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第15話 【釣りに行ったらゾンビの友達が出来たんだが親友と呼んでいいですか?】


 まだ薄暗い早朝。静かな部屋の中で、布団がもぞもぞと動いた。「……ん……」湊がそっと身体を起こす。隣では、ルナが眠そうに目を細めていた。


「んぁ〜……どうしたぁ〜……」寝ぼけた声。

 髪はぼさぼさ。布団から肩だけ出して、とろんとした目で湊を見る。「夢○したのか〜……?」

「ぶっ!」湊が思わず吹き出す。「あははっ!違う違う!昨日たくさん搾られたので、それは大丈夫です」

「おぉ……朝から最低発言……じゃぁ、どうしたのぉ」ルナはくすっと笑いながら、再び枕へ顔を埋めた。

「ちょっと釣り行って来ます」「……ん?」ルナが片目だけ開ける。「一人で?」「うん」「私は?」湊は苦笑する。

「大物かかった時にゾンビ来たら危ないでしょ?」

「まぁ……」「だから一人で行って来るよ」そう言いながら、釣竿を手に取る。


「ルナちゃんは、お魚捌く準備お願い♡」「えぇぇぇ……」ルナが布団の中でもぞもぞ暴れる。


「やったことない……」「あははっ!なんとかなるって!」「しかも……本当に釣れんの?」その言葉に、湊がニヤッと笑った。


「マグロ釣って来る」「ぶっ!」ルナが吹き出す。


「はぁ!?どこで!?」「近所の川」「いるかぁぁ!!」「いやワンチャン……」「ないない♡」二人で笑う。終末世界。なのに会話だけ聞くと、普通の同棲カップルみたいだった。


 ルナは小さくあくびをすると、布団の中から手を伸ばした。「……ん」「ん?」「いってらっしゃいのやつ」「あっ♡」湊が近づく。ルナは眠そうに目を細めたまま、少しだけ唇を尖らせた。

「……早くぅ」「はいはい♡」ちゅっ。短いキス。「んへへ……」ルナは満足そうに笑う。


「気を付けてね」「うん!」湊はリュックを背負い、玄関へ向かった。

「マグロ期待して待ってるから☆あとタバコお願いね♡」「あははっ!任せろ!」

 扉が開く。朝の冷たい空気が、静かに流れ込んできた。そして湊は、釣竿を肩に担ぎながら、まだ眠る終末世界の街へ歩き出した。


◇◇◇


 玄関を出た湊は、自転車へ跨った。

「よしっ」朝の空気は少し冷たい。まだ太陽も低く、街全体が眠っているみたいだった。

 キコキコ……。静かな住宅街を、自転車のタイヤ音だけが響いていく。道路脇には、数体のゾンビ。でも音を聞いてもいつものような勢いはない。


「……ぅぅ……」ふらふら。のろのろ。

「……あはは」湊は思わず笑った。「あいつらも眠いんだな……」欠伸しそうな勢いで歩いているゾンビを見て、なんだか妙に親近感が湧く。

「おはようございま〜す」軽く手を振る。当然、誰も応答しない。ただ音に反応して蠢くだけ。


 街は、ほとんどゴーストタウンになっていた。

 コンビニ。スーパー。信号機。放置された車。人の気配だけが無い。


「……みんな、都心部行っちゃったのかな」ペダルを漕ぎながら、小さく呟く。「まぁ……そうなるよなぁ」テレビでも言っていた。生存者は都心部へ集まれ、と。守ってもらえる場所。食料がある場所。人がいる場所。「……俺も、この能力無かったら家から出れないもんな」湊は空を見上げる。改めて考えると、自分の能力はかなり異常だった。

