第10話 お宝は、出口で元の棚に帰りました
掌の重みが消えた。
振り返ると、杯は木箱の中にあった。
落ちた音もしなかった。
ついさっきまで俺が持っていた形のまま、底を上にしている。
「便利だな」
「持ち出そうとした全員が、最初はそう言いました」
セラが記録用紙を開く。
俺は、もう一度杯を持った。
入口を半歩越える。
杯が消える。
木箱を見る。
戻っている。
「それ、あと何回やるの?」
「今度は、糸を見る」
リシェが義眼を差し出した。
革紐を耳へ回し、杯を顔の近くへ持つ。
黒い糸は杯に絡んでいる。その内側を、青い線が一周していた。
外へ踏み出す瞬間、二つが一緒に光る。
帰る力そのものは、呪いではない。
どこで発動させるかを、呪いが決めている。
「外せると思う。でも、ここでは外さない」
「なぜです?」
「杯を温める線と、帰す線のつなぎ目が近すぎる。前に壊れた品の記録は?」
セラが一枚の写しを出した。
解呪後、発熱。魔石破損。
字を読んで、ようやく腑に落ちた。
止める仕掛けを外して、魔力だけを流し続けたのだ。
「割った杯は、熱かったはずだ」
セラは綴りをめくり、指を止めた。
「……触れられず、布で包んだとあります」
「呪いだけの問題じゃない。道具の壊れ方も、調べた方がいい」
義眼は、壊れる未来を見せてくれない。
見えるのは、今ここを流れている線だけだ。
その先は、記録と手で確かめるしかなかった。
俺は杯を箱へ戻した。
途端に、底の青い線が細くなる。
木箱の下に敷かれた石板へ、魔力が逃げていた。
「格納台って、これか」
木箱ごと持ち上げようとすると、ゼンが手を添えた。
「待て。板は床につながってる」
彼の指した隙間に、銀色の細線が見えた。
剥がせば、何かを引きちぎる。
俺は箱を下ろした。
「助かった」
「遺物に詳しくても、罠の方は見落とすんだな」
「だから、給金を払って同行してもらってる」
ゼンは一瞬だけ目を丸くし、それから鼻で笑った。
「なら、給金分は働く」
◇
奥へ入る前に、綱を張った。
入口の石柱と、前回の調査で無事だった柱。その二本へ。
エダが結び目を引き、俺たち一人ずつの腰へ短い綱をつなぐ。
「引っ張られたら、逆らわず膝をついて。転がった方がまだましだから」
荷役の説明と同じ口調だった。
怖くなくなるわけではない。
ただ、転んだ後にやることが決まっているのは、ありがたかった。
最初の部屋には、棚が十二列あった。
壺、箱、刃物、靴、鳥籠。
どの棚にも、丸い格納台が並んでいる。
金貨に換算するより先に、目が忙しくなった。
黒い糸と青い線が、細い通路を挟んで何重にも重なる。
「これを、一点ずつ調べるのか」
「嫌になりました?」
「逆だ。どこから触るか迷ってる」
リシェに肩を押さえられた。
「触る前に、番号。あと、今日は十点まで」
俺たちはまず、入口に近い棚へ一から順に札をつけた。
十点目の下に、盾があった。
表面の塗料が剥げ、留め革は切れている。
脇の処分票には、二銅貨と書かれていた。
組合の昔の評価額だ。
「それを持った人は、前へ飛ばされました」
セラが言う。
俺は床の青い線と、盾の傷を見比べた。
そして、腰の古い籠手へ触れた。
足止めの呪いをしまってある、あの籠手だ。
「飛ばされないようにして持てば、試せるな」
ゼンが、俺の前に立った。
「まず、飛ばされる向きから調べろ」
ごもっともだった。
次話は、二銅貨と評価された盾の出番。まずは安全に、吹っ飛ばされる向きから確かめます。




