第12話 【推しがフライパンでゾンビ無双する姿に興奮してしまっただけなんです】
ホームセンターの駐車場を、二人は並んで歩いていた。初夏の昼の風が、壊れた看板をぎぃ……と揺らしている。遠くでは、どこかの車の警報音がまだ鳴りっぱなしだった。
湊とルナは入口近くに置かれていた空のカートを押している。
ガラガラガラ……。「……ねぇ、湊」
懐中電灯を持ちながら、ルナがちらっと横を見る。
「ん〜?」湊はカートを押しながら振り向いた。
「ゾンビ達ってどこやったの?」
「あっ、それ?」湊は得意げに笑う。
「扉ある場所に集めて、まとめて閉じ込めてきた」
「へぇ〜、全部?」ルナが少し感心した顔になる。
「んっ?……たぶん?全部?」
ドゴッ。「いっっっっってぇぇぇぇ!!?」
ルナの尻キックが綺麗に決まった。
「たぶんじゃ危ないでしょ!!」
「なんで!?今の流れ褒められるとこじゃない!?」
「“たぶん閉じ込めた”はホラー映画で死ぬやつなのよ!完全に後半のフラグ立てんなよ!」
「あぁ〜、確かに地下室確認しないタイプか俺……」
「そういうとこ雑なんだから!」ルナはじとーっと睨む。「もし残ってたらどうすんの?」「えぇ〜?その時は……」湊は少し考えてから、真顔で頷いた。
「うん。ルナちゃんが噛まれてゾンビ化しても愛す」
「重ぉぉぉぉい!!」
「当たり前でしょ!首輪つけて、“うちの子可愛いねぇ〜♡”って愛でる!」
「いーや!!」ルナが即ツッコミする。
「あんたの特殊性癖を終末世界のゾンビ推しに押し付けんな!!」
「えっ、ダメ?」「ダメだわ!!」「「あははっ!」」駐車場に、二人の笑い声が響く。
そしてそのまま、二人は割れたガラスを避けながらホームセンター入口へ近づいていく。
自動ドアは半分壊れて止まっていて、中は薄暗い。
棚の影が奥までずらっと続いている。
「……うわぁ」ルナが小さく呟く。
「電気付いてないホームセンターってこんな怖いんだ……」
「でもちょっとワクワクしない?」「それ男子だけだから」「えぇ〜?秘密基地感あるじゃん」
「今ゾンビ秘密基地になってる可能性あるけど?」
「……たぶん大丈夫!」「その“たぶん”やめろぉ!!」
壊れた自動ドアをくぐると、ひんやりした空気が二人を包んだ。
「……うわ、暗っ」ルナが懐中電灯で辺りを照らしながら小さく呟く。昼なのに、店内はほとんど真っ暗だった。電気は落ちている。奥の方は棚の影が重なって、何があるのかもよく見えない。
ただ、天井の一部が割れているらしく、そこから細い光だけが斜めに差し込んでいた。
ガラガラガラ……。湊が空のカートを押しながら進んでいく。
「なんかRPGのダンジョン感あるな……レベル足りてるかな?」「ホームセンターで冒険始める人初めて見た」「あっ、見て見て!」湊が棚を指差す。
「バーベキューコンロ!」「いや今それいる!?」
「終末世界で肉焼きたいじゃん」「その前に肉がないのよ」「後でお肉屋さんの冷凍庫確認しに行こう!」
「あっ、これもいいな!」今度は折りたたみ椅子を持ち上げる。「庭で黄昏れられる」「ゾンビ見ながら黄昏れる気?」
「あ〜、でもこのミニ発電機もいるなぁ」 湊は急に真面目な顔になる。
「曇り続いて冷蔵庫止まると結構キツいし」
「確かに……ね」ルナも棚を見回した。
「あとこの水タンクも欲しいかも」「うんうん」
二人は並んで歩きながら、必要な物を次々カートへ入れていく。
工具箱。ランタン。乾電池。ロープ。ガスコンロ。
「ねぇ湊」「ん?」
「これ、ちょっと新婚の買い物っぽくない?」「……っ」湊の動きが止まる。
「やめて。そういうこと急に言うのやめて」
「え〜?なんでぇ?」ルナがにやにや笑う。
「だってさ、“この鍋使いやすそう〜”とか、“庭どうする〜?”とか完全に夫婦じゃん」
「……たしかに」「でしょ?」
「あっ、じゃあこれも買お」湊がクッションを持ち上げる。
