#3守護者
ハルモンが連れて行かれてから、すでに三十分が経過して来た。
応接室でひとり、座って待つ。
(……長いな)
縁談とか、儀式とか言っていたが、こんなに時間がかかるものなのか。
扉の向こうから足音が聞こえてきて、部屋の前を通り過ぎていく。
声をかけようかと思ったが、やめた。護衛が騒ぐのもおかしい。
時計を見る。四十分経った。
(……まだか)
椅子の背にもたれ、天井を見上げる。
(……一体、奥で何が行われているんだ)
考えないようにしても、考えてしまう。
縁談。儀式。立ち会い。繋ぎ手。長時間。
王の使者やテオとの話で出て来た単語が、頭の中でぐるぐると回り続けている。
(知らない人に見られたくないと言っていた)
(……見られると嫌なこと)
(縁談と言っていたが……もしかして)
目を閉じる。
普段のハルモンの姿からは、そうなることは想像しにくい。
だが。
(……ハルモンは最初、嫌がっていた。でもその後、考えを変えた。……俺を、守るみたいに)
そこまで考えて、ふと思い出す。ハルモンの母と会った日に、ハルモンと話したことを。
魔導士の家は、そういうことがよくあると言っていた。
……そういうことって何だ。母親と離されて、別々に暮らすこと?
――いや、そこではない。
魔導士の子供を産んだ繋ぎ手が、他の貴族と結婚して、その妻として生きていること。
それと同じことを、今度はハルモンがやらさられそうになっているのではないか。
(もしそうなら……これは縁談なんかじゃない)
拳を握る。
……俺の知っているハルモンは、好奇心旺盛でいつも好き勝手やって、自由に生きている奴だ。ずっと、そういう風に見えていた。
だが、たぶん実態はそうではない。
共に過ごすうちに、薄々分っていた。
貴族として、魔導士の家を継ぐ者としての役割に、あいつはずっと縛られていたんだ。
昔マレディアに来ていたのは、その役割からひとときの間でも逃れるためだったのかもしれない。そんな気がした。
(……守ると決めたのに。護衛と言いながら、俺は何からもハルモンを守れていない)
***
「前に大聖堂で、礼拝の後に治癒を施していましたよね。あの時は何人くらい訪れたんですか?」
彼女は、少し考える。
「……確か、二十人くらいだったはず」
「二十人、か。……それ、全部捌けたんですか?」
「ええ、なんとか。すごく疲れたけどね」
手元の紙に確認した数値を書き付け、小さく息を吐いた。
「……すごいな。僕は軽症なら三人、重症なら一人が限界です。しかも、終わった後倒れました」
「……そうやって、いつも自分の体で試しているの?」
「はい。だって、他に方法が無いですからね」
彼女はクスッと笑う。
「あんまり無理しないで。あなたの体、そういうふうにできていないよ」
「それは分ってます。それでも、必要な時があるんです」
そう言って、次の項目に移ろうとした時、部屋の隅で黙っていたテオが声を上げた。
「……このままだと、記録に残せません。最低限の“成立条件”だけでも……」
その言葉にペンを置く。
ここまで、か。本当はもう少し色々聞きたかったけど、仕方がない。
「……いいよ。それで満足するなら。何をしたらいい?」
「……では、手を取って、少しそのままに……」
僕は、彼女の手をそっと取り、しばらく止まる。
彼女は、僕の顔を見て、それから、今度はテオの方に視線を向ける。
その目が、ほんのわずかに細くなる。
部屋に、沈黙が落ちた。
しばらくして、テオが口を開く。
「……これで、進行条件は満たされました」
僕は、すぐに手を離した。
「そう。ならよかった」
僕は紙とペンを鞄にしまうと、ベッドから立ち上がった。
「それじゃ、後は任せるよ」
「……くす」
「なに?」
「いいえ、なんでも」
***
二時間が経過した頃、扉の向こうから複数人の足音が近づいてきて、俺は顔を上げた。
……いざ戻ってくるとなると、どういう顔すればいいのか分からない。迷いながら、ソファーから立ち上がった。
扉が開いて、テオの姿が目に入る。
そして、その後ろから、笑顔を浮かべたハルモンが現れた。
「ライ君、お待たせ」
ハルモンの後ろには、目隠しをした女性が立っていた。
癖のない長い銀髪が、腰を越える長さまで伸びている。
目は隠れてるが、それでも神秘的で――とても美しい。
なぜか、目が離せなくなる。
その時。
一瞬、世界の音が遠のいた。
(……!?)
視界が青く染まり、頭の奥に“直接”言葉が落ちてくる。
『──動かないで』
透き通るような声。
それでいて、逆らうことができない。
俺は、声の通りその場で動きを止めた。
『……そう。そのまま』
視線だけを、そっと声が聞こえた方に向ける。
そこには、白く輝く存在がいた。
『守護者』
守護者。自分のことを呼びかけているのだと理解する。
『繋ぐ者から、手を離さないで』
それは、役目だ。
『離さなければ』
それは、条件。
『一度途切れても、また繋がる』
それが、未来。
***
縁談……もとい繋ぎ手研究を終え、僕はライ君と並んで家への帰り道を歩いていた。
「今日は捗ったよー。本当は、あと十七項目聞きたいことがあったんだけどね」
「…………」
……あれ?
僕は、隣を歩くライ君を見上げる。
いつもなら「……そうか」とか言いそうなものなのに。
ライ君は、僕の話を聞いていないみたい。どこか上の空に見えた。
軽く袖を引いてみる。すると、びくりと怯えたように半歩後ずさった。
「……ライ君?」
「……あ……ハルモン、か。いや……すまん」
そう言って、頭を押さえる。なんだか、少し様子がおかしい。
「……どうしたの?」
ライ君は、すぐには答えなかった。しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「……さっき、繋ぎ手様に、話しかけられた気がする」
「え?」
「頭の奥に、直接……言葉が落ちてきた」
ライ君はため息をついた。
「……だが、よくわからなかった」
――まさか、彼女がライ君に直接干渉した?
「……そっか」
なんとか、それだけ返した。
以前のテオの話だと、昔の繋ぎ手は力が強く、精神干渉が可能だったという話だったはず。
でも本当は今でも、向こうからは一方的に繋がることができる。
いつでも。
その事実に気づいてゾッとした。
視線が落ちる。
教会は、知ってるんだろうか。
それとも――。
(……彼女たちは、人間に管理されて生きるために、今でも力があることを隠しているのか?)
僕はまた、横を歩くライ君の顔を見上げる。
ライ君は、いつも通りの無表情だった。
けれど、どこかいつもより沈んでいるように見えた。
……触れられた。勝手に。
そう思ったら、言いようのない嫌悪感が胸の中に広がる。
……上手く、言葉にできない。
でも、頭の中で引っかかって、そのことがずっと離れなかった。
「……なんて呼ばれたの?」
「……守護者、と」
守護者。
繋ぎ手たちは、人間のことを個ではなく、役割で認識している。
それはまるで、社会とか、世界そのものの視点みたいだ。
「……そっか」
それだけ言って、前を向く。
でも、胸の奥に残る違和感は消えなかった。
ライ君と並んで歩く。
二人とも何も言わず、しばらくそのまま、足音だけが響いた。
「……すまない」
「……え?」
「……何も、できなかった」
「何の話?」
ライ君は、ほんの少しだけ眉を寄せた。
「別に、何も起きてないでしょ」
「……」
ライ君は、何も返さない。
その後、二人の間に会話はなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も、この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『戻って』。
来週月曜日の11時に更新予定です。
祝日ですが、通常通り更新していきます。
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