「……よし」ふと、悪い顔になる。「ちょっと検証してみるか〜♪」


◇◇◇


 数分後。「失礼しま〜す」湊は、ぼーっと立っていたゾンビの肩をつんつんした。


「……ぅ?」ゾンビ、反応なし。「おぉ……」

 次は頭をぺちぺち。「ぅぅ……」「触ってもバレない、と」

 さらに湊は、ゾンビの正面へ回る。「はいっ!こんにちはー!!」両手を振る。でもゾンビは、声の方向を探して首を傾けるだけ。

「声は聞こえる……けど、俺自身は認識できない」


 湊のテンションが上がっていく。「じゃあこれは?」今度はゾンビの腕を持ち上げる。

「右手上げて〜♪」「ぅぅ……」「左手上げて〜♪」「ぁぁ……」「ラジオ体操第一〜♪」ゾンビを勝手に動かしながら一人で笑う。「なにこれっ!楽しっ!!」


 さらに湊、調子に乗る。ゾンビの横に並び、一緒に道路をふらふら歩いてみる。


「ぅぅ……」「ぅぅ……」「仲間みたいになってるっ!」そして急に真顔に戻る。

「……いや待って」少し冷静になる。「これ……」ゾンビの顔を見つめる。ゾンビはまったく湊を認識していない。触っても、近付いても、横で叫んでも。


「……チートやん」思わず呟く。

「俺、今さらだけどめちゃくちゃ当たり能力引いてない?」終末世界で、“ゾンビに見えない”。それがどれだけヤバいことか。今になって実感してきた。

「……いや、これ悪用したら世界征服できるレベルでは?」そこまで言ってから、「いやしないけどっ!」 一人ツッコミ。そのまま笑いながら、自転車へ戻った。


◇◇◇


 そして海が見えてきた。朝日が水面に反射して、きらきら光っている。「おぉ〜……」終末世界とは思えないくらい綺麗だった。

 近くには、小さな釣具屋。当然、人はいない。

「おじゃましま〜す」湊はズカズカと中へ入る。

 餌。ルアー。バケツ。釣り糸。「……あっ」店の奥を見て、少し固まる。「ここで釣り竿貰えば良かった……」自分の肩に担いでいる、ホームセンターの釣り竿を見る。「まぁいっか!こっちも貰っていこう」適当に餌を持って、海沿いの堤防へ向かった。


◇◇◇


 堤防には、すでに誰かが座っていた。「……ん?」後ろ姿。じっと海を見ている。

「釣り人?」湊は近付く。すると、その人物がゆっくり振り向いた。

「ぅぅ……」「……あっ」ゾンビだった。「うわっ!?」しかも、そのゾンビ。妙に反応が激しい。

「ぅぅぅぅ!!」立ち上がり、湊の方へ来ようとする。

「えっ!?やばっ!!」湊の顔が引きつる。「こいつ俺が見えるのか!?」慌てて釣り竿を置き、逃げようとした、、その時だった。


「……ぅ?」ゾンビの動きが止まる。視線は湊ではなく、地面に置かれた釣り竿へ。

「……え?」ゾンビはゆっくり釣り竿を拾った。そして、そのまま元の位置へ座る。「ぅぅ……」ぽちゃん。海へ糸を垂らした。


「…………」湊、数秒固まる。そして。

「ぶはははははっ!!!」堤防に笑い声が響いた。

「釣り好きだったんかぁぁぁい!!!」ゾンビは無表情のまま、じっと海を見つめている。まるで、休日の釣り好きおじさんの様に。


◇◇◇


 堤防。静かな海。朝日が水面を揺らしている。

 その端っこで、湊とゾンビは並んで座っていた。

「…………」「……ぅぅ……」片方は人間。片方はゾンビ。なのに妙に空気が穏やかだった。

 

 ぽちゃん。波の音。カモメの鳴き声。終末世界とは思えないくらい、静かだ。湊は釣り竿を垂らしながら、小さく笑う。「なぁ、ゾンビさん」「……ぅ?」


 声に反応して、ゾンビがキョロキョロする。湊は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。「いや、そっちじゃないって……っ」肩がぷるぷる震える。「静かにしないと魚逃げるから……っ」


