第1話 金貨千枚の魔剣、銅貨三枚でお買い上げ
公開初日は12:10・12:20・12:30に第1〜3話、19:10に第4話を更新します。
遺物を買い、呪いを外し、その呪いで逆転する。宝探しと成り上がりを、テンポよく進めていきます。
金貨千枚の魔剣が、銅貨三枚で売れ残っていた。
隣の屋台では、肉串が一本、銅貨五枚。
伝説の武器が昼飯より安い。理由も、値札に大きく書いてある。
【最初の一振りで、使用者の首を落とします】
「店主。これ買う」
「弔い料は別だぞ」
「そこまで面倒を見てもらう気はない」
銅貨を三枚置くと、店主は売買証を滑らせてきた。死んでも責任を問わない、という文言に赤線が引いてある。
俺はそこへ、レイと署名した。
背後で誰かが吹き出す。
「おい、レイ。仕事を辞めて、今度は人生も辞めるのか?」
赤い団章をつけた二人組だった。
元の職場の同僚。名前は知っているが、呼ぶほどの用はない。
俺は鞘の口を押さえ、魔剣を持ち上げた。
「給料が三か月出ない仕事より、割はいいと思うが」
「帰って頭を下げりゃ、また雇ってもらえるぞ。呪物を触れる奴がいなくて、団長も困ってる」
「なら、本人が触ればいい」
二人が黙った。
俺は店主へ向き直る。
「そっちの指輪はいくら?」
「銅貨一枚。はめると足が地面から離れなくなる」
「それも」
「……お前、もう呪われてるのか?」
さらに一枚払って、店を離れる。
財布には、あと三枚。
帰りの肉串まで手が届かなくなった。
その代わり、腰には神話級の魔剣がある。
◇
呪物市の裏路地で、俺は剣の柄に触れた。
黒い文字が、視界の隅へ浮かぶ。
〈断頭の魔剣〉
〈呪い:初撃の対象を、使用者自身へ変更する〉
柄から伸びる黒糸を、左手でつまむ。
右手には、空の鉄筒。呪物処理の仕事で使っていた試料容器だ。
糸を引き、筒へ押し込む。
ずきりと手の甲が痛んだ。
掌の汗を拭き、もう一度。
黒糸の端が抜けた。
〈呪い:分離〉
俺は筒の蓋を閉じた。
試料容器には刃がない。初撃を起こす仕組みもない。呪いが消えたわけではないが、今は働きようがない。
これが俺の〈解呪〉だ。
昨日までは、呪いを弱めるだけの役立たずだと思っていた。
気づいたきっかけは、処理に使った手袋だった。遺物から離したはずの呪いが、手袋に残っていたのだ。
外せる。
別の物へ、移せる。
職場へ報告する前に、三か月分の給料を請求した。
殴られたので辞めた。
能力を報告する用事も、そのときなくなった。
魔剣を抜く。
俺の首は落ちなかった。
代わりに、横の壁から突き出ていた鉄棒が、するりと二つに分かれた。
切るつもりさえなかった。ただ、刃が少し触れただけだ。
落ちた先端を見て、喉が鳴る。
「銅貨三枚……」
俺は剣を納め、指輪も調べた。
〈石縫いの指輪〉
〈呪い:装着者の両足を、足元の地面へ固定する〉
こちらの糸は、抜きやすかった。
ただ、魔剣から呪いを外した後なので、腕が重い。
二つ続けるだけでも、今の俺にはそれなりの負担だ。
固定の呪いを右手に留める。
十数える前に、熱が皮膚へ滲んできた。
長く持っているのも、まずいらしい。
用意していた古い手甲へ移そうとしたとき、路地の出口に人影が立った。
「いい買い物をしたようだな」
黒い胸当て。片耳の欠けた大男。
左肩に、銀色の猟犬の飾り。
見覚えがあった。
遺跡の出入口で小さな発掘隊を待ち伏せし、帰りの戦利品を奪う連中の頭目だ。
確か、〈猟犬〉のベルト。
「剣を置け。ついでに荷物も」
「銅貨四枚しか使ってないんだぞ。もう少し儲かりそうな相手を選べよ」
「抜けたところを見た」
後ろで足音がした。
振り向くと、もう二人。
呪物を買う馬鹿がいると、誰かが知らせに走ったらしい。
右手の呪いが、じりじりと熱くなる。
保存先へ移すには触れなければならない。剣を抜いて戦いながら、袋を開ける余裕はなかった。
「魔剣があっても、使い手がお前じゃな」
ベルトが剣を抜く。
その構えだけで分かった。俺よりずっと、戦い慣れている。
こっちは二十二年間、剣術道場へ通ったこともない。
だから、剣術で勝つのはやめた。
「分かった。剣は渡す。殴るなよ」
左手で鞘ごと差し出す。
ベルトが笑い、奪い取ろうと腕を伸ばす。
