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第14話 【終末世界で推しと模様替えしたら新婚生活が始まりました】


 朝の光が、薄いカーテン越しに部屋へ差し込んでいた。

 静かな寝息。遠くで鳴く鳥の声。窓の外では、終末世界とは思えないほど穏やかな朝が広がっている。


「……ん……」ルナはゆっくり目を開けた。

 ぼんやりした視界。柔らかい布団。そして、胸が重い。「……」視線を下へ向ける。


 そこには、湊。しかも、顔面を思いっきり胸の谷間へ埋めて寝ていた。

「…………」すぅ……すぅ……と幸せそうな寝息。

「……窒息しないんかな……」ルナは呆れた顔で呟く。「いや、そもそもそこ寝やすいのか……?」

 湊はぴくりとも動かない。むしろ若干、顔を擦り寄せている。「うわっ、無意識でやってんの?きっしょ♡」でも少しだけ笑って抱き寄せてしまう。


 こんな世界なのに。朝起きたら、好きな人が隣にいて。くだらないことで笑って。そんな“普通”が、妙に幸せだった。


「ほら、起きろ変態ちゃん」ルナは湊の頭をむにっと押して横へずらす。「むぎゅ……」湊、転がる。

「ふへへ……ルナちゃん……もう一回……」

「…夢の中でも盛るなっ!」ぺしっと頭を叩き、ルナはベッドから降りた。床へ足をつける。少し冷たい感触。

「ん〜っ……なんか仕事の時よりしてるような…」

 軽く伸びをする。昨日の疲れがまだ少し残っていた。そのまま裸に大きめのキャミソールだけ着て窓へ向かう。

「今日は何食べよっかなぁ……」カーテンへ手をかける。シャッッ、と勢いよく開いた。


 すると。「ぅぅぅ……」「…………」窓のすぐ外。ゾンビ。しかも顔面どアップ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!出たぁぁぁぁ!!」ルナ、絶叫。

「うぉぁぁっ!?なになになに!?」ベッドから湊が飛び起きる。ごんっ!!勢い余ってベッドフレームへ頭をぶつけた。「っいったぁ!!ルナちゃんどうした!!」「湊ぉぉぉ!!窓っ!!窓ぉぉ!!」


「窓?」寝ぼけ眼のまま窓を見る。そこには、ガラスへ張り付くゾンビ。ぅぅぅ……と呻きながら、こちらを見ている。「……なんだ…ゾンビか…」湊はぽりぽり頭を掻いた。

「あほぉぉぉ!“ゾンビか”じゃないわっ!!」「いや、ゴキブリかと思ったから急いで起きたのに…」

「ばかっ!モーニングゴキちゃんの方がまだいいわ!!」「えぇ〜?でもフライングゴキちゃんとか普通にラスボスじゃん」「ゾンビも大概ラスボスだわ!!」ルナはクッションを投げる。ぼふっ。湊の顔面へ直撃。「あははっ!ごめんって!」

 湊は笑いながらパンツ一枚のままでのそのそ窓へ近付いた。するとゾンビは、ぅぅ……と少し反応する。


「へぇ〜、この家まで来るんだ」「感心してないで早くどっかやって来て!!」「は〜い」


 ルナは頬を膨らませながらキッチンの方へ向かう。

「私はご飯作っとくから!」「えっ、やった!なに作るの?」「気分次第っ!」「じゃあ俺、朝からハンバーグ希望!」「却下!!肉がねぇ!」「あとで肉も見つけに行こうか?」朝の新居に、二人の声が響く。窓の外には終末世界。でも家の中だけは、今日も妙に平和だった。


◇◇◇


 暫くして玄関の扉が開く。「ただいま〜」

 湊が肩を回しながらリビングへ戻ってきた。どうやら家の周りをうろついていたゾンビを、音で少し離れた場所まで誘導してきたらしい。

「おかえり〜」キッチンからルナが顔を出す。その瞬間。ふわっと香る、インスタントラーメンの匂い。


「おぉっ!?」湊の目が輝いた。テーブルの上には、湯気の立つラーメンが二つ。卵入り。ネギ入り。しかも、ちょっとだけウインナーまで乗っている。

「ルナちゃん特製ポロ一ラーメンだ……」

「正式名称ギリギリ避けるな」ルナは笑いながらテーブルへレンゲを置く。

「追い払ってくれてありがとう。ほら、麺伸びるから早く食べよ?」「いいえ、こちらこそ。美味しい朝ごはん用意してくれてありがとう!」二人はにこっと微笑む。


「…………」すると湊の鼻の穴が、すぅっと膨らんだ。「おい」ルナが即座に指差す。


「その顔今はダメ」「えっ?」

「今日、荷物下ろしたり部屋の模様替えするんでしょ!」「うん。そのつもり」

「でしょ!麺も伸びるし!今はダメ!夜ならいい♡」

「あははっ!バレたかぁ……だって裸にキャミソール一枚で天使の微笑みはずきんゅゅゅゅん♡でしょ!?」湊は椅子へ座りながら笑う。

「だってエロ可愛いすぎんだもん♡」「エロは言わんでよろしい!!」「「あははっ!」」

 

