#6旅支度
次の日。朝食を終えた後、ゼファーはひとり出掛けて行った。
金も持たずに人が雇えるとは思えない。どうするつもりなのか全く分からないが、放っておくことにした。
ハルモンはというと、久々の外出が嬉しいらしい。機嫌良く支度をしていた。
……行き先があの白霧の谷ということだけが引っかかる。何があっても、ハルモンだけは無事に守り切らなければ。
「ライ君ー、足りないものあるから買い出しに行こうと思うんだけど」
「……分かった」
壁に立てかけてあった剣と買い物用の袋を持ち、部屋を出るハルモンの後に続いた。
今日の街は空いていた。おそらく、仕事に行っている者が多いのだろう。
ハルモンはいつも行く香草屋で、乾燥した植物を大量に仕入れた。
「……こんなに買って、何をするつもりだ」
「何って、薬を作るんだよ。怪我するかもしれないし。……あと、いざという時の毒とか煙幕とか」
後半の物騒な単語に、自分の耳を疑った。
「……毒……?」
「うん。ライ君がいるから大丈夫だとは思うけど。念のためね」
何てことないようにそう言った。
「瓶も少し買い足そうかなー」
「……家にあれだけあるだろ」
「でも足りないかもしれないし」
「…………はぁ」
また瓶が増えてしまった。ずっしりと重くなった荷物を背負い直す。
「こんなところかな。ライ君は何か要るものないの?」
「ない。……いや、念のため携帯できる食料はあったほうがいいか」
「あー確かに! じゃあ、それだけ買って帰ろっか」
買い出しを終えて家に戻る。ハルモンはすぐに買ってきた材料で薬作りを始めた。俺は、念入りに剣の手入れを行う。ハルモンが薬草を刻む音と、刃を研ぐ音だけが部屋に響いた。
昼になったので、作業をしているハルモンに声をかけて食堂に降りる。すると、ちょうどそのタイミングで玄関の扉がノックされた。
「あ、ゼファー帰ってきた?」
玄関へ向かい、扉を開ける。立っていたのはゼファーと――アルヴィンだった。
「よぉ。助っ人連れてきたぞー」
ゼファーは軽く片手を上げると笑顔を浮かべた。
ハルモンが俺の後ろから顔を出すと、アルヴィンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「本当に申し訳ありません……。自領に帰ったと思っていたのに、まさかこちらにご迷惑をかけているとは」
「別に迷惑じゃないよ。研究の手伝いしてもらってただけ。……白霧の谷に行った時の隊長だよね? ライ君、彼がいたら大丈夫そう?」
そう言って、こちらを見上げてきた。
俺は、少し考える。アルヴィンがいれば、ハルモンの守りを任せて前に出ることも可能だと感じた。
「……問題ない」
「そっか。じゃあそうしよ。……あ、よかったら昼ごはん食べていく?」
……軽い。
アルヴィンの顔を見ると、どうやらただただこの状況に困惑しているようだった。
「……なるほど。白霧の谷での調査ですか」
「うん。前にライ君から谷の話を聞いて、気になっていたんだ」
ハルモンはスープを一口飲んでから、また口を開く。
「個人的な研究だから、本当はライ君だけ連れて行こうと思っていたんだけどね」
「いや、そこはライの言う通りだと思います。前回の調査でかなり魔物の数は減ったとは思いますが……このライが大怪我を負うような相手がいましたからね。しっかり準備した方がいいでしょう」
アルヴィンはナイフで皿の上の肉を切って、口に入れた。
「……美味いですね、これ」
「だろ? ノエシス家の使用人は本当にレベルが高い」
「どうしてお前が誇らしげなんだ……」
ハルモンとアルヴィンは、一時的な契約関係を結ぶことで話がまとまった。
アルヴィンは騎士だが、今はたまたま休暇中で手が空いていたらしい。旅行ということで外出申請すると言っていた。
……こちらとしては助かるが、あいつのお人よし具合も相変わらずだなと思った。
食事をしながらの打ち合わせを終え、アルヴィンは帰っていった。
客間に戻ろうとするゼファーの後ろを、ハルモンが追いかける。
「ゼファー」
「ん? どうした?」
「預けてた石、ひとつだけ持ってきてくれる?」
「ああ、わかった。ちょっと待っててくれ」
ゼファーは客間に入ると、すぐに『女神の涙』を手に戻ってきた。
「はいよ」
「ありがと。……ライ君、戻ろっか」
客間の前でゼファーと別れ、ハルモンの自室に向かう。
ハルモンは部屋に戻るとすぐに作業台へ向かい、薬作りを再開した。
俺は部屋を見回す。それほど散らかっておらず、特にすることは見当たらなかった。
俺はハルモンがすぐに飲めるように水差しの水をカップに注いで、テーブルに置いた。
それから、ハルモンの邪魔をしないように、静かに部屋の外に出た。
階段を降りると、廊下でアグネスと出くわした。
「あ、ライ様。先ほどミアから聞いたのですが、ハルモン様としばらく外出されるのですか?」
「……ああ。隣町の近くにある白霧の谷が気になるらしい」
「そうでしたか。……ハルモン様のこと、お願いいたしますね」
俺が頷くと、アグネスは軽く会釈してその場を立ち去る。
俺は遠ざかる背中を見つめる。一瞬だけ躊躇した後、口を開いた。
「……少し、聞きたいことがある」
アグネスはその場で立ち止まると、こちらを振り向いた。
「はい、何でしょう」
「……ハルモンが、旅支度をするのに毒薬を作ると言っていた」
「ああ……」
アグネスは少し視線を落とし考えてから、こちらを見て軽く微笑む。
「良かったら、少しお話ししましょうか。昔の坊ちゃんのこと」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『昔の坊ちゃん』。
明日11時に更新予定です。
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