#12繋がる前
テオの訪問があった次の日、研究所の魔法薬学室の扉を開けると、部屋の奥にいたルーカスが立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「ハルモン。昨日はどうしたんだ」
「別に。ちょっと研究しすぎて寝過ごしただけ」
荷物を置きながら答える。
ルーカスは呆れたようにため息をついた。
「全く……何かあったのかと思ったぞ。連絡くらい入れろ」
「ごめんごめん」
ルーカスは自席に戻り、ハルモンも席に着いた。
俺も、いつもの壁際に立つ。
しばらくすると、他の魔導士たちも部屋に入って来る。
いつも通りの日が、今日も始まった。
その日の夕方。一日中自席で作業に没頭していたハルモンが立ち上がり、ルーカスの席に向かう。
「ルーカス。新しい薬が完成したよ」
「……何だ」
「『魔力増幅薬』。一時的だけど、魔力が増幅して魔法の力が増すよ」
ルーカスはハルモンから瓶を受け取ると、中の液体を軽く揺らし、目を細める。
「……なぜ、そのようなものを」
「個人的に使いたい用事があってさ。理論上は、適性の少ない魔法も使えるようになるはずなんだけど……そこはまだ試してない。適性のある魔法なら、効果が高まるのは確認済みだよ」
ルーカスは目を丸くした。
「……戦時中にあれば、さぞ重宝されただろうな。……この試作とレシピは預かっても?」
「うん。他の人でも試してみて。……あ、でもちょっと胃にくるかもしれないから、そこだけ気をつけてあげてね」
ルーカスは軽く頷くと、レシピにさっと目を通す。それから立ち上がると、手前の連中の方に歩いて行った。
ハルモンは自席に戻ると、散らかっていた荷物をまとめて鞄に詰め込む。今日はもう帰るらしい。
「ライ君、行こ」
俺はハルモンの後につづき、魔法薬学室の扉を潜った。
家に帰ると、ミアと――何故かゼファーに出迎えられた。
ゼファーは気取った様子でハルモンにお辞儀をする。
「主様、今日もお勤めご苦労さん」
「……どうかした?」
ハルモンが外套を脱ぎながら言う。
俺は外套を受け取ると衣装掛けにかけた。
「頼まれてたやつ、ちょっと面白いことになってきたから見せたくてな」
ゼファーが口元を緩めながらそう言うと、ハルモンの顔色が変わった。
「見せて。今すぐ」
三人でゼファーの寝泊まりしている客間に入る。
入ってすぐに、机の上にあるものが視界に入った。
ハルモンはすぐに駆け寄ってそれを手に取る。
「すごい……! 小さいけど、水晶玉みたいになってきたね!」
「だろ? 自然に丸くなっていくから面白くてな」
青く輝く、手のひらサイズの丸い石。
なんとなく、海の色に似ている気がした。
「このままの形で大きくなるのかな。楽しみだね。……石の在庫は? まだ残ってる?」
「いや、あとほんの数個だな。……これ、補充のアテあるのか?」
「うん。知り合いに頼んどくよ」
ハルモンは、石を机の上にそっと戻した。
転がってしまわないように、畳まれた布の上に置く。
「さて、それじゃあ食事にしようか。……あ、荷物置いてこないと。ライ君、行こ」
俺はハルモンの後に続き、客間を出た。
***
「さて、食事にしようか。……あ、荷物置いてこないと。ライ君、行こ」
ハルモンは床に置いていた鞄を持ち上げる。
ライが部屋の扉を開けて、ハルモンが先に部屋を出る。
ライも続いて部屋を出ると、扉を閉めた。
(……あいつ、毎回完全にエスコートの動きなんだよな。面白ー)
机の上に目を向け、置かれていた青い球体を手に取る。
布できれいに包んだ後、素材を入れてある木箱の中に戻した。
「……さて、と。今日の飯は何かな〜」
部屋を出て、廊下を進んで食堂へ向かう。
食堂の扉を開けると、中でミアともう一人の女中が料理を並べているところだった。
「お、今日は肉か! 美味そう」
いつもの席に着く。
ミアがこちらに来て、コップに水を注ぎ、テーブルに置いた。
その様子を俺はずっと見ていたが、ミアの目がこちらに向くことはない。