俺は彼の肩にぶつかるように、一歩踏み込んだ。
右の掌を、銀の猟犬へ押し当てる。
熱が消えた。
「――あ?」
ベルトが俺を押しのけた。
受け身も取れず、尻から石畳に落ちる。
痛い。格好も悪い。
だが、剣は離さなかった。
「ふざけやがって」
ベルトが歩こうとした。
上半身だけが前へ傾く。
両足は、動かなかった。
肩の銀飾りに、黒い筋が広がっている。
指輪ではなくなっても、身につける品なら装着者はいる。
「何をした!」
「返品だよ。呪物市で仕入れたばかりのな」
俺は剣を抜いた。
ベルトの斬撃が、上から落ちる。
避ける代わりに、魔剣の刃をその軌道へ置いた。
甲高い音がした。
相手の剣が、半ばから落ちる。
俺の刃は折れた剣を通り抜け、ベルトの胸当ての縁まで切っていた。
銅貨三枚は、腕の差を埋めて、まだ釣りが来た。
俺は剣先を喉元へ近づける。
「足が動かない相手なら、俺でも外さない」
ベルトの喉が上下した。
右手が、肩の飾りへ伸びる。
「それを外せば動ける。ただ、俺の剣より速く外せるかは考えろ」
手が止まった。
背後の二人が動く。
振り返る暇はなかった。
乾いた弦音。
俺の横を一本の矢が抜け、後ろの男の袖を木戸へ縫いつけた。
「二本目は、腕を狙うわよ」
路地の入口に、少女が立っていた。
茶色い外套。肩に小さな弩。もう片方の手には、衛兵詰所の笛。
「ベルト。あんたの顔、手配書で何度も見てる。今から衛兵を呼ぶけど、誤解だって言う?」
男は、何も言わなかった。
◇
衛兵が来るまで、そう長くはかからなかった。
武器を奪われていた商人が二人、ベルトの顔を見て駆け寄ってきた。
街では証人が揃わず、捕まえられなかったらしい。
両手を拘束されたのを見届けてから、俺は銀飾りに触れた。
呪いを引き抜き、古い手甲へ移す。
立てるようになったベルトが、俺を睨む。
「お前の顔、覚えたぞ」
「俺のほうは、手配書で思い出せるから便利だ」
衛兵が男を引いていった。
少女が、俺の腰を覗き込む。
「その剣、本当に銅貨三枚?」
「救援の礼にやる、と言うと思うか?」
「言われても受け取らない。私は自分の首が好きなの」
俺もだ、と返すと、少女はようやく笑った。
「リシェ。発掘品の査定と、売買の仲介をしてる」
「レイ。昨日まで呪物処理係。今日から……何になるんだろうな」
「少なくとも、さっきので賞金受取人にはなれる」
彼女が、詰所から渡された受領票を見せた。
頭目の拘束に対する賞金は、金貨十枚。
正式な照合後に支払われるそうだ。
俺は銅貨の残り三枚を握りしめた。
たった一枚の紙が、それとは比べものにならない重さに感じられた。
「配分、決めとくか。笛も矢も、助かった」
「じゃあ半分、って言ったら?」
「五枚ずつだな」
リシェが俺を見た。
「……そこは値切らないの?」
「俺が欲しいのは金で、一人で死ぬ権利じゃない」
リシェは受領票を畳んだ。
「いいわ。じゃあ、あんたが死なないように、まともな鑑定所も紹介する」
俺はうなずき、市場へ向き直った。
彼女が袖をつかむ。
「そっちは出口じゃないわよ」
「知ってる。店に戻るんだ」
「今、襲われたばかりよ?」
俺は、呪物の値札が並ぶ通りを指した。
破滅の鎧。
魔力を食う盾。
帰ってこない者の長靴。
どれも売れ残っている。
誰も、買おうとしていない。
「今なら、まだ安い」
◇
翌朝。
リシェは宿の食堂へ来るなり、一冊の薄い目録を俺の前に叩きつけた。
「レイ。あんた、何をしたの」
「昨日のことなら、だいたい一緒にいただろ」
「これ、今夜の裏競売の目録」
表紙の封蝋は、黒い。
開かれた最初の頁には、見覚えのある顔が描かれていた。
俺だった。
【出品番号〇〇一】
【解呪師レイ】
【開始価格:金貨一万枚】
俺はパンを皿へ戻した。
昨日、誰も使えなかった魔剣を買った。
今日は、その剣を使えるようにした俺が、売り物になっている。
「……なるほど」
目録を閉じ、リシェを見る。
「この競売、客として入れるか?」
お読みいただきありがとうございます。
次話、解呪師が売られる裏競売へ。レイは自分についた値段より、会場に集まる遺物のほうが気になるようです。
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