさい!急に興奮して大声出すなっ!煽った私も悪いが静かにして!…怖いんだから…」「ごめんごめん、興奮しちゃって…帰るまで我慢できなそう…」「いや…そこはして!」「「あははっ!」」


◇◇◇


 そして買い物を終えて帰ろうとしばらく歩いたところでルナが足を止めた。


「あっ…」「ん?」「湊」「どうした?忘れ物?」「いや…ちょっとトイレ行きたい」「あぁ」湊は頷く。

「オッケー」そして少し考えてから言った。


「一緒に入る?」「はぁ?なんでそうなる?」ルナが即座に睨む。「いや、怖いかなと思って」「まぁ、怖いけど…外で待ってて」「あっ、了解!う○こね!」湊は敬礼した。「護衛任務、開始します」


「おいっ!う○ことかトイレ行く人に言うなっ!早く出なきゃって焦るだろ…」ルナは小さく笑う。だが、その笑顔の奥には少しだけ緊張が残っていた。


 静まり返ったショッピングモール。暗いトイレ。

 そして、どこかにまだ残っているかもしれない”何か”。ルナは懐中電灯を握りしめながら、ゆっくりとトイレへ向かっていった。



            続

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