 ゾンビは意味も分からず、海を見たり空を見たりしている。

「っふ……あはっ……」ダメだ。面白すぎる。湊は口元を押さえながら、なんとか笑いを飲み込んだ。


◇◇◇


 しばらくして、二人の間に、妙に落ち着いた時間が流れ始めた。波の音だけが聞こえる。湊はぼんやり海を眺めながら呟いた。

「……なぁんでこんな世界になっちゃったんだろうね〜」「……ぅぅ」「こないだまで普通だったのになぁ」

 誰かがいて。仕事があって。電車が走って。コンビニが開いて、、そんな世界が、一瞬で壊れた。


「まぁ……」湊は少し笑う。「なぜか俺は最高に楽しい世界になっちゃったんだけどね〜」その言葉に、隣のゾンビがゆっくり顔を向けた。


「……ぅ」歯を剥き出しにする。それが、一瞬だけ、笑ったように見えた。「……あはは」湊もつられて笑った。


 その時だった、ぐぐっ。「……ん?」ゾンビの釣り竿が揺れる。ぐぐぐぐっ!!「おいっ!!」湊が目を見開く。「ゾンビ!!掛かってるぞ!!」「ぅぅぅ!?」ゾンビ大慌て。ガタガタしながら立ち上がる。でも湊の声が聞こえるせいで、そっちへ噛みつこうとする。


「違う違う!!魚!!魚だって!!」「ぅぅぅぅっ!!」ゾンビ、混乱。リールを巻こうとするが、変な方向へぐるぐる回している。「逆逆逆っ!!」


 ぐいぃぃっ!!釣り竿が大きく引っ張られる。

「あっ、やば、、」次の瞬間。ドボォォンッ!!!

「えっ」ゾンビ、海へ落下。水しぶきが上がる。


「…………」湊、海を見る。「……ゾンビって泳げるのか?」数秒後。ぼこっ。ゾンビが浮かんできた。

「ぅぼっ!!ぼごっ!!」めちゃくちゃ溺れていた。

「いやっ!!貴様!溺れるんかぁぁぁい!!」湊、大爆笑。でも次の瞬間。「いや笑ってる場合じゃねぇ!!」慌てて海へ飛び込む。


◇◇◇


 数分後。「……っはぁ……っはぁ……」堤防の上にびしょ濡れの湊と、びしょ濡れのゾンビ。


 ゾンビは海水を吐きながら横たわりゼェゼェしていた。「ぅぼっ……げほっ……」「いや……」湊は肩を震わせる。「助けてどうすんだよ俺……っ」そして耐えきれず吹き出した。「あははははっ!!!」終末世界で、ゾンビを溺死から救助する男。意味が分からない。するとゾンビが、また湊の声のする方へ歯を剥き出し噛みつこうとする。


「ぅぅぅ……」湊は真顔で、その頭をぺしんっと叩く。「命の恩人に歯を剥き出すな!!」「ぅぅ……」堤防に、湊のツッコミだけが響いていた。


◇◇◇


 そして二人?で釣りを続け、気付けば空はすっかり夕焼け色になっていた。海は赤く染まり、波の音も朝より少し穏やかに聞こえる。

「……そろそろ帰るか…」湊はバケツを覗き込む。中には、四匹の魚。「やるじゃん俺達」「……ぅぅ」

 隣では、びしょ濡れゾンビがぼーっと海を見ていた。結局溺れたそのあとも二人でそのまま釣りを続けたのだ。


 湊が餌を付け、ゾンビが釣り糸を垂らす。ゾンビ海で溺れる。湊助ける。たまにゾンビが湊へ噛みつこうとして、その度に頭をぺしぺし叩かれていた。

「いや〜、まさか終末世界で釣り仲間できるとはなぁ」湊は笑いながら立ち上がる。「そろそろ帰るわ」「……ぅ?」「また来るからさ」湊はゾンビの手を握った。「ここの釣り場、守っといて!」「……ぅぅ」ゾンビは意味も分からず、その感触を握る。


