#9足りないもの
部屋で少し休憩した後、アルヴィンと宿屋の食堂で合流した。ゼファーはいなかった。一人で散歩に出かけたらしい。
まだ食事するには早い時間帯で、席はほとんど空いていた。三人で席に着く。
ハルモンは、持っていたノートと羽ペンを机に置いた。
「じゃあとりあえず、聞き取りの内容を教えてもらえる?」
「分かりました。ではまず――」
街には魔物は出ず、家畜の被害もないこと。
王都が近いので買い物に困ることはなく、住みやすい街であること。
谷にどんな魔物がいるのかは、皆よく知らない。昔から近づくなと言われていること。
王都からは、定期的に荷車が来ていること。
ハルモンは黙って話を聞きながら、ノートにペンを走らせていた。
話終わり、アルヴィンが口を開く。
「不思議なのは、魔物の出現地が近いにもかかわらず街への被害がないことです。魔物対策室へ報告した際にも聞いてみたのですが、理由は分からずじまいで」
ハルモンは小さく頷く。
「たぶん、教会が対策しているんだと思う」
「教会が、ですか?」
「うん。この間ライ君と礼拝の儀式を見に行ったんだ。そしたら、司祭がこれを撒いていた」
ハルモンが、ポケットからガラス瓶を取り出して机に置いた。中には、青く輝く粉末が入っていた。
俺にはそれが、『女神の涙』を砕いて細かくしたものだと分かった。
礼拝儀式の様子を思い出す。ハルモンの様子に気を取られていたが、確かにあの時、司祭たちが青い粉末を撒いていた。
「王都にも魔物は出ないでしょ。たぶん、あの儀式を定期的に行うことで、魔物を寄せないように対策してる」
アルヴィンは顎に手を当てて考え込んだ。
「……では、何故教会は各地でそれをやらないんでしょう。こんなに各地に被害が拡大しているのに」
ハルモンは少し黙った後、小さく言った。
「……もう、足りないんだよ。繋ぎ手も、資源も」
そう言ってから、そういえば、と顔を上げる。
「ライ君が怪我をした状況についても詳しく知りたいな。ライ君からも聞いたんだけど、第三者から見てどういう状況だった?」
アルヴィンの話を聞き流しながら、俺の頭の中で、以前ハルモンと一緒に見たことや話していたことが繋がってきていた。
繋ぎ手様の遺体から、『女神の涙』を採取していたこと。テオに、繋ぎ手様がもう三人しかいないと話していたこと。各地で散々目にした、魔物の被害の増加。そして、自分も含めて、魔物の被害を受けても繋ぎ手様がおらず、治癒を受けられなかったこと。
(足りないって、そういうことか……)
そして気づく。ハルモンがこんなに研究に打ち込んでいるのは、たぶんこの状態をなんとかしようとしているからなのだと。
けれど、ハルモンはいったい何をするつもりなのか。
俺には見当もつかない。そして同時に、どうしようもなく不安な気持ちが湧き上がる。
理由は、まだ分からなかった。
その後、散歩から戻ったゼファーも合流し、そのまま食堂で夕食を食べた。
ゼファーとハルモンがいつものやりとりをするのを目の端でとらえながら、無言で食べる。
途中アルヴィンに「どうかしたのか」と話しかけられたが、自分でも説明できない。何も話せなかった。
食事を終え、宿の部屋に戻る。
二つのベッドを繋げて大きくした巨大ベッドの上に、ハルモンと二人で横になった。
部屋は静かだった。しばらくして、横で布の擦れる音がする。見ると、ハルモンが転がって側に来ていた。
「ねぇ」
「……なんだ」
「どうして僕といる時、笑ってくれないの?」
心臓が強く打つ。ハルモンの瞳が揺れる。
「つまんない? 面白くない? 疲れる?」
「そういうわけじゃ……」
「ほんと? 一緒にいるの嫌じゃない?」
それは違う。俺はゆっくりと息を吐いた。
「……嫌なら、離れてる」
ハルモンは、少し考えてから「……そっか」と呟いた。
(……伝わった、のか)
ハルモンが、布団の中で少し体を動かす。それから、俺の胸にそっと頭を寄せた。
「笑ってほしいんだ」
俺は何も答えない。代わりに、そっと腕を回した。
少しして、ハルモンが体の力を抜く。重みが、回した腕に伝わってくる。
ほどなくして、ハルモンの呼吸がゆっくりと一定になった。
ハルモンの重みと体温を感じながら、目を閉じる。いつもの部屋じゃなくても、かすかに薬の匂いがした。
ここに、いる。
それだけで、どうしようもなく安心した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『谷の伝説』。
明日11時に更新予定です。
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