第2話 俺を売る競売に、客として入ってみた
「俺を買う奴って、返品の条件まで読むと思うか?」
「まず売られない方法を考えて」
リシェが俺の皿を引き寄せた。パンを取り上げるのは、話を聞かせる手段として有効だ。
俺は裏競売の目録を開き直した。
出品番号〇〇一。解呪師レイ。
拘束済みとも、本人同意とも書かれていない。代わりに、小さな文字で『引渡保証付き』とある。
「まだ捕まえてもいない人間を売ってるのか」
「注文を取ってから捕まえるつもりね。買い手がつけば、追っ手に払う金もできる」
「商売熱心で感心する」
「感心しないで」
俺は目録の次の頁をめくった。
魔法を弾く外套。百年前に失われた探査用の義眼。地下倉庫一つ分の荷を収める箱。
値段の桁が、途中から分からなくなる。
「これ、どこで手に入れた?」
「私、仲介人って言ったでしょ。古物商の代理で下見に入ることがあるの。朝、取引先から届いた目録を見たら、昨日知り合った人が載ってた」
偶然助けてくれた少女が、たまたま秘密の組織に詳しかった、という話ではなかった。俺が物を触る仕事をしていたように、彼女は物を売る仕事をしている。
「衛兵には?」
「見せた。詰所長は、身の安全を確保して、まず出品者の身元と会場を知らせろって。昨日の襲撃者との関係も調べるそうよ」
「なら、会場でその情報をもらってこよう」
リシェが額に手を当てた。
俺は空になった皿を引き戻した。
「逃げた先で売り直されるより、出品者の顔を先に知りたい。客として入れるんだろ?」
「私の代理入場枠は二人。ただし、入場札の条件を確かめる。装備も。昨日みたいに、運よく私が通りかかるとは思わないで」
「分かった。買い物だな」
「どうしてうれしそうなの」
◇
準備は、金を受け取るところから始まった。
詰所では、昨日の男が確かに手配中のベルトだと照合されていた。賞金は金貨十枚。五枚ずつに分ける。
掌に載った金貨は、受領票とは違う重さだった。
一枚が銀貨百枚。
その一枚を握るだけで、未払い給料を数え直す癖が少し薄れる。
「靴を買う」
俺が言うと、リシェが初めて満足そうにうなずいた。
足に合う中古の靴。頑丈な上着。小さな工具一式。それから、札を巻ける空の鉄筒を三本。
魔剣には、刃が露出しない留め具をつけた。
最後に入ったのは、表通りから一本外れた遺物屋だった。
リシェの紹介した店主は、魔剣に俺の指紋と魔力の印を登録し、売買証の写しを保管してくれた。
盗まれたとき、俺の所有物だと証言してくれるらしい。
「登録料は銀貨一枚。買取の相談なら、もう少し丁寧に扱いますよ」
「売らない相談でも、丁寧に頼む」
そこで俺は、棚の下に丸められた革袋を見つけた。
【収蔵袋。金貨二枚】
【毎朝、最初に入れた品が消失します】
覗くと、底が見えない。
袋の口に触れれば、黒糸の輪が浮かぶ。
「中身は?」
「空です。何か大切な物を失ってから、誰も使わなくなりまして」
「容量は?」
「樽八つ。ただし、生き物は入りません。手を離して袋に収まる大きさの物に限ります」
俺は金貨二枚を出した。
リシェは止めなかった。代わりに、店主から検査記録をもらい、縫い目と口金を調べている。
店の作業台を借り、袋と鉄筒を並べる。
黒糸を引き抜くと、腕から力が抜けた。
魔剣ほど重い呪いではない。それでも、油断すると元へ戻りそうになる。
鉄筒へ、糸を収める。
筒には何かを収納する入口がない。袋の口を通った品を消す呪いは、そこで働く場所を失った。
店主の検査器が、音を立てて止まった。
「呪詛反応が……」
「今は袋にはありません。こっちの筒は開けないで」
俺は紙片を丸め、袋へ入れた。
次に工具。上着。抜けないよう縛った魔剣。
口金を開くと、入れた順に、薄暗い空間へ物が並んでいる。
欲しい物の位置を思い浮かべれば、手が届いた。
工具を取り出す。
またしまう。
「……昨日から欲しかったんだ、これ」
「昨日は魔剣を欲しがってたわよ」
「三年間、人の荷物を背負って歩いたんだぞ。自分の荷物くらい、軽くしたい」
リシェは少し黙り、袋の肩紐を俺に合わせて詰めてくれた。
「これなら走ってもずれない。無理に何でも詰めないこと。落としたら全部失くすんだから」
俺は金具を二度引いて確かめた。
残金は、工具代などを引いて金貨二枚と銀貨数十枚。競売で大きな顔をできる額ではない。
その代わり、逃げる脚と、宝を持ち帰る袋ができた。
◇
夜、競売場の入口は、営業を終えた劇場にあった。
リシェは取引先から預かった代理入場状を出し、俺を荷運び役として紹介した。
深い帽子のつばで、目録の似顔絵に描かれた眉の傷を隠す。
係員が二枚の銀札を差し出した。
「ご滞在中は、必ず身につけてください」
受け取った瞬間、俺には黒糸が見えた。
〈追跡:会場内における所持者の位置を、親札へ報告する〉
俺は視線を上げず、銀札をひっくり返す。
裏には『お客様の安全管理のため』と刻まれている。
嘘ではない。安全を守る相手が、客とは限らないだけだ。
「靴、紐が緩んでる」
俺が小声で言うと、リシェは膝をついた。
自分もしゃがみ、その陰で二枚の札へ順番に触れる。
糸を一つずつ鉄筒へ引き抜き、蓋を閉める。
額に汗がにじんだ。
札は札のまま、入場番号も消えていない。
用意してきた紐で、俺たちは銀札を首から下げた。
「入る前から働くね」
「入ってから捕まるより安い」
扉をくぐる。
人間が並べられた檻はなかった。
舞台には遺物の台座が並び、その横に分厚い名簿が置かれている。
客席の壁には、大きな鏡。
舞台係が銀札の番号を読み上げるたび、鏡の見取り図に点が灯る。
俺たちの番号が呼ばれた。
点は、灯らなかった。
鏡の前にいた白手袋の男が、こちらを見る。
リシェの手が、弩を入れた袋へ近づいた。
男は微笑んだ。
「お席へどうぞ。親札は、最近どうも調子が悪くて」
俺は笑い返した。
相手の目は、一度も鏡を見ていなかった。
次話は12:30公開。裏競売で最初に狙うのは、誰も値をつけない「割れた義眼」です。




