#6僕の自慢の護衛
ハルモンは、明日から仕事に行くと言う。ハルモンは牢から出てから、俺の看病や家に訪れたテオへの対応をこなし、俺の脇腹を魔法で癒し、先ほどは机に突っ伏して気絶していた。
髪もパサついているし、いつもより疲れた顔をしている。もう少し休んではどうかと言ってみたが、「試したいことがあるから」と頑なで、聞く耳を持たない。せめて早めに休ませようと、風呂を済ませた後早々にベッドに入った。
ハルモンはやはり疲れていたらしく、ベッドに入ってすぐに寝息を立て始めた。
俺は手を伸ばし、布団の上に置かれていたハルモンの手をそっと握った。
すでに深く眠っているようで、目を覚ます様子はない。
そのまま手を持ち上げて、月明かりに照らして観察してみる。
細い指。薄い手のひら。ほんの少しだけ低い体温。中指にはペンだこ。
指先には薬草の色が移り、小さい傷がいくつかついている。
爪の端は、少し荒れている。インクの跡もある。
顔に近づけると、ほんのりと薬の匂い。
……なんだか、少し安心した。
手に触れたまま、顔を横に向ける。
すぐ側に、美しい横顔があった。
伏せられた睫毛。ほんの少しだけ開いた口元。
枕に広がる、癖のない金髪。
その姿をしばらく見つめた後、俺は目を閉じた。
目を閉じてからも頭の中で、脳裏に焼き付けたその姿を見続けた。
手は、握ったまま。
親指でペンだこの部分を、ずっと撫でていた。
朝。目を覚ますと、腕の中にハルモンがいた。
(……何をしている)
距離を取ろうと少し動くと、ハルモンが目を覚ましてしまった。
きょとんとした顔で、俺の腕の中で固まっている。
「……悪い」
すぐに離れる。
「ううん。……寒かったの?」
「いや……その、何でもない」
ハルモンは首を傾げる。
俺は逃げるようにその場を立つと、壁に立てかけてあった剣を手に取った。
「……素振りしてくる」
「あ、うん」
そのまま振り返ることなく、扉を開けて部屋の外に出た。
***
扉が閉まる音を聞きながら、ぼんやりと瞬きをする。
(……どうしたんだろう)
少し考えた後、もう一度布団に潜り込んで目を閉じる。
……さむい。
無意識に、布団の端を抱き寄せた。
***
素振りを終えて部屋に戻ると、ハルモンは布団に潜って二度寝をしていた。
そのまま寝かせておいてやりたいが――今日は仕事に行くと言っていた。その上、試したいことがあるとも。……起こさなければ、後で怒られるのは俺だ。
仕方なく、布団の上から軽く肩を揺する。それから、布団を剥がした。
寝ぼけ眼のハルモンを伴って食堂へ行き、いつも通り二人で朝食を食べる。
食べ終わったら身支度を整え、研究所へ向かった。
研究所の廊下を歩いていると、妙に懐かしい気分になる。思えば前に研究所を訪れたのは、二人揃って捕らえられる前のこと。すでに二週間ほどが経過していた。
魔法薬学室の扉を開けて中に入ると、部屋の奥にいたルーカスが慌てた様子で椅子から立ち上がる。
「ハルモン、もう来て大丈夫なのか」
ハルモンは鞄を机に置き、外套を脱ぎながら口を開く。
「うん。何ともないよ」
それだけ言って、鞄からノートを取り出す。
鼻に眼鏡をかけると、椅子に座ってすぐに作業を始めた。
ルーカスは戸惑った様子でこちらに目を向けてくる。
「……ハルモンと共に従者も捕えられたと聞いたのだが、お前のことで合っているか?」
「……ああ」
「……見たところ、何ともなさそうだが。無事に済んだのか」
俺は無言で首を振る。
ルーカスは一瞬固まった後、こめかみを押さえた。
「……お前たち、本当に――」
何か言いかけて、それから深く息を吐いた。
「……ライ。ハルモンをちゃんと止めろ。……無茶をさせるな」
そんなこと、わざわざ言われなくたって自分でも分かっている。
――できないから、困っているのに。
俺は、机で作業をするハルモンの方に目を向ける。
いつの間にか、机の上には薬の材料がいくつも並べられ、ハルモンは真剣な表情でそれらを混ぜ合わせている。
その姿は実に生き生きとしていて、それでいて、どこか危うかった。
いつもの壁際に立っていると、魔法薬学室で働くいつもの顔ぶれが続々とやってくる。
だが、いつもと少し様子が違う。俺の姿を見ると、怯えたように少し遠回りして歩いていく。
……当然か。王の目の前で剣を抜き、騎士を斬ったのだ。どんな噂が立っていても、不思議ではない。
いつも俺に手伝いを頼んでくる手前の連中も、特に話しかけてくることはない。
そこにいるだけで、まるで腫れ物のような扱いだ。
「ライ君」
顔を上げると、すぐ目の前にハルモンが立っていた。
「もう昼だよ。食堂に行こう」
「……もうそんな時間か」
「うん。……ほら、混む前に早く行こう」
そう言って、俺の腕を掴んで引っ張ってきた。
腕を引かれたまま、食堂への道を歩く。周りに立つ者たちが、俺たち二人の姿を見て何やらヒソヒソと話し出す。
前を歩くハルモンが、不意に口を開いた。
「ライ君は、狂犬でもなければ、堕ちた騎士でもないよ。ちゃんと僕を守ってくれた。僕の自慢の護衛だから」
周りや俺に言い聞かせるように言う。足は止まらない。
昼食を食べ終え、魔法薬学室のいつもの壁際に戻る。
少しして、手前の連中のうちの一人が、俺の前におずおずと進み出る。
「……あの、ライさん。少し手伝っていただいても?」
「……構わん。どれだ」
「あそこの机の脇に置いてあるアレなんですけど」
「……多いな」
静かな青い瞳は、荷物の元へ向かう二人の姿を一瞬だけ写す。その後、すぐにやるべき作業へ戻っていった。
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次回、『媒体』。
明日11時に更新予定です。
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