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捨て値の呪物を買い漁る俺、外した呪いで無双する〜誰も使えない神話級遺物、俺だけ全部使えます〜  作者: 渋谷 爽月
第1章 銅貨三枚の魔剣と、俺についた値札

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第6話 魔剣は売る。俺は売らない

 川へ向かう途中で、隊長が俺の腕を引いた。


「止まれ」


 荷置き場の二階。その窓から、人影が一つ降りてきた。

 縄梯子だ。

 影は土に膝をつき、こちらを見ると両手を上げた。


「撃たないで! わ、私は会計をしていただけで」

「誰の?」


 リシェが尋ねる。

 男は答える前に、背後を振り返った。

 それだけで、ここが目的の場所だと分かった。


 衛兵の紋章を見た男が、息を吐く。


「マルヴェン商会です。主催のマルヴェン様が、急に戻ってきて……帳簿を失くした、船を出せと」


 白手袋の名前が、やっと分かった。

 地下道を使ったらしい。追っているつもりで、先を越されていた。


「中の人数は」

「護衛が四人。あと、地下に七人。でも、もう引き上げて」


 隊長の手が、男の襟をつかむ。


「どこへ」

「船です! 本当に、私は数字しか」

「なら、七人を物の欄へ書いたのも、お前か」


 男は黙った。

 隊長は部下へ縄を渡した。


「二階の縄梯子を使う。リシェ、船着き場の見える場所へ。笛が鳴ったら、誰も船へ近づけるな」

「二人で四人の護衛を?」

「正面からならな」


 隊長は俺へ視線を向ける。


「解錠はできるか」

「錠前ごと斬っていいなら」

「静かにできるかと聞いた」

「……それは、難しい」


 リシェが口を挟んだ。


「正面を開けてもらいましょう。向こう、なくした帳簿を探してるんでしょう?」


     ◇


 俺は裏競売の名簿を抱え、正面の戸を叩いた。

 リシェが隣に立つ。

 俺の腰に剣はあるが、抜けないよう吊り帯を結ばれている。


 中から覗いた男へ、名簿の表紙を見せた。


「忘れ物の配達だ。受取人はマルヴェン」


 少し待つと、閂が上がった。

 俺たちの背後を、護衛が二人確認する。

 路地には誰もいない。

 隊長たちは、とっくに二階へ上がっていた。


 荷置き場には、河へ続く大きな板戸があった。

 その前に七人が並んでいる。

 全員、首に同じ黒い輪をつけていた。

 腕が細く震えているのに、足だけは揃っていた。


 白手袋のマルヴェンが、帳場机の向こうで笑う。

 劇場と違い、上着は泥で汚れていた。


「戻ってくるとは思いませんでしたよ」

「俺も、こんな重い帳簿を持って走るとは思わなかった」


 黒い表紙を抱え直す。

 収納袋のことまで教える義理はない。


「七人を返せ。帳簿を渡す」

「警吏の方々は?」

「来る。その前に逃げたいんだろ」


 マルヴェンの目が、俺の吊った腕へ落ちた。

 次に、剣へ。


「その剣も、置いていっていただく」


 リシェが息をのんだ。


「銅貨三枚で手に入れたと聞いております。買値の十倍は払いましょう」

「三十枚か。俺が最初に持ってた金より多いな」

「悪くないでしょう?」

「それで七人の首を外すならな」


 男の笑みが、少しだけ薄くなった。


 俺は帳場の前の椅子へ座った。

 足元には、縦長の銀鏡が置かれている。

 人の輪郭の脇に、細かな文字が映っていた。

 俺の腰の鉄筒を、一つずつ数えるように。


「来客の検査用です。呪いを抱えておいでなら、先に出していただきたい」


 なるほど。

 競売で触られたことは、きちんと警戒している。

 マルヴェンは護衛へ命じ、俺の腰帯を外させた。


 鉄筒、工具、布包み、手鏡。

 全部が椅子の横へ積まれる。

 俺は肩を押さえながら、右手をついた。冷たい銀鏡の縁へ。

 布包みに残した左の指先が、じり、と熱くなる。


