#8旅のはじまり
街へ続く道の途中。昼食を取るために休憩することになった。
ハルモンは嬉しそうに鞄を開けると、中からパンとチーズ、そして燻製の肉を取り出した。
「みんなの分作れるように用意しておいたんだー。ちょっと待っててね」
そう言ってから、当たり前のように四人分の食事の準備を始める。
アルヴィンが少し慌てた様子で声を上げる。
「あ、手伝います」
「そう? じゃあこれ切って」
ハルモンは一つのパンに切れ込みを入れたあと、ナイフをアルヴィンに手渡した。持っていたパンの切れ込みにチーズを挟み込むと、こちらへ寄ってきた。
「はい。ライ君どうぞ」
パンが手渡される。俺は一瞬躊躇したが、そのまま受け取った。
「……悪い」
「ううん。お腹空いてるでしょ。先に食べてて」
さらりと言う。
渡されたパンには、薄切りの燻製肉とチーズが挟んである。一口食べてみると、パンは柔らかく、口の中にチーズの塩気と燻製肉の香りが広がった。
視線を上げると、ゼファーがニヤニヤしながらこちらを見ている。
俺は視線を逸らし、何も言わずに食べ続けた。
少しして、アルヴィンがゼファーにパンを手渡す。
「俺もハルモンに作ってもらいたかった」
「文句言うな」
四人でパンを食べているとき、アルヴィンがふと口を開いた。
「あの、少し気になったのですが」
「……なに?」
「慣れていらっしゃるな、と。ノエシス家の方がこういうことを自然にされるとは思っていなくて」
ハルモンはパンを食べながら少し考える。それから、こう口にした。
「昔、マレディアに通ってたから。その時に色々覚えたよ」
「……お前、そんなことしてたの?」
ゼファーが驚いた顔をした。ハルモンは軽く頷く。
「王都だと手に入らない材料があってさ。港町ならあるかなと思って」
アルヴィンが、「ああ!」と分かったような顔をする。
「では、その時にライと知り合ったのですね」
「うん。買い物する時に護衛してもらってたんだ」
「お前、ほんと目立つもんなぁ。『ものすごい美人がいる!』って、騒ぎになったんじゃないか?」
ゼファーの言葉に、ハルモンは返事をしなかった。ムッとした顔のまま、パンをもう一口齧った。
(……懐かしいな)
俺はハルモンとの出会いを思い出し、ほんの少しだけ口元を緩めてしまった。
「……ライ。今ちょっと笑わなかったか?」
アルヴィンのその言葉に、俺はすぐに表情を戻す。
すると、ハルモンが座ったままこちらに身を乗り出してきた。
「えっ、見てなかった! ライ君、もう一回笑ってみて!」
(……そう言われて、するわけないだろ)
俺は視線を逸らし、無言を貫く。
ハルモンはしばらく俺の顔を凝視していたが、残念そうに座り直した。
「……おかしいな。ルーカスも蜘蛛もいないのに」
ゼファーが呆れたように肩をすくめる。
「なんでルーカスと蜘蛛? おかしいのお前だぞ」
「だって、ライ君って全然笑わないから」
ゼファーが、にやりと笑った。
「厳しくしすぎなんじゃないか?」
「厳しいって何。してないよそんなこと」
二人の問答に、アルヴィンが声を出して笑った。
二人の視線がアルヴィンに向く。
アルヴィンは少し咳払いした。
「……いや、失礼」
食事を終えた後また歩き、日が高いうちに街に到着した。
ハルモンはきょろきょろと辺りを見回す。
「大きい街だね」
「王都と距離も近いですからね。定期的に積荷も届けられているようで、交易も盛んなようですよ」
ハルモンは、アルヴィンを見上げる。
「詳しいね」
「いえ……。前回訪れた時、魔物対策部からの指示で街の者に聞き取りを行ったんです。隊員から上がった報告であれば把握しています。よければ、後ほどお伝えしましょうか」
「なるほど。じゃあ、お願いしようかな。ライ君からも少し聞いていたけど、改めて聞いてみたい」
「分かりました」
アルヴィンは、ハルモンの背中の荷物にちらりと目を向ける。
「……先に宿を確保しましょうか。荷物もありますし」
「うん。支払いは僕が。……二部屋でいいかな」
「いいよなアルヴィン。……お前らはどうせ一緒だろ?」
「……そうですね。街の中では危険はないとは思いますが、念のため。戦力分担的にもその方がいいでしょう」
宿の空きはすぐに見つかった。部屋は、アルヴィンとゼファーと隣同士にしてもらった。
宿の主人から受け取った鍵で、部屋の戸を開ける。
開けた瞬間、そこそこ広い部屋の中央に、一人用のベッドが二つ、離れて置かれているのが目に入った。
「あ」
「……」
俺もハルモンも黙った。たぶんハルモンも、同じことを思ったのだと分かる。
だが、同時に当然だとも思った。ここは宿屋だし、男二人で泊まるなら当たり前だ。でも。
(……そうか。今日は、別なのか)
隣にいるのに、一緒に寝られない。
そう思ったら、ほんの少し……いや、かなり寂しく感じた。
(……何を考えているんだ俺は)
自分で気づいて嫌になる。思わず息が漏れた。
部屋に入り、部屋の戸を施錠する。
横にいたハルモンが、こちらを見上げてきた。
「ライ君」
「なんだ」
「これ、くっつけよう」
ハルモンの言葉に、俺は固まった。
「…………は?」
ハルモンはベッドに目を向ける。
「だって離れてる」
「……離れてていいだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
俺は言葉に詰まる。離れてていい理由を説明するための言葉が、見つからなかった。
「普段と同じでいいでしょ」
ハルモンは当然のことのようにそう言った。
「……」
普段と同じ。その言葉に、一瞬だけ心が揺れる。
そして。
「……好きにしろ」
「よし」
ハルモンは満足そうに頷いた。
二人で二つのベッドを押して中央に寄せ、一つの巨大なベッドが完成した。
「広いね!」
「そうだな」
「快適そう」
ハルモンは靴を脱ぐと早速ベッドに寝転がり、ころりと寝返りを打った。
「ライ君も休憩しよー」
言われるまま、俺もベッドに腰を下ろす。
横で広々とくつろぐハルモンの姿を見ながら、少しほっとしている自分に気付く。俺は、自分で自分に呆れた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も、この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『足りないもの』。
来週月曜日の11時に更新予定です。
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