むしろ、あえて目を逸らされているのが分かる。
俺が声をかけると、大抵の女は嬉しそうにするし、こちらに寄ってくる。
だが、この家の女中には全くそれがない。
……ハルモンを見慣れすぎてるか、ハルモンにしか興味がないのかもしれない。
料理に口をつける。
「……美味い! やっぱり、仕事した後の飯は格別だな〜」
俺の言葉に、ミアの手が止まる。
「……仕事?」
(おっ。食いついた)
「……そうさ。今日も家の中見回ったり、散歩したりで忙しかったからな」
「遊んでるだけじゃないですか……」
ミアは小さく息を吐いた。
廊下から足音が聞こえてくる。
扉が開いて、ハルモンとライが現れた。
ハルモンを先に部屋に通し、ライが扉を閉める。
そのまま二人は暖炉の前の席まで進み、ライが椅子を引き、ハルモンを座らせる。
そしてその隣に、ライも座る。
……これは、ここに来てから目にしてきたいつもの流れだ。
とても自然で、不自然な点がないように見えるのがかえって不自然だ。
(……ん?)
ふと、ミアの姿が目に止まる。
ミアは、ハルモンとライの方を、少しの間うっとりと眺めていた。
(……やっぱり、ハルモンに見とれてるか)
食べながら、ミアの様子を視界に入れる。
ミアが、ハルモンとライの前に皿を置いた。
「今日はラム肉の香草焼きです」
「ありがとう。美味しそうだね」
ハルモンの方は少なめ、ライの方はかなり多めに盛り付けられている。
ライは手を伸ばし、パンが乗せられた皿をハルモンの近くに寄せる。ハルモンはそこから当たり前のようにパンを取った。
その様子を、ミアは顔を綻ばせながら少しの間見つめていた。
(……ん?)
何事もなく、食事は進む。
途中、ミアがライの前に置かれたカップに水を注ごうと横に近づいたとき。
ライも気づいてカップに手を伸ばし、二人の手が軽くぶつかった。
ミアは慌てて手を引っ込める。
「も、申し訳ありません……」
ライの方は、特に気にした様子はない。
軽く頷いた後、カップを手に取るとミアの方に寄せた。
ミアはカップに水を注ぐとライの方に寄せ、何故か水差しを持ったま駆け足に食堂を出て行った。
……なるほど。ハルモンじゃなくてライなのか。それでいて、ライのハルモンに対する過剰なエスコートや気遣いに反応する。
――これは、なかなか厄介な想いを抱えてるのかもしれない。
「……ハルモン」
「ん?」
ハルモンは、スープを飲んでいる途中だった。
ほんの少し上目遣いに、青い瞳がこちらに向けられる。
そのまま見ていると眉を寄せ、スプーンを置いた。
「……なに」
「いや、今日も美しいなぁと思って」
ハルモンは小さく息を吐く。
「……もうそれ聞き飽きた」
そう冷たく言い放つと、食事を再開する。
この家、なんだか人間関係が複雑だな。
その言葉を、俺はそっと胸の奥にしまった。
***
『魔力増幅薬』を完成させてから、ハルモンは自室でそれを使うようになった。
薬を飲んだ後ベッドに横たわり、《連結子》を持ったまま意識を失う。
それが、何度か続いた。
今日も伏せられた睫毛を見ながら、思う。
ハルモンは夢の中で、誰かと話しているのだろうか。
それとも、どこか遠くに行ってしまったのだろうか。
俺はただ、意識のないハルモンに危険がないよう、側で見守ることしかできない。
そんな日が何日が続いたある日、ついに知らせが届いた。
ハルモンと繋ぎ手との接続――それは“縁談”という形でやってきた。
第六章 完
第六章、完結いたしました!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も、この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回から第7章に突入します。
通常通り、明日の11時に更新予定です。
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