 男は、鉄筒の札を読んでいた。


「ずいぶんと危険な収集癖をお持ちだ」

「苦労して手に入れた物ばかりだ。剣以外は返してくれ」

「交渉がまとまれば」


 俺は鏡から手を離した。

 リシェが俺を見た。布包みの結び目へ、彼女の視線が一度だけ動く。

 何も聞かず、俺の椅子の背へ回った。


「首輪の外し方を、先に見せて」


 彼女の言葉に、マルヴェンは指輪を掲げた。

 舞台で見た、銀の指輪だ。


「これを留め金へ当てる。呪いを切る必要はありません。装着を解けば、命令は届かなくなる」

「一人、外して」

「逃がした人数に応じて、帳簿を一枚ずついただけますか」


 俺は開いた名簿へ、指をかけた。


「いいぞ。最初は、この頁だ」


 商会名、引渡先、七人の名前。

 マルヴェンの署名がある。

 男が口を閉じた。


「七人の署名なら、七枚あると思うけど。一枚目で十分なの?」


 リシェは穏やかに尋ねた。

 どの頁が証拠になるか、俺より早く見つけたのは彼女だった。


 マルヴェンが、机を指で一度叩いた。


「……全員を外しましょう。代わりに、剣は先に検査します。呪いが残っていては、買う価値がありませんので」


 男は銀鏡を机の脇へ立てた。

 護衛に剣の吊り帯を解かせ、俺の膝へ置く。


 鏡に、鞘をつけた剣が映った。

 遅れて、名前が浮かぶ。

 断頭の魔剣。

 呪いの文字は、ない。


「抜かずに、このまま置いておいてください。こちらへ動かすときにも、もう一度見ます」

「分かった」


 マルヴェンは七人の前へ立った。

 小さな鐘を、指輪のついた手で鳴らす。


「その場で待て。首輪を外した後は、好きにしなさい」


 七人の肩が同時に揺れた。

 男が留め金へ指輪を当てる。

 一つ目が開き、床へ落ちた。


 若い男が、自分の首を両手で包んだ。


「……歩いて、いいんですか」

「こっちへ」


 リシェが手を差し出す。

 男は一歩踏み出し、それから膝を崩した。

 彼女が支える。


 二人目は、三人目と手をつないでいた。

 離せ、と護衛が言った。

 俺は名簿を閉じた。


「二人一緒に外せば、手間が省ける」


 マルヴェンが舌打ちを飲み込むのが見えた。

 指輪が二度動く。

 二人は手をつないだまま、リシェの方へ来た。


 四人。五人。六人。

 首輪が外れるたびに、俺は顔を見た。

 名前は帳簿にあった。だが、帳簿を読むだけじゃ、どんな顔で自分の足を見下ろすのかまでは分からなかった。


 最後の一人は、白髪の男だった。

 首輪が落ちても、動こうとしない。


「……娘は」


 その言葉に、マルヴェンが顔をしかめる。


「別の話です。その方自身が、ご自分の労務を担保に借財を」

「父さん!」


 三人目に外された少女が、駆け戻ってきた。

 白髪の男は、抱きつかれてもすぐには腕を動かせなかった。

 指が震えた。

 その指が娘の背へ触れて、初めて息を吐いた。


 俺は机から目を離さずに言った。


「リシェ。全員、外へ」

「あなたは?」

「領収書をもらってから行く」


 彼女は一瞬だけ唇を結んだ。

 それから、俺の肩を軽く叩いた。


「高い買い物にしないでよ」


 七人の足音が遠ざかる。

 護衛の一人が戸口へ立ち、行く手を見張った。


 俺は膝に置いた剣の柄を握った。

 もう片方の指で、椅子の横の鉄筒を探る。

 何が入っているかは、見なくても分かった。

 最初に手に入れた呪いの筒だけ、蓋の縁に傷を一つ刻んである。


 マルヴェンが、こちらへ戻ってくる。


「では、お支払いを」

「剣は売る」


 俺は鞘をつけたままの剣を、ゆっくり机へ載せた。


「俺は売らない。それで、間違いないな」

次話、競売主との決着へ。

銅貨三枚の魔剣と、銀貨三十六枚の義眼。そして、捨てずに持ってきた呪い。それぞれに出番が来ます。

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