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捨て値の呪物を買い漁る俺、外した呪いで無双する〜誰も使えない神話級遺物、俺だけ全部使えます〜  作者: 渋谷 爽月
第1章 銅貨三枚の魔剣と、俺についた値札

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第5話 呪われた鎧、壊していいなら話は早い

 大剣が、俺の鼻先を通り過ぎた。


 避けた、というほど立派な動きじゃない。

 リシェに襟を引かれ、二人まとめて床へ転がったのだ。

 背後で木箱が潰れる。中から舞台用の白粉が噴き上がった。


「査定は?」

「今の一撃で、修理代が増えた」

「あなたの修理代も増えるところだった!」


 鎧が剣を引き抜く。

 兜の奥で、ひゅ、と息が鳴った。


「……にげ、ろ」


 女の声だった。

 次の瞬間、鉄の靴が俺の頭のあった場所を踏み潰す。


 中の人間は逃がそうとしている。

 鎧は殺そうとしている。


 だったら、話は早い。


「中の人。鎧を壊しても文句は?」

「ない!」


 返事だけは速かった。


 俺は剣を抜き、搬入口の蝶番を斬った。

 二枚ある扉の片側が傾く。その陰へ飛び込み、リシェを手で制した。

 向こうから追ってきた警備係の足音が止まる。


「下がれ! そいつに近づくな!」


 鎧を着せた連中も、巻き込まれるのは嫌らしい。


 俺は扉の陰から義眼を覗いた。

 分厚い胸当ては透けない。だが首と脇、装甲の薄い継ぎ目には、黒い糸と青い線が見える。

 黒い糸は首の後ろで結ばれていた。

 そこへ青い線が二本、肩から流れ込んでいる。


「呪いの留め具は、うなじ。肩の二本が魔力を送ってる」

「届く?」

「立って待っててくれれば」


 大剣が扉を貫いた。

 俺たちは左右へ跳ぶ。

 立って待つ気はないらしい。


 扉に刺さった剣を、鎧が引く。

 抜けない。厚い樫板に食い込んだまま、蝶番を失った扉ごと浮き上がった。


「リシェ、右肩の隙間。撃てるか」

「あなたがどけば!」


 俺が屈むのと、弩が鳴るのはほぼ同時だった。

 短い矢が肩の継ぎ目へ突き立つ。

 青い線が一本消え、右腕が下がった。


 全部は止まらない。

 鎧は左手で剣をつかみ直した。


「そっちも使うのかよ!」


 扉ごとの横薙ぎ。

 避けきれなかった板の端が、俺の左肩を打った。

 壁へ叩きつけられる。息が一つ、勝手に口から出た。


 痛い。

 魔剣を持っていても、身体は荷物持ちのままだ。


「レイ!」

「刃は、こっちにある」


 鎧は剣に刺さった扉を振り払おうとしていた。

 その隙に、俺は床を蹴る。

 狙うのは首でも腕でもない。

 肩の装甲をつなぐ、外側の鋲。


 断頭の魔剣を短く滑らせた。

 鉄が薄い氷のように割れ、左肩の板が落ちる。

 中の肩口までは斬らない。指一本でも深ければ、人を斬る。

 剣の切れ味がよすぎるのも、使う側には難儀だった。


 鎧の左腕が俺の首へ伸びる。

 その手が途中で止まった。

 中の女が、指を壁の金具へ引っかけていた。


「いま……っ!」


 俺は魔剣を鞘へ戻し、剥き出しになった肩の留め金を握った。

 青い線が残る小さな魔石を、工具の柄で叩き落とす。


 鉄の指が、がくりと下がった。

 女が膝をつく。


「止まった?」

「また動く。まだ外れてない」


 魔石は鎧を動かす補助だ。

 動かせという命令そのものは、中に残っている。

 女の膝が、もう一度伸び始めた。


 リシェが背中へ回り、外套をうなじの下へ押し込んだ。

 首を守るためだ。

 俺はその布に刃の腹を沿わせ、留め具の頭だけを削ぎ落とした。

 細い鎖につながれた、黒鉄の札が現れる。


 触れた瞬間、文字が浮かんだ。


〈服従:鐘で告げられた命令を、着用者の四肢に実行させる〉


