#10谷の伝説
次の日。ハルモンが先に街を見てまわりたいと言うので、俺はハルモンに付き添い、アルヴィンとゼファーは先に谷の様子を見てくることになった。
まずはじめに礼拝堂を訪れた。王都のものとは比べ物にならないが、大きくて立派な造りをしている。
ハルモンが扉を押すと、鍵はかかっておらず、中に入ることができた。
礼拝堂の中には司祭が数人。それから、繋ぎ手様のに治癒をしてもらうために訪れたと思われる病人や怪我人が数人、椅子にかけていた。
「何かご用ですか」
出入り口の前に立っていると、司祭に話しかけられる。ハルモンは首を振った。
「いえ。……次の礼拝はいつの予定ですか?」
「ああ、申し訳ありません。礼拝は昨日終わってしまいまして。次はおそらく、一ヶ月後ほど先になるかと」
「……そうですか。わかりました」
それだけ言って、ハルモンは踵を返した。俺も後に続く。
外に出てから、ハルモンは口を開いた。
「……たぶん、ここへは王都から定期的に通ってるんだろうね。距離も近いし。馬車ならすぐでしょ」
「通うって……繋ぎ手様がか?」
「そう。いまここに来てるのは、この間の縁談の子じゃないかなぁ。担当区域とか決めてありそう」
それから、次は街に伝わる魔王伝説を聞いてみることにした。
街の広場にある女神と勇者の像の前に、魔王伝説の語り部をしている老人がいた。ハルモンが川袋から銀貨を取り出して手渡すと、意気揚々といった様子で語り出した。
「かつて、この地は魔王によって支配されておった。我々人間は魔王の配下である魔物に怯え、隠れて細々と暮らしておった。そんな我々をお救いくだすったのが、この像の女神様と英雄様じゃ」
ハルモンはうんうんと頷きながら、手元のノートにペンを走らせる。
「……続けて」
「……女神様は、まるで月の光のような美しい髪と、海のように青い瞳を持っていたそうじゃ。英雄様は、他の人間よりも遥かに大きい体躯を持ち、誰にも負けぬ剣の腕を持っていた。女神様は英雄様の剣に力をお与えになり、その力で魔王を葬ったのだ。英雄様に敗れた魔王は白霧の谷底へ落ちていった。だから、あの谷には今でも魔物が多いと言われておる……おや?」
老人は、ハルモンと俺の方を交互に見てきた。
「あんたたち……この街に伝わる伝説の女神様と英雄様にそっくりじゃな」
ハルモンと俺は、思わず顔を見合わせた。それから、ハルモンは吹き出すように笑い出す。
「あはは……。でも、僕たちはただの人間ですよ」
「そうじゃろうなぁ。でも、本当によく似ておる。そっくりじゃ」
ハルモンは楽しそうに笑っていた。……本当に、似ているのだろうか。俺には、よく分からなかった。
いくらそっくりでも、俺にはそんな特別な力はない。ハルモンだって、剣に力を与えるなんて真似はできないだろう。所詮、伝説は伝説だ。
ハルモンは話してくれた老人に礼を言う。そのまま、広場を後にした。
その後も、街の中をハルモンと一緒に歩きながら観察した。以前来た時には気づかなかったが、街の装飾のモチーフには女神と英雄のモチーフとして月と剣が多用され、土産の小物なんかも売られている。街全体がこの伝説を資源として発展していることが分かった。
ハルモンは、土産物屋で栞をひとつ購入した。俺の分も買うか聞かれたが、必要ないと断った。
昼過ぎ。宿の食堂でハルモンと食事をしていると、アルヴィンとゼファーがやってきた。
「ハルモン。何か面白い話はあったか」
言いながら、ゼファーはハルモンの正面の席に腰を下ろした。その隣にアルヴィンも来る。
「うん。色々と興味深かったよ。やっぱり直接聞いてみてよかった。……二人は谷を見てきたんだよね。どうだった?」
「相変わらず霧深かったなぁ。でも、前回より魔物の数はだいぶ少なくなってたぞ。なぁ、アルヴィン」
アルヴィンが頷く。
「かなりの数を討伐しましたからね。再び沸くとしても、少し時間がかかるのかもしれません」
ハルモンは少し考えてから、こちらを見てきた。
「……この後、谷の方も見に行きたいな。いい?」
「……魔物が少ないなら、少ないうちに見たほうがいいんじゃないか」
俺の言葉に、アルヴィンが頷く。
「俺もそう思う。今なら、この人数でも十分対処できそうだ。……ゼファー、俺たちも食事を済ませよう」
「だな。まずは腹ごしらえだ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『谷の底』。
明日11時に更新予定です。
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