「よしっ!」勝手に約束を交わした湊は、満足げに自転車へ跨った。「じゃーねー!また来るー!」夕焼けの海沿いを、自転車が走り出す。


◇◇◇


 帰り道。湊は途中でコンビニへ立ち寄った。

「おじゃましま〜す」当然、店員はいない。薄暗い店内。倒れた棚。散乱した雑誌。でも奥の棚には、まだタバコが残っていた。「あっ、あった」ルナに頼まれていた銘柄を見つけ、何カートンかリュックへ入れる。「終末世界で唯一、“カートン買い”が許される瞬間だな……」少しだけ複雑な気持ちになる。


 その時。「ぅぅ……」店の奥からゾンビが出てきた。「あっ、どうも〜♪126番カートンで!」湊は軽く会釈。ゾンビは音の方向へふらふら歩いてくる。


「いや、遊んであげたいけど今日は釣りと救出で疲れてるから勘弁〜」湊は笑いながら自転車へ飛び乗った。


◇◇◇


 家へ戻る頃には、空はかなり暗くなっていた。

「ただいま〜!」玄関を開ける。するとリビングから、ぱたぱたと足音。「おっ、おかえり〜♡」薄着のルナが顔を出した。大きめのキャミソール一枚のラフな格好。その姿を見た瞬間、湊の鼻の穴がぴくっと広がる。

「……」「今はその顔やめろ♡」ルナが笑う。

「ははぁん、どうせ釣れなかったんでしょ〜?」

「ふっふっふっ……甘いな」湊は不敵に笑う。「友達と協力して……」後ろに隠していたバケツをどんっと置いた。「マグロとまではいかなかったけど!」魚を見せながら胸を張る。「本日!魚は食べれます!!」


「おぉぉぉ!!」ルナの目が輝く。「すごっ!!」「でしょ〜♪」「てか友達って?」湊はさらっと答えた。「ゾンビの釣り仲間」「ぶはっ!!」ルナが吹き出す。

「アホっ!!ゾンビと友達って!!」「いや、いい奴だったよ?」「動画サイトの釣りサムネにしても程があるわっ!!」「こんなのどう?【ゾンビと堤防でまったり釣りしてみた】」

「今やったら“生成AIやめろって”絶対炎上する♡」「「あははっ!」」二人で笑う。


◇◇◇


 その後、魚を持ってルナはキッチンへ立った。

「よしっ……いくぜっ!」包丁を持つ。湊は不安そうに見守る。「大丈夫?」「たぶん!」

 そして意外にも、ルナはそこそこ手際が良かった。

「……えっ」湊が目を丸くする。「捌けるの!?」「ふっふ〜ん♪」ルナが少し胸を張る。

「今日、ネット生き返った時に動画サイト見ときました☆」「おぉ〜!」感心した湊。そして次の瞬間。もみっ。「こらっ!!揉めって意味で胸張ってないわっ!!」「あははっ!!ごめんごめん!」「もぉ〜!!」二人の笑い声が、静かな家へ広がる。


◇◇◇


 夕飯は、お刺身と煮付けになった。

「うまぁぁぁいっ!」湊が感動する。「普通に店レベルなんだけど!?」「でしょ♡」「えっ、俺の推し有能すぎん?」「ほほぉん!もっと褒めていいよ♡」「可愛い!料理できる!エロい!」「最後はいらんっ!!」食卓に笑い声が響く。窓の外には、終末世界の夜。でも、この家の中だけは、どこか普通の幸せみたいだった。


「……ねぇ」ルナが箸を止める。「ん?」「明日は何しよっか?」湊は少し考えて、ふっと笑った。「……また楽しいこと二人で探そっか」「うん♡」


 静かな夜に二人の笑い声が溶けていった。



            続

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