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第13話 【ホームセンターの帰り道に警察に襲われて愛を知った夜】


 軍用ジープは、夜の道路をゆっくり走っていた。

 ヘッドライトだけが、静まり返った街を照らしている。信号は所々消え、店の明かりもまばら、昼間は見えていた壊れた看板や放置車両が、夜になるとまるで別の世界みたいだった。


 ゴゴゴ……と低いエンジン音だけが車内へ響く。


「……はぁぁ……」助手席で、ルナがぐったりシートへ沈み込んでいた。髪は少し乱れ、頬はまだ赤い。

「相性良すぎて……結局、最後までしてしまった……」「えっ?それっていい事じゃないの?」

 

 ハンドルを握りながら湊が笑う。ルナはじとっと睨んだ。

「いやいや……あの状況で抑えられなきゃヤバいでしょ?」「え〜?そうかなぁ?」「最後の頃ゾンビ集まって来てたじゃん!?」「あははっ!」「笑い事じゃないって!」ルナは顔を覆う。


「意味分かんないんだけど……」「なにが?」

「ゾンビに囲まれながらイチャイチャするカップルってなに!?」「終末世界満喫勢?」「嫌すぎるジャンルだわ!!」


 湊は吹き出す。


「でもさぁ」「ん?」

「途中からルナちゃんの方がスイッチ入ってたよね?」「……うるさい♡」ルナが小さく蹴る。


「だってあんたが悪いの!」「俺!?」

「フライパンで戦ってる時からずっと変な顔して私のこと見てたし!」「いやぁ……だってエロカッコよかったんだもん」「ゾンビ殴ってる女見て興奮するな!」「「あはははっ!!」」笑い声が狭い車内へ広がる。


 窓の外では、ゾンビが数体、道路脇をふらふら歩いていた。だが、ジープの重たいエンジン音を聞いても時折追っては来るがしつこく追っては来ない。まるで、世界そのものが疲れ果てているみたいだった。


 湊はちらっと助手席を見る。

「でもほんと、大丈夫?」「ダメ……腰が終わった♡」「二回目したのルナちゃんだよ?」

「だってあんただって止まんなかったじゃん!!」

「“本気出す♡”とか言うから……」「言ったけどぉぉ……!」ルナは真っ赤になってシートへ埋まる。

「しかも車内って……」「興奮するじゃん?」

「終末世界でゾンビだらけの駐車場に興奮感じるな!」また二人で笑った。


 その時だった。ガタンッ。「ん?」車体が少し揺れる。道路の真ん中に放置されていた自転車を、タイヤが踏んだらしい。


「うわっ、びっくりした」

「今のタイミングで揺れるのやめて……」

「え?」「さっきの思い出すから……♡」

「……」湊の鼻の穴が、じわっと広がる。


「おい!その顔!」「えっ?」

「またスイッチ入りかけてる顔するな」

「いや、だって今の発言は反則でしょ……」

「はいストップ♡」ルナは笑いながら、湊の頬をむにっと掴む。


「帰るまで我慢」「……はい」「よろしい」

 しばらくして、ジープは海沿いの道へ出た。

 暗い水平線。遠くで波の音だけが聞こえる。


 街の灯りはほとんど消えているのに、月だけは妙に綺麗だった。


「……ねぇ?湊」「ん?」「変な話していい?」「いいよ」ルナは窓の外を見たまま、小さく笑った。


「世界終わってるのにさ」「うん」「今、ちょっとだけ楽しい☆」湊は少し驚いた顔をする。


「……ホームセンターデート?」「それもあるけど」

 ルナはちらっと湊を見る。

「ちゃんと、“一緒に生きてる感じ”するから」


 一瞬だけ、車内が静かになった。湊は照れ隠しみたいに笑う。


「……それ、ズルいなぁ…」「なにが?」

「そんな事言われたら、もっと好きになるじゃん」

「もう十分好きでしょ♡」

「はい。世界滅んでも推し最優先です」

「あははっ!愛、重っ♡」


 ジープは夜道を走り続ける。壊れた世界の中を。

 それでも二人は、どこか楽しそうに笑っていた。

 そして軍用ジープは、静かな夜道を走っていた。

 ゴゴゴ……という重たいエンジン音だけが、暗い道路へ響いている。


 助手席では、ルナがまだ少しぐったりしていた。


「……はぁ」「まだ疲れてる?」

「誰のせいだと思ってんのよ……」「えっ、愛の共同作業では?」「黙れ♡帰ったら私はマグロだからな!」「嘘だぁ〜!絶対上乗るでしょ♡」ルナはじとっと笑いながら睨む。その時だった。


