#5止まらない人
食事を終え、身支度を整えた後研究所へ向かった。
魔法薬学室に着いたハルモンは、すぐにルーカスのいる奥の机に向かう。
「ルーカス。しばらく休みもらいたいんだけど」
ルーカスは視線を上げる。
「……理由は」
「研究のため。ちょっと出かけたいところがあるんだ」
ルーカスは目を閉じて息を吐いた。
「……お前は、止めても止まらんからな。好きにしろ」
そう言ってから、俺の方に目を向ける。
「ハルモンが無茶しないように。頼んだぞ」
俺は小さく頷いた。
机に向かい、作業をはじめるハルモンを見ながら考える。
家にいる時は、出かける話なんて一言もしていなかったが。
ハルモンは、一体どこへ出かけるつもりなのだろう。
研究所での時間は、いつも通り過ぎていった。
手前の連中は相変わらず慌ただしく、奥は静かだ。
時々手前の連中を手伝って、昼は食堂でハルモンと食事をし、夕方までの時間を過ごす。
ハルモンは、作っていた薬のレシピをしっかり完成させたようだ。
以前完成させた魔力増幅薬。胃腸への負担が大きいということで、効果が少し減る代わりに胃腸への負担が減るように調整したらしい。
こういうところは、案外きっちりしている。
帰り道、俺は少し迷ってから、歩数を速めてハルモンの横についた。
「ハルモン」
「ん?」
「……今朝、出かけると言っていたが」
「あー、そうそう。白霧の谷に行ってみたくてさ」
その言葉に、歩みが止まる。
ハルモンは少しして気がつき、こちらを振り返る。
「どうかした?」
「……白霧の谷は、やめた方がいい」
「どうして?」
「あそこは危険だ。……俺が怪我をしたのを忘れたのか」
「忘れてないよ」
「なら――」
「だからこそ、ちゃんと調べたいんだよ」
ハルモンは真剣な表情でそう言った。
ルーカスの言う通り、これは止まらない。危ないからという理由で止めるのは無理だ。
「……あそこは、魔物が多かった。仮に行くとしても、二人だけで行くのはやめた方がいい」
ハルモンは少し考えてから、口を開く。
「じゃあさ、ゼファーも連れて行くのは?」
ゼファー。
霧を払い、ひとりで偵察を行い、空を飛ぶ魔物をナギと共に片付けていた。
だが。
(……ハルモンは戦えない。ゼファーも、近接されたら危険だろう)
二人の魔導士を守りながら、近接する敵はすべて自分が引き受けなければならなくなる。
……どう考えても人手が足りない。
だが、やはりハルモンを止めるのは無理だと感じた。
家に戻り、食堂でゼファーと顔を合わせた。席についてすぐに、ハルモンが口を開く。
「ゼファー、ちょっと頼みがあるんだけど」
「頼み? なんだ?」
「白霧の谷に行ってみたくて。でもライ君が、手が足りないって言うんだ。だから、君にも来てもらえないかなって」
「あー、あそこちょっとおかしかったからな。確かにお前が直接見たら、何かわかるかも」
ゼファーは持っていたスプーンをテーブルに置いた。
「いいぞ。ただし、俺には金がないからな。宿代と飯代は持ってくれ」
「ありがとう! 助かるよ」
ハルモンは笑顔でそう言うと、食事を再開した。
その様子を視界の隅で捉えながら、パンを手に取って両手で持つ。
そのまま、気づけば目の前の皿に視線が落ちていた。
「……ライ、ずいぶんと険しい顔になってるな。怖いぞ」
視線を上げると、ゼファーがスプーンを持ち直しながらこちらを見ていた。
「……前線の人手が足りない。俺一人では、ハルモンとお前二人を守り切れる気がしない」
「そうか? 俺の方は、仲間が少ない方がやりやすいんだけどな」
ゼファーはスープを一口だけ口に運ぶ。そのまま少し考えて、口を開いた。
「……だが確かに、ハルモンを完璧に守るなら足りないかもな」
「僕、離れてるよ」
ゼファーは軽く笑う。
「お前がそう考えるのも無理はないさ。魔物なんて、今まで見たこともないんだろう。……離れてたら安全ってのは、少し楽観すぎだ」
ハルモンはほんの少し視線を落とした。
「……そうなんだ。じゃあ、どうしたらいい?」
「少し戦力を増強しよう。俺様に任せとけ。アテがある」
ゼファーの自信ありげな様子に、ハルモンは首を傾げる。
「お金ないのに?」
俺は、心の中でハルモンに強く同意した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『旅支度』。
明日11時に更新予定です。
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