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#8軽い

その日も、俺はいつものように魔法薬学室の壁際に立っていた。


時々、手前の連中の手伝いをしつつ過ごす。


昼になり、ハルモンと共に食堂へ向かおうとすると、食堂の手前に人だかりができていた。



「……あれは?」



「さあ?」



ハルモンは、全く興味がなさそうだ。


だが、人が多すぎて入り口が塞がれ、食堂に入ることができない。


周りを見回すと、他の魔導士達も困っている様子だ。


俺は息を吐き、人だかりに近づく。近づくとほとんどが女で、学生も大人も混ざっている。


この場所に、俺より背の高い者はいない。人だかりの中心まで見渡せる。


そして、その中心にいたのが――。



(……ゼファー……か?)



白霧の谷で共に戦った、あの魔導士の姿だった。




ゼファーは、近くにいる女と何やら楽しそうに話をしていた。


中心への距離と周囲の騒がしさで、何を話しているのかは聞き取ることはできない。



(あいつ……何をしている……?)



目を凝らして見ていると、顔を上げたゼファーと目があった。


俺の顔を見たゼファーは、なぜかとても嬉しそうな笑顔を浮かべる。


そして、人だかりを掻き分けながらこちらに近づいてきた。



(は……?)



「えー、もう行っちゃうの?」



「行かないでー!」



「ごめんごめん、知り合い見つけたからさー。また今度な!」



笑顔のゼファーが、俺の前に立つ。


人だかりが、少しずつ散っていく。



「よぉ。お前捕まったって聞いてたけど、出られたんだな。元気そうじゃん?」



「…………」



「ハルモンは? どうせ近くにいるんだろ。どこだ?」



「ここだけど」



いつの間にか俺の背後に来ていたハルモンが、後ろから顔を出す。



「おーいたいた! 相変わらずお美しいことで。羨ましいなぁ。その顔で何人落とした?」



ハルモンは小さく息を吐く。



「……その軽薄なところ、少しは矯正されたら良かったのにね」



ハルモンの言葉に、ゼファーは可笑しそうに笑った。



「お前さぁ、いっつも冷たくしてるけど、それがかえって良いって奴もいるんだぞ」



ハルモンは黙った。……目が据わっている。



「僕、用ないからもう行くね」



そう言って、そのまま食堂に向かおうとする。



「あ! おい待てって」



ゼファーが慌てたようにハルモンの肩を掴んだ。



「……なに?」



「金が尽きて困ってる。匿ってくれ」







食堂に入ると、周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。


……当然か。


もともとハルモンは目立つ。そこへ、王宮で騒ぎを起こした俺と、さらにゼファーまで並んでいる。


明らかに、周囲から浮いていた。


食べたいものをそれぞれ選んで盆に乗せていく。選び終わってから、会計のところでゼファーが固まっているのに気づく。


ハルモンがため息をつきながら、一緒に支払った。




その後、俺とハルモンは隣に座って、いつも通り食事を始めた。


だが、いつも通りでないことがひとつある。正面に座るゼファーだ。



「お前さー、捕まったのはなんでなんだ? もしかして、王様にも見染められたのか?」



ゼファーの問いに、ハルモンは小さく息を吐いて持っていたスプーンを置いた。



「……星読で呼ばれたんだよ。ひどい結果だったから、王様は納得いかなかった。それだけ」



ゼファーは肩をすくめる。



「頭固いなー。これだから理論と薬学は。適当にやっとけばいいだろ」



「……それで外したら?」



「どうもしない。適当だったって言うだけだ」



ハルモンはまた息を吐いた。



「……で? 匿ってって何。女の子怒らせて追われてるとか?」



「お前の中の俺、そういうイメージなんだな……。違う違う。金が無くてさ、アルヴィンのとこにずっといたんだが、ついに追い出されたんだ」



「……家に帰ればいいだけの話じゃない?」



その言葉に、ゼファーの目が泳ぐ。



「いや、別に帰れって言われりゃ帰るさ。……面倒なだけで」



「……面倒だから、僕の家の金を頼ろうって? それ、僕に何の得が――」



言いかけて、止まる。


一拍置いてから、再び口を開いた。



「……いいよ。匿ってあげても。ただし、条件がある。家で僕の研究を手伝ってもらいたい」



「研究の手伝い? ……いいけど、俺にできるやつか?」



「うん。たぶん。……むしろ、君じゃないと出来ないことだよ」




食事を終え、一度ゼファーと別れた。


ゼファーは離れるとまたすぐに女に声をかけ、周囲から黄色い声が上がっていた。



「……軽いな。谷で共に戦った時は、感じなかったんだが」



「やることがあったからじゃない? 昔から、ずっとあんなかんじだよ」



ハルモンは小さく息を吐く。



「学生だった頃の先輩なんだ。よく分からないけど、たまに話しかけられてさ。……疲れるよね」



「……いいのか」



「ん?」



「家に入れて。……危険はないのか」



「大丈夫でしょ、たぶん」



それ以上、ゼファーのことは話さなかった。







仕事を終えて、俺とハルモンは王立魔導院の出入り口の前に立っていた。


この場所でゼファーと合流する約束をしていたのだが。



「……いないな」



「いないね」



しばらく待つことにする。


その場で立っていると、出てきた学生がハルモンの姿を見て立ち止まり、ヒソヒソと話し出す。


ハルモンは目を伏せる。眉を寄せ、険しい顔をしていた。



「……早くして」



聞き慣れない冷たい言葉に、ほんの少しだけたじろいでしまった。




「悪ぃ悪ぃ、捕まってた」



遅れて現れたゼファーは、悪びれも無くそう言った。


ハルモンはゼファーの方を一瞬見た後、ふいっと目を逸らして無言で歩き出す。


……目に見えて機嫌が悪い。


数歩遅れて、その後を追いかけた。



「おいおい、ちょっと待たせたくらいでそんな怒る?」



いつの間にかすぐ横に来ていたゼファーが、ハルモンの顔を覗き込む。



(やめろ……)



「……あ、もしかして嫉妬?」



その言葉に、ハルモンは立ち止まる。


それから、ゆっくりと振り返った。



「……何に」



真顔だった。


ゼファーは口元を緩めながら言う。



「いやー、俺って、“女”に囲まれるからさ。お前と違って」



ハルモンは視線を下げると、首を横に振った。



「……うるさかったから。それだけ」



そのまま、また歩き出した。


ゼファーは軽く笑う。



「へぇ。……お前さ、怒った顔も結構いいんだよなぁ」



ハルモンは、何も言わなかった。


無視して、そのまま歩いていく。



(……家に入れて、大丈夫なのか……?)




ゼファーの軽口を聞き流しながら歩き続け、家に着いた。


出迎えてくれたミアが驚いた顔をする。



「ハルモン様……お客様ですか?」



「客じゃないよ。手伝いさせるだけ」



「おっ! さすがハルモンの家だなぁ! 使用人もレベルが高い」



ゼファーがミアへ距離を詰めていくので、思わず右手が腰の剣に伸びた。



「ちょっと、やめてくれる? ……ミア、ごめん。とりあえず客間に放り込むから」



「かしこまりました」



ミアは軽く一礼すると、客間に向かう。


……笑顔が引きつっていた。


俺は息を吐き、剣から手を離した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。


ゼファーが再登場しました!ここからは二人きりの生活に、少し風が吹き込みます。

次回、『安心する』。


明日11時に更新予定です。


よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。


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