 二人で手を合わせる。「「いただきます」」

 ずるるるっ。「あっ……うまっ」湊が目を丸くする。「でしょ?ルナちゃん特製だからね」

「いや、終末世界で食う特製ラーメン染みるわぁ……」「分かる。しかも好きな人と食べるラーメンってちょっと美味しい」

「っ……」湊、箸を止める。「なに?」

「いや……よく考えると朝から推しが好感度ファン感謝祭イベント起こしてくる」「ラーメン食べながら言うな♡」二人は笑いながら麺を啜る。


 窓の外には壊れた世界。でも、この食卓だけは普通だった。


 しばらくして。「あれ?」湊がふと顔を上げた。

「ん?味変?」「いやいや、今日って、お昼までネット使えた日じゃなかった?」「あっ、そうだね」ルナも思い出したように頷く。


「テレビの放送も少し復旧する日だっけ?」「うんうん」湊は立ち上がると、テレビの電源を入れた。


 ブツッ、、少しノイズが走ったあと、画面が映る。


『、、現在も各地で感染者の増加が続いており、、』

「おぉ、映った」「ちゃんとテレビだ……」ニュースキャスターが真剣な顔で原稿を読んでいる。


『都内各所では依然として多数の感染者が確認されています』

『政府は現在、生存者へ向け、比較的大規模な防衛体制が維持されている都市部への避難を呼びかけています』


 画面には、自衛隊。避難所。バリケード。燃える街。


『なお、海外でも同様の感染拡大が確認されており、、』「……海外もなんだ」ルナがぽつりと呟く。

「うん……」湊も少しだけ真顔になる。


 アメリカ。ヨーロッパ。アジア。映像はどこも地獄みたいだった。

『なおSNS上では誤情報も多数確認されています。冷静な判断を、、』そこで湊、スマホを取り出す。


「あ、ネットも復旧してる」「マジ?」二人で画面を覗き込む。動画サイトを開く。


【ゾンビは宇宙人が原因だった!?】

【絶対に見てください】

【生き残る方法を暴露します】

【※政府に消される前に拡散して】


「うわぁ……」ルナが引いた顔をする。

「終末世界なのにインプレ稼ぎしてる……」「たくましいねぇ」


 さらにSNS。


【ゾンビに効く水晶】

【感染しない方法】

【実はワクチン完成してます】

【ゾンビと会話できました】


「胡散臭っ!!」「いや最後の人ちょっと気になるな」「“気になるな”じゃないのよ!絶対パチこき野郎じゃん!あっ…ゾンビから見えない人はここにいた…」二人は笑いながら顔を見合わせる。


「でもさ、こんな世界になっても、まだ“見て欲しい”んだね」ルナが少し不思議そうに言う。


 湊はラーメンを啜りながら頷いた。

「そりゃ、そこが彼らのアイデンティティだからね〜」「……あ〜」「承認欲求は世界滅んでも止まらないんだよ」「強いな人類」「ね〜」「「あははっ!」」笑い声が部屋に響く。だけどテレビの向こうでは、今日も世界が終わり続けていた。


◇◇◇


 ラーメンを食べ終えたあと、二人はホームセンターから持ち帰った荷物を、ジープから家の中へ運び始めていた。


「よいしょっと……」湊が大きな工具箱を抱えて玄関へ向かう。その後ろから、ルナが段ボールを抱えてついてくる。


「ねぇ、これ何入ってるの?」「ん〜?延長コードとか」「終末世界なのに生活感んん」「あははっ!でも絶対いるでしょ」「まぁねぇ……」


 家の前には、工具箱、ランタン、ロープ、バケツ、謎の観葉植物、バーベキューセットまで並んでいる。


「いや、ほんと何でバーベキューセット持って来たの?」「えっ?だって庭にあったら雰囲気出るじゃん」「終末世界で雰囲気求める人初めて見た」

「ルナちゃんとサンセットお肉焼きながら触りっこしたい…♡」「……まぁ、それはちょっと分かるけど♡」「わかるんかいっ!」


 その時。ガシャッ、、ズリ…ズリ…

「……ん?」近くで何かが倒れる音と引き摺る音。振り返ると、道路の向こうからゾンビがふらふら歩いてきていた。


「うわっ、来た!」ルナが慌てて荷物を抱え直す。

「とりあえず私は家に逃げます!!あとは頼んだ!」「あははっ!了解〜」ルナはばたばたと玄関へ駆け込んだ。


 湊は慣れた様子で、近くの空き缶を拾う。

「はいはい、こっちね〜」カンッ!!缶を遠くへ投げる。ゾンビがぴくっと反応した。「ぅぅぅ……」

「よしよし」さらに看板を蹴る。ガァンッ!!