「えっ、なんで?」「ルナちゃん抱き枕用」
「いーや!本人いるだろ!!私を抱け!」「あははっ!ではお言葉に甘えて♡」「今じゃないっ!あははっ!」静かな店内に、二人の笑い声だけが響いていた。
その時だった。「……」ルナがふと気付く。
湊が、じーっとこっちを見ている。
「……なに?どうした?」「いや……」
湊の鼻の穴が、ほんの少し膨らんでいた。
「……あ」ルナの表情が固まる。「えっ……あんたもしかして……」「えっ?」「スイッチ入ってない?」「えっ……なんで分かったの?」「いや分かるわ!!」ルナが小声でツッコむ。
「その顔、完全に始まる前の顔だから!」
「えぇ〜?そんな顔してないよぉ」
湊は笑いながら近付いてくる。
「してる!してるって!」ルナは少し後ずさる。
「ダメ……ほら、外だし……」「でも誰もいないよ?」「そういう問題じゃないの!」
湊はくすっと笑うと、ルナの肩へ軽く額を乗せた。
「ちょっとだけ」「んぅ……」指先がそっと腰へ触れる。ルナの肩がびくっと揺れた。
「ちょっ……や、だから……だめだって」「ルナちゃん可愛い」「……っ、ばか」顔が熱くなる。
静かな店内。近すぎる距離。吐息が触れそうだった。
その時。、、ぅぅぅ……。
「……え?」ルナの表情が凍る。湊の背後。
暗い棚の隙間から、ゆっくりとゾンビが現れていた。
「……湊…マジでダメ…」「ん〜?なんで〜?」
「いや、マジで、後ろ」「えっ?なに?今いいとこ、、」「後ろ見て♡」「えっ?なんで急に♡付けたの怖っ」湊が振り返る。
「ぅぅぅぅ……」「うわっ!?」ゾンビ、超近い。
「えっ、近っ!!近距離恋愛!?」「ゾンビとするな!!」湊は慌てて飛び退く。
だがゾンビは、湊を認識できず、そのままルナの方へふらふら歩いていく。
「ひっ!?ちょっ、一人だけ逃げんなっ!こっち来たぁ!!」「えっ、ごめん!待って待って!」湊、近くの商品棚を叩く。ガンガンッ!!ゾンビが音へ反応して方向転換する。
「ぅぅぅ……」「ほら!こっちこっち〜!」
「犬じゃないんだから!!」
「あっ、でもよく見るとちょっと可愛いかも」
「全然可愛くねぇよ!?目がバキバキで夢に出るわっ!」
、、ぅぅぅ……。「……え?」ルナの表情が凍る。
湊の背後。暗い棚の隙間から、ゆっくりと別のゾンビが現れていた。しかも一体じゃない。奥にも、横にも、ふらふら揺れる影。
「……湊」
「ん〜?大丈夫引きつけてるよ!」「いや、後ろ」
「えっ?なに、また鼻の穴膨らんでる?」「違う。死ぬ方」「えっ?」湊がゆっくり振り返る。
「ぅぅぅ……」「うわっ!?別のいたぁぁぁっ!!」
湊が飛び退く。その勢いで、持っていた金属ボウルが床へ落ちた。
ガァンッ!!「っあ」「おいぃぃぃ!!」
音が響いた瞬間。店内の奥から、さらに呻き声が返ってくる。
「ぅぅ……」「ぁぁ……」
「増えた!!ルナちゃん?増えたんだけど!?」
「湊ぉぉ!!おまえ!全部閉じ込めたって言ったじゃん!!」「たぶんって言ったもん!!」「そこ曖昧にするなって言ったろ!フラグ回収にも程があんだろ!」二人は慌ててカートを押して逃げようとする。
だが、カートはパンパンで逃げようにも動きづらい。
「ちょ、カート重っ!!誰だよバーベキューセット入れたの!!」「ルナちゃんとのサンセットバーベキューの夢を諦めたくなかった!!」「そりゃ“素敵な夢”ですね!」
その間にも、ゾンビが近づいてくる。
「ぅぅぅ……」「ひぃぃっ、来る来る来る!!」
湊が近くの棚を叩く。ガンッ!!ゾンビたちの顔が、一斉に音へ向く。
「よしっ!」「ナイス!……って、あっ」別方向から、また別のゾンビ。
「なんでぇぇ!?」「音出したからだよ!!」
「終わってるこの能力!!」ルナが半泣きで後退する。すると一体が、ルナのすぐ目の前まで迫った。
「きゃぁぁっ!!無理!近寄んないで!!」
反射的に、ルナの前蹴りがあそこに炸裂。
