第8話 銅貨三枚の魔剣から、俺たちの店へ【第1章完】
第1章の最終話です。競売の夜を越えた、その後のレイたちをお届けします。
開店初日、俺の店には値札のついていない物が三つあった。
一つは、壁に立てた魔剣。
一つは、棚の奥にしまった呪いの鉄筒。
もう一つは、店先で釘を打っているリシェだった。
「最後のは、数に入れると怒るわよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に出てる」
俺は右手で看板を支えた。
左腕は、まだ吊ったままだ。
医師には骨に異常はないと言われたが、それと痛くないことは別だった。
リシェが最後の釘を打つ。
板に書かれているのは、気取らない店名。
レイ遺物買取修理店。
「もう少し、格好のいい名前にしない?」
「何をする店か、一目で分かる」
「役所に登録したら、しばらく変えられないわよ」
「じゃあ、十年はこれで」
リシェは呆れた顔で笑い、金槌を下ろした。
俺も看板から手を離す。
それは落ちずに、ちゃんと店の上に残った。
◇
競売の夜から、五日経っていた。
俺が最初の二日を寝て過ごす間に、マルヴェン商会の荷置き場は、ほかにも三つ見つかった。
七人以外にも保護された人がいたらしい。
詳しい人数や取引の行方は、まだ調べている最中だという。
俺の元いた発掘団にも、衛兵が行った。
団長は最初、俺が勝手に使った印だと言い張ったそうだ。
その説明は、商会から持ち出された会計控えと、印を押すところを見た事務係の証言で崩れた。
隊長が知らせに来たとき、俺は宿のベッドへ座っていた。
「君に支払うべき給金についても、帳面を押さえた。ほかの団員の分も含めて確認する」
「三か月です。食費の立替えは別で」
「書いてくれ」
差し出された紙へ、右手で金額を書いた。
思ったより多かった。
自分で自分の働きを安く見積もる癖は、こういうときまで残っていた。
「恨み言の一つぐらい、伝えるか?」
隊長が尋ねた。
俺は少し考えて、首を振った。
「金額を、正確に伝えてください」
殴られた頬は、まだ黄色く痣になっている。
それが消える前に、俺には次の仕事ができた。
今は、そちらの方が大事だった。
◇
店の元の持ち主は、リシェの取引相手だった。
使っていない倉庫兼店舗を、小さな工房に改装する。
保証金と最初の家賃、それに丈夫な作業台。
合わせて、金貨四枚。
「店って、剣より高いんだな」
「比較する剣を間違えてる」
資金になったのは、事件解決への協力に対する謝礼だった。
金貨十二枚。
危険な遺物を見分け、証拠を持ち出し、救出に加わった分だと言われた。
リシェと六枚ずつ分けた。
魔剣は、元の購入記録を確認された後に返された。
銀鏡は押収品だ。勝手にもらっていい物ではない。
手が少し動くようになってから詰所へ行き、遅れの呪いだけを持参した手鏡へ戻した。
他人の物は、勝手に商売道具にしない。
俺がこれから売るのは、そういう店の信用でもあった。
「修理代と家賃を払ったら、俺の分はほとんど残らないぞ」
「在庫はあるでしょ」
リシェが、机の上の指輪を指した。
魔剣と一緒に買った、石縫いの指輪だ。
足を縫い止める呪いを外した後、本来の働きをきちんと調べていなかった。
彼女は割れた石皿を二つ並べ、指輪へ魔力を通した。
切り口が寄る。
数息の間に、皿が一枚へ戻った。
「同じ石から割れた物に限るし、欠けた分までは戻らない。でも、加工した石材や石の器を扱う人には売れる」
「足止め用だと思ってた」
「それは、あなたの使い方」
彼女は繕った皿を持ち上げ、光にかざした。
「解呪済みの遺物は、試験記録がないと買い叩かれるわ。動作条件、使える回数、残った傷。そこまで見せて、初めて値段になる」
彼女の書いた帳面には、小さな文字がぎっしり並んでいた。
俺が五分で終えた解呪に、半日かけて調べた結果だ。
「手数料、いくらにする?」
俺が尋ねると、リシェの指が止まった。
「品物によるけど。売値の一割から、難しい物なら――」
「一件ごとに払うんじゃなくて」
俺は店の空いた側を指した。
まだ何も載っていない、もう一つの机。
「鑑定も仕入れも、俺一人じゃ無理だ。値段も分からないし、きっと最初の客に金貨一枚で魔剣を売る」
「一枚も取れたら上出来ね」
「ひどいな」
リシェが笑う。
俺は、その笑いが消える前に続けた。
「だから、店を一緒にやってほしい。仕入れに出るのも、遺跡へ行くのも。取り分は、経費を引いて半分ずつ」