「あれ……?」前方に、赤い光が見えた。

 くるくると回る赤色灯。道路を塞ぐパトカー。簡易バリケード。


「……えっ」「検問……?」二人の空気が少しだけ変わる。

「まだちゃんと警察動いてるんだ……」「なんか逆に怖いね……」


 ジープはゆっくり減速する。すると、警察官が二人近づいてきた。ライトで車内を照らされる。


「停車してください」「はいはい〜」湊は窓を開けた。警察官はジープを見上げる。


「……あれ?」「?」「自衛隊の方じゃないんだ?」

 少し嫌味っぽい声だった。湊はへらっと笑う。


「あ〜、これ拾った車なんですよね」「拾った?自衛隊さんの車を?」「はい。道に落ちてました」

「アホ!財布みたいに言うな!」ルナが小声で突っ込む。

 だが、その時だった。もう一人の警察官が、じっとルナを見ていた。


「……」「……?」妙に視線が長い。ルナの笑顔が、少しだけ消える。


「そちらは?」「あ、彼女です!」 湊が普通に答える。警察官は目を細め「……少し、調べさせてもらいます」そう言って、助手席側へ回る。


 その瞬間。ルナが小さく呟いた。


「……湊」「ん?」

「あいつの目……」声が低い。「客特有の目してる」

「……え?」「隙見て、車出して」

「いやいや、警察だよ?」「でも……」

 ルナは警察官を見ながら、小さく息を呑む。

「……私の勘が言ってる…もうあそこパンパンのヤバい奴」


 その時。コンコン、と助手席の窓が叩かれる。

「降りてください」警察官の声。ルナはシートベルトを掴んだまま動かない。


「……嫌です」「確認だけですので」「嫌です」

 空気が変わる。警察官の目が、一瞬だけ鋭くなった。「……協力してください」


 一方。運転席側にも、別の警察官が近づいていた。

「お兄さんも降りて」「えっ、あ、はい、、」


 その瞬間だった。ガッ!!「えっ!?うわっ!?」

 開いていた窓から腕を掴まれる。「っ!?」

 次の瞬間、湊の身体が無理やり車外へ引き摺り出された。


「いっっ!?」地面へ叩きつけられる。

「湊っ!!ちょっとあんたたち!何やってんの!?」ルナが叫ぶ。「大人しくしろ」「ぐっ……!」警察官の蹴りが湊の腹へ入る。


「っぁ……!!」「湊!!」ルナがドアを開けようとする。だが、助手席側の警察官が乱暴に押さえつけた。


「騒ぐな!!」「触んなっ!!」ルナが本気で睨む。

 すると警察官は、にやっと笑った。


「黙ってついて来い」「はぁ?……」

「こんな世界だ…俺たちがたっぷり可愛がってやるから…なぁ!」その目が、嫌に濁っていた。

「っ……!!やっぱり…きめぇんだよ!」ルナの顔色が変わる。「ほんと最低……!」


 警察官はそのまま運転席へ乗り込もうとする。


「やめろっ!!」ルナが暴れる。

「うるせぇな!!こんなに車内を“いやらしい臭い”させて!」腕を掴まれる。強引だった。


 一方その頃。地面へ転がされていた湊は、ふらふら立ち上がっていた。

「……っつぅ……やめ…、ろ…ルナちゃんに触るな…」

 口の端が切れている。警察官が睨む。

「大人しくしてろ」「……」「今は俺たちがルールなんだよ」


 その時だった。「湊っ!!」ルナが車内から叫ぶ。


「私に気にしないでもうやっちゃってよ!!こいつらめちゃくちゃにしちゃって!!」「……え?」

「警察とか関係ないからっ!!」一瞬だけ沈黙。そして、湊が、ふっと笑った。


「あははっ!」血のついた口元のまま。

「うん」ポケットへ手を入れる。「そのつもり☆」

「、、は?何言ってんだ?お前…」


 次の瞬間。ピィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!夜の道路へ、防犯ブザーの爆音が響き渡った。


「っ!?」「なっ!?」警察官たちの顔色が変わる。

「馬鹿っ!!」「何してんだ!!」「あいつらが集まってくるだろ!!」


 すると湊は、にやっと笑った。「そうだよ?集めてんだよっ!!」防犯ブザーを握ったまま。

 

 ピィィィィィィィィィィィッ!!!!夜の道路へ、防犯ブザーの音が響き続ける。


「っくそ!!」警察官たちが周囲を見回す。


 すると、ぞろ……。ぞろぞろ……。暗闇の向こうから、影が集まり始めていた。


「ぅぅぅ……」「ぁぁぁ……」ゾンビ。一体じゃない。

 道路の奥。建物の隙間。車の影。あちこちから、音へ釣られて集まってくる。


「っ……!」ルナを押さえていた警察官の顔が青ざめた。「やば……」「おい!!早くその女車乗せろ!!」


 だがその時。「いつまで触ってんだよ!どけっ!!」ルナが思い切り警察官を突き飛ばす。

「っ!?」その隙に、ルナは車から飛び出した。


「湊っ!!」一直線に駆け寄る。湊はすぐに大きく手を広げルナを抱き寄せた。「大丈夫!?」「うんっ……!でも少しおっぱい触られた…」「えっ…すっごいムカつくんだけど…NTRは趣味じゃないんだよな…」「あっぶね!あんたの性癖で私を抱かせる可能性もあったってことね…」「いや…冷静な分析」


 そして湊は近くを見る。洗濯物干し。そこに、大きなシーツが揺れていた。


「……これなら!」湊はシーツを掴む。ばさっ!!