ドゴッ!!「ぅぉぁっ!?」ゾンビが後ろへ吹っ飛ぶ。
「……っ」湊が股間を押さえて渋い顔をした。
「な、なんであんたが痛そうにしてんの!?」
「いや……急所は見てるだけで分かるから……」
「ゾンビに共感するな!!てか!助けろっ!」
さらに一体が近づく。湊は深呼吸して、キリッとした顔を作った。
「……ルナちゃん」「なに」「戦おう!」
「うるせぇ!ステルスチーター野郎が偉そうにキリッと言うなっ!!こっちは生身だっつぅの!!」
ルナが近くのフライパンを掴む。
「絶対守れよ!?私を殺すなよ!?噛まれても愛せよ!」「はいっ!!喜んで!」二人は並んで構える。
「……てかルナちゃん」「ん?」
「その構え、空手とかやってた?」
「はぁ?戦うって言ったらこの構えでしょうよ!」
「もしかして気合いだけだった!?」
「はぁ?気合いだけでいけるいける!!たぶん!!」
「その“たぶん”怖いんだけど!?じゃ、いくよ!」
湊が棚を蹴る。ガンッ!!ゾンビたちが一斉に振り向く。
「ルナちゃん!今っ!!」「オッケー!おりゃぁぁぁ!!」ルナのフライパンが、ゾンビの後頭部へ直撃。
ゴッ!!「ぅぁ……」ゾンビがビクンビクン震えながら崩れる。
「うわっ!効いてる効いてる!!くぅぅぅ!推しのフライパン振り回す姿、キュン痺れるぅぅぅ!」
「おっしっ!いけるね!家庭用品つよっ!!てか、か弱い姿にキュンしろっ!」
その隙に、湊がロープをゾンビに向かって投げる。
「はいはいはいっ!!大人しくしてくださ〜い!!」
ぐるぐる巻き。「ぅぅ……」
「ホームセンターで捕獲されるゾンビ初めて見た……」
さらにもう一体。ルナがフライパン。湊が誘導。ロープで縛る。気づけば、通路の端には簀巻きゾンビが何体も転がっていた。
「……はぁっ、はぁっ……」「……っふふ」
一瞬。二人で顔を見合わせる。
「あははははっ!!楽しぃぃぃ!」
「なんなのこれぇぇ!!ウケんだけど!」
汗だくなのに、二人は笑いが止まらない。正に狂気。
◇◇◇
ゾンビを制圧して、大量の荷物を積んだカートを押しながら、二人は出口へ向かう。
「さぁ、帰りましょか?お姫様♡」「フライパン振り回す姫がいるか?」「ん〜、俺の知ってる限りでは髪の毛長い姫かな?」「うわっ、あんたそっち系好きだな!」
「あははっ!サブスク入ってたからね!今日帰ったら見よ」「あははっ!そうだね!」外へ出ると、空はすっかり暗くなっていた。
「湊、……夜だねぇ」「ホームセンターって意外と時間溶けるからね」「普通のカップルみたいなこと言うじゃん」「二人でゾンビ簀巻きにした後だけどね」「あはは!確かに♡」二人は笑いながら、荷物をジープへ積み込んでいく。
水タンク。工具箱。ランタン。謎の観葉植物。
「なんでその観葉植物買ったの?」「南国感欲しくて……」
「終末世界で雰囲気求めるな…てか庭に椰子あんでしょ」「確かに…」全部積み終え、二人は車内へ乗り込む。
だが、、「……ん?」エンジンがかからない。
いや。湊がかけていない。
「湊?早く帰ろ…」「……」「……おい、聞いてる?」ルナがじとっと見る。
湊。鼻の穴、ぱんぱん。
「おい、その顔やめろ」「無理」
「もうすぐ家だから我慢しろ!」「ごめん、無理!!」湊が覆いかぶさる。
「ちょっ、バカっ♡」
「あんな戦闘見せられたら無理だってぇぇ!!」
「意味分かんないっ!汗だくで臭いから、、」
ルナは数秒抵抗して、観念したみたいに笑った。
「……はぁ」「?」
「早く終わるように、本気出すよ♡」「わぁぁぁお♡好き♡」ルナが湊の頬を軽くつねる。
「こう言う時ばっか好きって言うな!帰ったら、ちゃんと私も満足させてね♡」「了解っ♡」「んっ?……臭っ…」「ごめん……んっ…」
夜の駐車場に、二人の笑い声と囁きが小さく響いた。
続
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