第9話 三百十二点、全部訳あり
第2章「三百十二点、全部訳あり」、ここから開幕です。レイたちの初めての遺跡探索をお届けします。
依頼書に書かれた報酬より先に、俺はその一行へ目を奪われた。
遺物三百十二点。いずれも運用不能。
「三百十二回、買い物できるってことか」
「三百十二回、死にかける可能性があるってことよ」
リシェが依頼書を裏返した。
治療を始めて二週間。ようやく腕を吊る布が外れた朝だった。
店へ来た女は、俺たちのやり取りを聞いても笑わなかった。
「どちらも違います。査定であって、売却ではありません」
探索者組合の検分官、セラ。
机に並べた筆の先が、三本とも同じ向きを向いている。
いかにも、領収書の桁を見逃さなそうな人だった。
「過去七回の回収作業は、なぜ失敗したんです?」
「持ち出した品が、入口を越えると庫内へ戻るためです。解呪の経験者を同行させた際には、品が壊れました」
面白そうだ、と言いかけて飲み込む。
壊れた品を掘った人間は、面白くなかったはずだ。
「怪我人は」
「三人。全員帰還しています。死亡者はいません。ただ、最後の調査では庫内の床が動きました。以後、立入停止です」
セラは、古い平面図を広げた。
棚。通路。丸い台。
宝箱より、作業机が多い。
図の端に、魔剣の鍔と同じ形の文字があった。
俺は鞘から少しだけ剣を抜き、二つを並べる。
セラが顔を近づけた。
「読めますか?」
「読めない。ただ、同じ工房の品なら、止め方も似てるかもしれない」
彼女の筆が、そこで初めて動いた。
「費用は着手金二枚、検分完了で四枚。金貨です。同行費と道具代は別途、上限を決めます」
俺が口を開くより先に、リシェが指を立てた。
「危険が増した場合の中止権。回収品の所有者。記録の閲覧権。そちらも先に」
セラは嫌な顔をしなかった。
むしろ、少し姿勢を正した。
「所有は組合。売却は後日、公開した条件で。現場の安全判断は、私とレイさんのどちらか一方で停止できます。調査記録は閲覧可能です」
「人命救助や封印の修復は、別の作業になる」
「変更時に書面を追加します。救助だけは事後でも」
リシェが俺を見る。
俺はうなずいた。
「なら、受けます。全部外せるとは約束しません」
「それを約束する方には、頼めません」
セラは初めて笑った。
ほんの少しだけ、だが。
◇
廃棄庫は、街から荷車で半日ほどの丘にあった。
エダが手綱を取り、俺とリシェが荷台へ乗る。セラは先導の探索者と歩いていた。
護衛役の男は、背中に槍を一本背負っている。
銀級探索者、ゼン。
「遺物を外す人が来るとは聞いたが、店主だったのか」
「仕事は選ばない方なんで」
「選べ。ここの床は、剣で斬ると下へ落ちる」
からかわれたのかと思った。
だがゼンは、図面の赤い線を指していた。
薄い床下に、空洞がある。
「前の調査では、そこを割って一人落ちかけた。今日は先に命綱を張る」
俺は図面を引き寄せた。
「その記録、全部見せてくれ」
「面倒な紙を読む奴で、助かった」
彼は荷台へ、分厚い綴りを置いた。
七組分の失敗が、そこにあった。
七組分、俺たちが同じ間違いをしなくていい。
丘の斜面へ着くと、石造りの入口が口を開けていた。
扉は、ない。
代わりに入口の内側へ、古い木箱が一つ置かれている。
蓋には、新しい字でこう書かれていた。
持ち出せるなら、先にこれをどうぞ。
俺は箱を開けた。
中にあったのは、縁の欠けた白い杯だった。
手に取ると、掌へ温もりが伝わる。
黒い糸が、杯の底から細く伸びていた。
「歓迎の飲み物は?」
「入っていません。前回、飲もうとした人がいたので、中身は捨てました」
セラが真顔で答える。
俺は杯をひっくり返した。
底の文字へ触れると、意味が浮かぶ。
〈帰庫:登録された庫の境を越えた場合、格納台へ戻る〉
思わず、口の端が上がった。
「悪い呪い、ってわけでもなさそうだ」
俺は杯を持ち、出口へ一歩踏み出した。
次話、持ち出すと元の棚へ戻る遺物。その「困った性質」を調べるところから、宝探しが始まります。