 そのままルナごと包み込んだ。

「きゃっ!?シーツでもいけんの?」「大丈夫、隠れるはず…ダメなら走る!」ぎゅっとルナを抱き抱える。


 すると。ゾンビたちの動きが変わった。

「ぅぅ……?」「ぁぁ……」二人を見失ったように、きょろきょろし始める。


「なっ……!?」警察官たちが目を見開いた。「なんだよそれ!!」だが次の瞬間。「うわぁぁっ!!」一人の警察官へ、ゾンビが飛びついた。「ぐっ!!離せ!!」


 パンッ!!銃声。一体倒れる。でも、その後ろからさらに来る。そしてゾンビ達は音に集まる。

「数が……!」「いやだ!!来るな!!」別の警察官も押し倒される。「ぎゃぁぁぁぁっ!!」


 肉を噛み千切る音。悲鳴。怒号。銃声。防犯ブザー。そして赤色灯の明かりだけが、飛び散る血を誤魔化すようにぐるぐると回っていた。


 シーツの中。ルナは震えていた。

「……っ」湊の服をぎゅっと掴む。湊はルナをさらに抱き寄せる。「大丈夫!」「……」「絶対守るから」小さな声。ルナは震えながら、静かに頷いた。


 一方その頃。「っ……なんで……!!」噛まれた警察官が、血だらけの顔で叫ぶ。「なんでお前は襲われない!!」


 その声に、湊は少しだけ笑った。

「……あはは、不思議だよね…」シーツの隙間から顔を出す。「こいつら……」ゾンビたちを見ながら。

「俺のこと見えないから」そして、ひらひらと手を振った。「じゃあね」


「っ……!!」次の瞬間。警察官の悲鳴が途切れた。


◇◇◇


 しばらくして。ピッ。防犯ブザーの音が止まる。

 周囲には、呻き声だけが残っていた。

「……行こっか」「うん……」二人は静かにジープへ戻る。車内へ乗り込み、ドアを閉める。エンジンがかかる。


 窓の外では、さっきの警察官たちがもう半分ゾンビになっていた。


「……はぁ…あいつ、もう目バキッてんじゃん…きもっ」ルナがシートへ沈み込む。「危ないのって……ゾンビだけじゃないね」「……うん」湊も苦笑する。

「帰ったらまた作戦考えようか」「うん…そうだね」「……した後に♡」「ばかぁぁぁっ!!」ルナが真っ赤になる。

「あんたは無敵だからそっち考えられるんでしょうが!!」「あははっ!」

「私は毎回心臓バクバクなんだよ!?」「うんうん」

「吊り橋効果にも程があるわっ!!」

「でもドキドキしてるんでしょ?」「……っ」

「図星?」「黙れぇぇ♡」ジープは夜道を走り出した。


◇◇◇


 新居へ着いた頃には、空は完全に暗くなっていた。

「……あれ?」湊がライトの先を見る。


 家の前。一体のゾンビが、ふらふら歩いていた。

「うわ……いる」ルナが少し顔をしかめる。

「追い払ってくるね」「気を付けて」


 湊は車を降りる。そして近くの壁を蹴った。ガンッ!!ゾンビが音へ反応する。


「ぅぅ……」ふらふらと湊の方へ来る。

「よしよし」さらに別方向で音を出す。

 だが、数秒後。ゾンビはまた家の前へ戻っていった。

「……あれ?」湊の表情が変わる。

「なんで……てか、あのゾンビ…この家の…」

 ゾンビは、まるで家を探すみたいに玄関付近をうろうろしている。


「……」湊は静かに家の中へ入った。少しして戻ってくる。手には、一枚の写真。古びた夫婦写真だった。


 湊はそれをゾンビへ見せる。

「……」ゾンビの動きが、一瞬止まる。そして湊は、その写真をゾンビの胸ポケットへそっと入れた。


「ぅぅ……」ゾンビは小さく呻く。それから、ゆっくりと、どこかへ歩き出した。


「……」ルナが静かに近づく。「あのゾンビどうしたの……?」「……たぶん」湊は少し切ない顔をした。

「奥さん……迎えに来たみたい」「えっ?……そっか」ルナも小さく呟く。


「ゾンビになっても……奥さん愛してたんだね」

「……うん…きっとね…」夜風が、静かに吹く。


 遠ざかっていくゾンビの背中を見送りながら、

 湊は小さく言った。「……家、入ろっか」「うん」


 二人は静かに、新居の扉を開けた。



            続

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