 ゾンビは完全に音へ釣られ、ふらふら別方向へ歩いていく。


 その姿を見ながら、湊は肩をすくめた。

「ほんとこの世界で便利能力だなぁ……」


◇◇◇


 数分後。「ルナちゃん第二陣いきまーす」「はーい!お願いしま〜す」二人はまた荷物を運び始める。


 ルナが細長い箱を持ち上げた。

「ねぇ、これ何?」「釣竿」「釣り出来るの?」

「これから練習する!」「雑っ!絶対釣れないだろ」


 さらに別の箱。「これは?」「水槽」「はぁ?魚いないのに!?」「雰囲気で持って来た」「また雰囲気!!あはは!もっと大事な物あるだろうに」ルナは笑いながら箱を置く。


 今度は、小さい工具ケースを持ち上げた。


「……で、これは?」「んっ?夜用♡」「はぁ?夜用?」「ほら、拘束用の」「ゾンビ?」「ルナちゃん♡」「こらっ!私のこと壊す気!?」「あはははっ!!冗談だって!」「笑いながら言うな怖い!!でも…少し興味…何でもない」


 その時だった。ブロロロ……。一台の軽トラックが、家の前で止まった。

「……っ」二人の動きが止まる。窓が開き、中から年配の男性が顔を出した。


「あれ?」怪しむような目。「君達は……?」湊とルナは一瞬だけ視線を合わせる。

「ここは徳次さんの家だよ……?」「……あっ」湊が咄嗟に笑顔を作る。「息子です」「えっ」ルナが横を見る。

「心配で来たんですけど……もう……」湊は少し視線を落とす。男性は「あぁ……」と気まずそうな顔になった。「そうなんだ……この辺は多かったみたいだからね…」「はい」「君達、都心部には行かないのかい?」「え?」「テレビでやってたろ。都心部なら守ってくれるって」「あぁ……」湊は少し考える。


「僕達は、もう少し考えてから行きます」

「そっか……」男性は周囲をちらっと見た。

「ここら辺、最近ゾンビ増えてるから気を付けなよ」

「ありがとうございます」軽トラックは、そのままゆっくり去っていった。


 しばらく二人は黙る。「……」「……」そしてルナが小声で言った。


「息子設定、無理ない?」「いやワンチャンいけたかなって」「年齢差的にギリ孫♡」「やっぱり…」二人は顔を見合わせて笑った。


◇◇◇


 夕方。荷物を下ろして家具を動かし終えた頃には、二人とも汗だくだった。


「つっかれたぁぁ……」ルナがソファへ倒れ込む。

「いや〜、模様替えしたら自分家っぽくなってきたね」「うん……なんか新婚感ある」「っ……」湊が鼻をぴくっとさせる。


「おい!」「まだ何も言ってないよ!?」「顔が言ってる♡」「あははっ!お風呂入っろっか?」「うん♡」


◇◇◇


 その後。二人は一緒にお風呂へ入っていた。


 湯気。広い浴槽。なのに肩が触れる距離。


「ふぃ〜……」ルナが気持ちよさそうに息を吐く。

「ねぇ」「ん?」「都心部、行くの?」ぽつりと聞く。湊は少し考えた。「……いや」「ん?」「今は行かないかな」「そっか」ルナは湊の肩に顔預ける。


「まぁ、湊がいれば何とかなりそうだしね」「おっ、俺信頼されてる?」「もちろん♡それに最悪、私がゾンビになったら首輪してもらえるし」「あははっ!」湊が笑う。

「ご希望とあればドレスも用意します♡」「やだぁ♡」「ガラスの靴もあります」「夢の国好きだなぁ」


 その時。「っ!?」ルナがびくっとする。

「おい…」「ん?」「胸揉みすぎ」「えっ、だって柔らか、、」「言い訳しながら揉むな♡」ぺちんっと額を叩かれる。「いてっ」「「あははっ!」」お風呂場へ笑い声が響く。


◇◇◇


 夜。ベッドの中。静かな時間。窓の外では、遠くでゾンビの呻き声が聞こえていた。

「ねぇ、湊♡」「ん〜?」「釣り竿あるんじゃさ、明日、お魚食べたい」「あっ」湊が笑う。

「やっぱり?俺も何か魚食べたかったんだよね〜」

「でしょ?だから釣り竿貰ってきたんでしょ?」

「よしっ。明日ちょっと行って来るよ」

「あははっ!でも釣れなそ〜。期待しないで待ってます♡」ルナはくすくす笑う。


「あ、あとタバコも欲しい」「了解♡」湊は顔を寄せる。「ぶちゅ〜」「んっ……んんっ……」少し唇を離して、ルナが笑った。


「このぉ…いきなり……やったな♡二回目でも手加減しないからな♡」「わぁぁぁお!」


 こうして終末世界の夜は、静かに更けていった。



            続

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