 鎧を剥がしても、札がつながっている限り終わらない。

 だが、今は魔石の助けがない。


 空の鉄筒を膝へ挟む。

 左手で札。右手で筒。

 糸を引いた。


 掌の皮が、内側から剥がれるように痛んだ。

 昨日の指輪とは、太さが違う。

 左肩の痛みと混ざり、視界の端が暗くなる。


「無理なら離して!」


 女が叫んだ。

 離せば、この人はまた立つ。

 俺たちを殺せという命令を、嫌がりながら実行する。


「……最後まで働いたら」


 黒い糸が、鉄筒の口へ落ちた。


「給料ぐらい、もらえよ」


 蓋を押し込む。

 鎧の両腕が、力なく垂れた。


     ◇


「エダ。港で荷役をしてた」


 兜の下から出てきたのは、短く刈った赤茶の髪だった。

 年は俺より少し上だろう。額に汗の跡が幾筋もある。


「割りのいい運搬仕事だって聞いて来たら、これを着ろって。持ち逃げ防止だと言われて……鐘が鳴ってからは、自分の腕じゃなかった」


 リシェが、鎧の背中の留め具を外した。

 エダは装甲を脱ぎ捨て、膝を抱えて一度だけ深く息をした。

 それから、近くに落ちていた梱包用の角材を拾う。


「出口はこっち。立てる?」

「俺が聞く台詞じゃないのか」

「立てるから聞いてる」


 頼もしい。

 俺は鉄筒へ『服従・着用禁止』と書いた札を結ぶ。中に着用者のいない筒なら、呪いは命令を実行できない。

 だからといって、誰にでも持たせていい物ではなかった。


 エダは俺の左腕を自分の肩へ回し、空いた手の角材を構えた。

 追ってきた警備係が、足を止める。


「次に着せる相手、決めてたよな」


 エダの声に、二人とも一歩下がった。

 俺たちはその間に搬入口を出た。


 外の空気は、妙に冷たかった。

 リシェが路地の角で口笛を吹く。短く二回、長く一回。

 返事の代わりに、二軒先の窓が開いた。


「出てきたか!」


 衛兵が走ってくる。

 朝、競売の話を聞いた隊長だった。後ろにも四人いる。


「中で悲鳴が聞こえた。踏み込むところだったんだ」

「早めてもらって正解だ」


 俺は壁へ背を預け、収納袋から名簿を出した。

 隊長が黒い表紙を見て、顔色を変える。


「証拠です。あと、この人が証人」

「中に残っている者は?」


 エダが首を振った。


「ここにいるのは、客に見せる分だけ。人は川沿いの荷置き場にいる。競りが終わると、船へ移すって」


 隊長はすぐ部下へ指示を出した。

 二人が表の入口へ、一人が応援を呼びに走る。

 残った衛兵にエダを預け、隊長自身が名簿を開いた。


 取引の欄には、引渡場所が並んでいる。

 リシェの指が、一つの記号で止まった。


「これ、知ってる。河岸の第七荷置き場。貸主の印を見たことがある」


 その下に、小さな追記があった。


 保管物に差押えの恐れある場合、荷送りを待たず処分。


 俺の目が、隣の欄へ移る。

 七件。

 品名の代わりに、人の名前が七つ。


「この処分って」


 隊長は答えなかった。

 代わりに、名簿を閉じる音がした。


「リシェ。場所を案内してくれ。レイ、君は手当てを――」

「命令を聞く呪いは、さっき外した」


 俺は腰の鉄筒に触れた。

 肩は痛い。指先も痺れている。

 だからこそ、何が待っているか分かる。


「鐘が残ってるなら、普通の鍵を壊すだけじゃ助けられない」


 隊長は俺の手を見た。

 それから自分の腰帯を一本抜き、左腕を胸へ固定してくれた。


「戦うな。外す場所だけ教えろ」

「それは、助かる」


 走り出したリシェの後を追う。

 川の方角から、低い鐘が一つ鳴った。

お読みいただきありがとうございます。

次話は、競売の裏で囚われた七人の救出へ。売り物にされる側だったレイが、今度は引渡しを止めに行きます。

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