リシェは空の机を見た。
窓から光が入り、その縁を細く照らしていた。
「……字が下手」
「それ、今する話か?」
「共同経営なら、帳簿は私がつける」
彼女が空の机へ歩いていった。
鞄を置く。
その動作は、いつも店先で品物を広げるときより、少しだけゆっくりだった。
「仕入れで無茶をする前に、予算を聞くこと」
「分かった」
「怪我をしたら、治るまで休むこと」
「……それも、分かった」
「じゃあ、よろしく。レイ」
差し出された手を、俺は右手で握った。
◇
看板をかけた後、最初に来たのはエダだった。
両腕に、棚板を抱えている。
「開店祝い。端材だから気にしないで」
「それを運ぶ仕事で、危ない目に遭ったんじゃなかったか」
「だから、誰の荷物を運ぶか選ぶことにした」
エダは板を下ろし、店内を見回した。
「運ぶ物が増えたら呼んで。今度は、先に給金を決めよう」
「鎧の支給は、ないぞ」
「それがいい」
笑った彼女を見送ると、次は親子が来た。
あの夜、最後に首輪を外された男と、その娘だった。
差し出されたのは、パンを包んだ籠。
焼いたばかりの匂いがした。
「うち、パン屋だったんです。釜の修理で借りたお金が、いつの間にか増えて……」
男はそこまで言い、口を閉じた。
娘が籠を押し出す。
「また焼けるようになったので。お二人に」
俺は受け取った。
金貨十二枚より、少し慎重に。
「この辺、朝が早いんだ。配達してもらえるか?」
「はい!」
「明日からは、代金を払う。二人分で」
リシェが俺を見て、うなずいた。
親子が帰ると、俺たちは新しい机でパンを食べた。
修理した石皿の上へ、半分ずつ置く。
窓の外を荷車が通り、看板の影が床へ揺れた。
銅貨七枚しか持っていなかった。
魔剣に三枚。指輪に一枚。
残りを握って、次に何を買うか考えていた。
あれから金は増えて、減った。
肩は痛むし、店の屋根には雨漏りの跡がある。
けれど今、向かいには同じ帳簿を使う相手がいる。
明日の朝、届けられるパンがある。
俺が欲しかったのは、たぶん、こういうものだった。
「で、最初の売上は?」
リシェがパンの最後の一口を飲み込み、現実へ戻った。
「指輪を、知り合いの石工へ見せるんだろ」
「午後に来るわ。問題は、その次の仕入れ」
俺は腰の鉄筒を見た。
彼女も見た。
「それは売らないでよ」
「分かってる。呪いだけ売るのは、後始末が悪すぎる」
「そうじゃなくて。あなたが危ない物を仕入れるとき、いちばん役立つ在庫でしょう」
俺は少し黙って、それから笑った。
分かってくれる相手がいるのは、助かる。
◇
午後、石縫いの指輪には初めてまともな値段がついた。
試験の条件を確かめた石工は、その場で銀貨八十枚を置いた。
リシェが領収書を書く。
俺は『売却済』の札を、一枚目の帳簿に貼った。
銅貨一枚の仕入れが、店の最初の売上になった。
閉店前、今度は探索者組合から封筒が届いた。
呪物の修理を扱う店として申請した書類に、返事が来たのだ。
許可証と一緒に、一枚の古い依頼票が入っていた。
リシェが読み上げる。
「第十三遺跡、通称『廃棄庫』。調査済み区画に遺物三百十二点を確認。いずれも呪いにより運用不能」
俺はパン屑を払い、身を乗り出した。
「三百十二点?」
「続きがある。過去七回の回収作業は失敗。所蔵品の一括査定と、安全な搬出方法の提案を求む」
遺跡の図面には、何十もの棚が描かれていた。
そのうちの一つに、見覚えのある古い文字がある。
魔剣の鍔へ刻まれた文字と、同じ形だった。
剣一本で、これだけ人生が変わった。
同じ時代の遺物が、まだ棚いっぱいに眠っている。
胸の奥が、どうしようもなく騒いだ。
「まずは、見に行こう」
「怪我が治ったら、ね」
リシェは俺の前へ予算帳を置いた。
新しい頁のいちばん上に、二人で店の名前を書く。
今度は、俺の字も少しだけ丁寧だった。
捨てられた物を拾う。
何ができるのかを調べる。
使えなくしている呪いには、別の使い道を探す。
俺たちの商売は、ここからだ。
第1章「銅貨三枚の魔剣と、俺についた値札」は、ここで完結です。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第2章は、三百十二点の呪われた遺物が眠る「廃棄庫」の探索へ。二人の店と宝探しの続きを、楽しみにしていただけたらうれしいです。
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