第21話 いちばん高い宝を、置いていく
図面の上では、王冠と管理台は近かった。
実際の二つの間には、熱い風と、せり上がった石と、傾きかけた棚があった。
「冠を取って、床を戻せないか」
俺が尋ねると、ノルは首を横へ振った。
『指揮系統、隔離中。受領されない指示が蓄積するおそれ』
声を止める呪いが、また働くだろう。
なら、それを外せばいい。
そう考えかけて、俺は口を閉じた。
止めている理由が分かった物を、都合よく外すな。
さっき自分で決めたばかりだった。
ノルが翼の先で、図面の小さな記号を叩く。
管理台の下、排熱槽。
『手動復帰を推奨。排熱路の開放後、切離し鍵を復帰位置へ』
「魔力の逃げ道を作ってから、元へ戻すんだな」
『一致』
ゼンが出口を振り返った。
「鍵は外だ。取ってくる」
「その間に、排熱路を開ける」
リシェは、図面を半分に折った。
持ち場ごとに見えるよう、必要なところだけを残す。
「私は記録を読んで手順を伝える。勝手に先へ進まないで」
「分かった」
俺たちは奥へ進んだ。
上から落ちてきた器を、盾で横へ逸らす。
受け止めて、抱え込まない。
ゼンが教えてくれた持ち方だった。
棚の角を回ると、王冠が床へ落ちていた。
中央の石は、まだ透き通っている。
このまま封鎖されたら、二度と取れないかもしれない。
百金貨。
エルンの言った額が、頭をよぎった。
家賃を何年も払える。
店の屋根も直せる。
無理に危ない仕事を受けなくてもいい。
俺は半歩、そちらへ足を向けた。
「レイ」
リシェは、大きな声を出さなかった。
だから、ちゃんと聞こえた。
彼女の手は、図面を握っている。
もう片方の手は、俺へ伸びていた。
俺はその手を取った。
「取りに来た物と、今やる仕事は別だな」
「あとで惜しがる時間なら、たっぷり作りましょう」
王冠を、その場へ残す。
俺たちは排熱槽のある通路へ入った。
背後で石壁が下り、銀の輪が見えなくなった。
胸は痛んだ。
欲しかった物は、欲しかったままだ。
だが、隣の手を離してまで拾う物ではなかった。
◇
排熱槽の前には、丸い取っ手があった。
古い油と、水の匂いがする。
俺が回すと、下で何かが動いた。
黒い液が管を流れ、細い溝へ落ちていく。
手を止める。
流れも止まった。
『循環補助、稼働不足』
ノルが告げる。
切れた電源の代わりに、人が回すための取っ手だ。
鍵を戻して炉の流れが整うまで、回し続ける必要がある。
だが、その前に弁を開かないと、管が熱で詰まる。
弁は同じ部屋の反対側。
リシェは手順盤の固定を離せない。
ゼンが来ても、一人足りない。
「エダを呼ぶ?」
彼女の問いに、俺は腰帯へ目を落とした。
四人目を危険へ戻す前に、手が一つある。
今日はまだ、使っていない呪いがあった。
「停止した車輪を、勝手に回すやつ」
リシェが俺の手元を見た。
逸走、と書いた鉄筒。
それから、丸い取っ手を見た。
「……使い道、あったわね」
次話、荷車から外した呪いに、新しい働き場所ができます。




